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2019年7月23日 (火)

蘇る記憶 (1)

(1)親父の愛?!

これまでの人生で最大の気づきを得てからしばらくした2月23日の夜、私は突然あることに気づき、「明日、墓参りに行こう!」と思い立ったのでした。


偶然にもその翌日25日は、息子の本命である最後の大学入試日なのでした。

それまで、4校の合格発表があり、合格していたのは滑り止めの1校のみ。

残すところ、既に試験を終えた1校の発表と25日試験の本命の2校なのでした。


親父の墓参りへは、離婚後は一度も行っていませんでした。

元々、私はその墓に入る気は全く無く、以前から自分が死んだら海に散骨してくれと頼んでいました。

そして、お袋が亡くなったらお墓を手放し、うちの家は無縁仏にしようと思っていました。

息子には一切手が掛からない様にしようと考えていたのです。


そんな状況の中、23日の夜、何故か自分が密教をやらされていた頃(小3~小6)のことを思い出したのです。


親父がいつも私に言っていたのは、「お前には『実地体験の運』がある」と。

そして、その運は、「あらゆることを経験体験していく運で、それを払わないといけない」と言われていたことを。

その為に千座行をやらされていたのを思い出したのです。


そして、気づいたのです。


人間として、絶対にしてはいけない体験とは、もしかして『自分自身の死』、いわゆる『自殺』(人殺し)なのではないかと。


今の私にとっては、『自殺』も『自分』という人間を殺す『人殺し』なのです。

他人を殺すのか、自分を殺すのかの違いはあれど、『人殺し』であることに違いはないと思っています。

自殺者は、「自分殺し」という『殺人者』でもあると思っているのです。


「もしかしたら親父は、それを俺に教える為に自殺したんじゃないのか?」

「もし親父が自殺せず生きていたらどうなっていた?」

「俺はきっと、自殺で残された家族の悲しみとか、苦しみとか、やり切れなさとか、そういう気持ちが分からずに、自殺という道を選択していたかも知れない」

「親父より俺の方が先に死んでいたかも知れない」

そう思ったのです。


私は、若い頃から何故か、命知らずというか、死にたがりというか、『死』というものを美化して捉えていたところがあったのです。


16~18の頃は、本気で、『バイクで死ねたら本望』と考えていました。

中央分離帯のある道路を平気で逆走していました。

集会では、特攻一番機と信号止めを好み、常に突っ込んで行きました。

ですから、当時の仲間内では、多分パクられた数は一番多かったと思います。


ある時親父に言われたのです。

「お前、警視庁では有名らしいな?!」

「なんで?」

「お前が車の免許を取ったから、自動車保険に入ってた方が良いと思って○○さんに頼んだら、どこの保険会社も入れないって断られたんだよ」

「なんで?」

「お前は警視庁管内の全ての警察のブラックリストに載ってるって」

「だからどこの保険会社も受けてくれないって言われたんだよ」

「あっそ」


私が車に乗るようなった時代は、ゼロヨン全盛期の時代でした。

当時、富士スピードウェイで12.01秒の公式記録を持っていた『3.0LフルチューンターボのフェアレディZ』に乗り、まだ首都高と接続されず、柏から水戸までしか開通していなかった常磐自動車道で、230~250Kmで走っていました。


いつからなのかは覚えていませんが、10代終り頃には、『人間は死ぬために生きているのだ』と考えていました。

人間は「オギャー!」と生まれた瞬間から、いつくるか分からない『死』に向かって生きていく。

生まれたとき、『寿命』という時間を与えられ、その時間を使い切ったとき死んでいく。

そして、その『寿命』という時間の残高がどれだけあるのかは、誰も知らない。

だから、全力で生きるしかない。

そして、『俺はどんなに長くても50まで生きられれば十分だ』。

若い頃は、そう考えていたのです。


ですから、ヤクザが相手でも、気にくわなければ平気で喧嘩をしていました。

当時の私は、『死』に対する恐怖は全くありませんでした。

それよりも、如何に『太く短く生きるか』を考えていました。


極道は嫌いでしたが、任侠道は大好きでした。

三島由紀夫のような死に方に憧れのようなものを持っていました。


私の中での理想の死に方は、絶望の中で死んでいく『自殺』ではなく、誰かの為、あるいは何かの為に死んでいく『自決』だったのです。


「親父が病死とか事故死じゃなく、『自殺』っていうことに何か意味があるんじゃないのか?」

「ずっと『自殺』だと思って来たけど、大した借金があった訳じゃないし、遺書の内容からすると、もしかして『自決』なんじゃないのか?!」


「俺はこれまで、息子に自分と同じ思いをさせたくないという気持ちだけで、『自殺』という選択をしないでこれた」

「でもそれは、俺が残された者の悲しみや苦しみ、やり切れなさを知っていたからだ」


「俺はずっと、親父は何かから逃げたんじゃないのかと思っていた」

「でも、もしかしたらそれは間違いで、本当は、俺に残された者の悲しみや苦しみ、やり切れなさとかを教え、『俺に自決の選択をさせないため』、『俺を実地体験の運から守るため』に自殺したんじゃないのか?!」


「それってもしかして、俺を心底愛してたってことなんじゃないのか?!」


23日の夜、私は突然それに気づいてしまったのでした。

そしてその夜、私は「明日、墓参りに行こう」と思ったのです。


(つづく)

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