« 2019年7月 | トップページ | 2019年9月 »

2019年8月

2019年8月30日 (金)

逃れの道 (1)

(1)リバ剣

私は、約6年前(49歳)の2013年12月から剣道を始めました。


始めたとはいえ、全くの未経験だった訳ではなく、小学生時代に3年ほどやっていたことがあるのです。


私も少し前のTVのニュースか何かで知ったのですが、私のように子どもの頃や学生時代に剣道をやっていて、しばらく剣道から遠ざかっていた人が再開することを、『リバイバル剣道』といい、略して『リバ剣』というようです。


私の場合、40年近く一度も竹刀を握ることなく剣道から離れていましたので、入門を決めた時は、年齢による体力的な不安や、継続への不安から、躊躇する気持ちもありました。


しかし、あることから逃れるためには、何かをせずにはいられなく、『ダメ元精神』で飛び込んだのです。


その後これまで、一応昇段審査には落ちることなく、何とか3段まで来たところです。


私が入門したT道場では、最初の2~3年は、私の様な初心者の入門者は皆無で、私がずっと末席でした。


入門してから知ったことですが、道場の上座に座る先生方は6段以上の方で、下座には5段以下が段位順に座ります。


当時は5段以下の人数も、現在の半分以下だったと思います。


通常、稽古が終わった後、上座に6段以上の先生方が座り、下座に5段以下が段位順に座り、5段以下の筆頭が、先生方が面を外し終えた後、「面取れ!」、「姿勢を正して黙想!」、「先生方に礼!」、「神前に礼!」と、挨拶の号令を行うのですが、なんと、6段以上の先生ばかりが10人程の中、5段以下が私一人で、その号令を私が行い、その号令に私が従うという奇妙なことが、一度だけですがあったほどなのです。


それが、ここ2~3年は全く初めてという方や、正に学生時代にやっていた『リバ剣』の方、更には海外の方など、急に人数が倍増し、剣道人気の原因が何なのか不思議に思ったりしています。


ただ、私の場合、他のリバ剣の方や初心者で入門されて来た方々とは、剣道を始めた動機が全く違うのではないかと思っているのです。


剣道の段審査は、『実技』、『筆記』、『形』と三種類の試験があり、初段の筆記試験の問題が、


1.剣道を始めた理由

2.三つの間合について


というものでした。


その筆記試験の回答には、私は正直にその動機を記載したのです。


しかし、以前ある先生にその動機を問われた時、私は正直に答えられなかったのです・・・。


(つづく)

2019年8月28日 (水)

人生の英知 (2)

(2)幸運とは

狼の群れでは、全員がリーダーになろうとはしないそうです。


そして、狩りに長けた狼、周到に待ち伏せる狼、スピードのある狼、そして、静かに獲物に忍び寄るのが得意な狼など。


それぞれが自分の持ち味を熟知していて、それを集団のために活かす術を磨いているのだそうです。


それは、それぞれの狼が己の『役割』を知っているということだと思います。


しかし、だからと言って、彼らがリーダーに挑まないという訳ではなく、時として、ボスの座を争う死闘も繰り広げられるのだそうです。


そして、狼は、子供の頃からの仲間との遊びを通じて、自分は何が得意なのか、不得意なのか、好きなのか、嫌いなのかを習得して、自分の存在価値を認識していくのだそうです。


それは、人間も同じなのですが、『人間』と『狼』で決定的に違うことがあるとのこと。


それは・・・


狼は、『PACKのために最良の手段は?』と常に考えるのです。


しかし人間は、『自分のために何がベストか?』に想いを馳せてしまう点なのです。


自分のためになら、会社や友人、家族までも犠牲にしてしまう人間。


しかし、狼にはそのような生き方はないのです。


だからこそ、PACKが栄えて、PACKのメンバー全員に『満腹』という福が舞い込むのです。


そして、狼には天敵がいないのだそうです。


自分たちの感性や感覚、仲間意識と結束力を磨き続けるPACKには、襲う弱点、付け入る隙がないからだと考えられています。


修練、準備、計画、連絡、戦術を常に磨く『 WOLF PACK 』 には、目的達成と勝利しか脳裏にはないのです。
  

そして彼らは、獲物が現れたとき、つまり、チャンス到来の際に即行動がとれる体制を常に整えているのです。


彼らは、ある意味、『緻密な目的意識と準備戦略の達人』ということなのです。


英語のことわざでは、『 Luck is a matter of preparation meeting opportunity. 』と言うそうです。


これは、『幸運とは、準備がチャンスに巡り会うこと』です。


私はこの言葉を知り、正にその通りだと思ったのです。


私は、『幸運』とは、訪れて来るものではなく、自らが掴み取るものだと思っています。


常に感性を磨き、心の準備、所謂、『心構え』が出来ていないと、幸運には気づくことさえ出来ないのですから。


狼は、本能で、『 One for all , All for one 』の考え方と生き方を身に付け、天敵のいない、正に『無敵の世界』に生きている動物だと思いました。


しかし人間は、本能では持っていないかも知れませんが、知識として学び、それを活かしていく知恵を持っている生き物だと思うのです。


自分自身が生きる目的を明確にし、それに焦点を合わせ、知恵を絞っていく生き方こそが、人生の英知といえるのではないかと思うのです。


私の大好きな言葉です。


  一生懸命だと、知恵が出る。

    中途半端だと、愚痴が出る。

      いい加減だと、言い訳が出る。 (武田信玄)


『人生の英知』 (了)

2019年8月26日 (月)

人生の英知 (1)

(1)狼の英知

先日、『ラグビーの精神』というタイトルで、『 One for all , All for one 』 の本当の意味を記事にしました。


その本当の意味を知った時、私は目から鱗でした。


そして、ある時、その、『 One for all , All for one 』 の考え方、そして生き方を常に実践している人間以外の動物がいることをあるサイトで知りました。


私は、その記事を見て感銘しました。


その動物とは、『狼』なのです。


以下にその記事に書かれていた事を記載させていただきます。


狼の群れのことを英語では、『 WOLF PACK 』といい、団結力の象徴なのです。


彼らは、集団の中での『自分の役割』、『立ち位置』、『サポートシステムのパーツとしての生き方』を熟知しています。


『お互いがお互いのために存在する』という、究極の生存意識を持って行動しているのです。


彼らの意識を一言で表現すると、『常に成功を脳裏に描いている』のです。


つまり、何世紀にもわたる進化の過程で彼らのDNAに埋め込まれた英知が、自分たちの目的達成に必要な行動だけに集中する特技として形になっているのです。


彼らは、常に戦略的な行動を試行錯誤しながら、仲間と連携し、作戦を実戦に移して獲物を狙うのです。


そして、捕獲の瞬間には、それぞれが自分の役割や行動を遂行するだけではなく、『PACK(集団)が、自分に何を期待しているのか?』を認識して実践するのです。


こう書かれていました。


私は、『PACK』を『チーム』に変えると、正にラグビーの、『 One for all , All for one 』 と同じだと思ったのです。


ラグビーの目的は『トライ』ですが、狼の目的は『獲物を捕ること』なのです。


私は、この記事で、『狼』という動物が、集団で行動する生き物であることを初めて知ったのです。


そしてそれが本能として備わっているのだとしたら、素晴らしい世界に生きている生き物だと思ったのです。


そう考えると、若い頃から集団行動が苦手で、『一匹狼』を気取って来た私は、如何に愚かな生き方をしてきたのかと、思わざるを得ないのでした。


(つづく)

2019年8月24日 (土)

存在というもの (2)

(2)存在に感謝

私が毎日池江選手のHPで応援クリックをする度に、世界中の言葉で『ありがとう』のメッセージが、シャボン玉、あるいは水泡のような形で浮かんでは消えていくのです。


そして、毎日HPの池江選手の泳ぐ画像を見ていて、彼女の無事を願い応援しているつもりが、いつしか自分が応援されている気持ちになって来たのです。


そして、息子が小学生の頃、毎朝一緒にウォーキングをしていた時に息子に話した話しを思い出したのです。


息子が小学3年生か4年生位の頃だったと思います。


私たちは毎朝6:30頃から、近くの緑道(1周3Km位)をウォーキングしていました。


その際、私と息子は、すれ違う全ての人に元気よく「おはようございます!」と挨拶していました。

そして、ほとんどの方は挨拶を返してくれるのです。


ある日のこと、ウォーキングを始めた直後にすれ違ったおじいさんに、いつも通り二人で元気よく「おはようございます!」と挨拶をしたのですが、そのおじいさんは挨拶を返してくれなかったのです。


それに対して息子は、「折角挨拶してるのに何でしてくれないんだ!」と、私に怒って言ったのです。


私は、「そうだなぁ、でも、もしかしたら耳が遠くて聞こえなかったのかも知れないし、考え事をしていて聞こえなかったのかも知れないなぁ」


「でも、挨拶を返してくれなかったからって、お前が怒ることじゃないんだよ」

「挨拶は、相手の人に返して貰うためにしてるんじゃないんだよ」

「挨拶は、とうちゃんとお前がしたくて勝手にやってることなんだからな」


「もし、あのおじいさんがいなかったら、挨拶できなかったんだぞ」

「だれもいないところで壁に向って挨拶はしないだろ?」


息子はその姿を想像したのか、笑いながら「そうだね」と応えたのです。


私は、「だから、あのおじいさんは、挨拶を返してはくれなかったけど、居てくれただけでありがたいことなんだよ」と話して聞かせたのです。


当時の私は、ジョギングもウォーキングもほぼ強制で一緒にやらせていましたので、スパルタではありましたが、こういう話を歩きながら、私なりに一生懸命聞かせてもいたのでした。


池江選手のHPで毎朝応援クリックをしている内に、そういう想いが蘇って来たのです。


そして、始めの頃は池江選手や、そのご家族、特にご両親の心痛を思い、無事を願うだけの気持ちだったものが、いつしか池江選手の存在そのものに対する感謝の気持ちが溢れてくるようになって来たのです。


そして池江選手を生み育ててきたご両親や、そのご家族にも同じ気持ちが生まれて来たのです。


今では、『無事を願っている』のではなく、『無事を願わせて頂いている』という気持ちになっているのです。


これまでも、そういう考え方は頭では分かっていました。

そして、人に話したり、教えたりもしてきました。


でも、今回、池江選手のお陰で、『人間の存在そのものに価値があること』を心底感じることが出来たのです。


息子以外の存在で、それも直接会ったことも無い人に、心底、『生まれて来てくれて、ありがとう』と思えたのです。


池江選手の無事を願う気持ちから始めた、たった1日1回のクリックから、こんなに大きな『気づき』というご褒美が頂けるとは考えてもみませんでした。


『池江璃花子さん。これからも毎日、貴女の無事を願って、1日1回応援クリックをさせていただきます!』


『貴女の存在に感謝します!』


『ありがとうございます!』

『存在というもの』 (了)

2019年8月22日 (木)

存在というもの (1)

(1)池江璃花子選手

私は、5月8日の昼頃、LINEニュースで池江選手のオフィシャルホームページの開設を知りました。


何気なく見てみる気になって、HPを一通り見てから応援クリックを押したら、色んな国の言葉でシャボン玉、あるいは水泡のような『ありがとう』が沢山浮かんで来て感動したのです。


そして、もう一度『ありがとう』のメッセージが見たくて、再度クリックしたのですが、二度目は押せませんでした。


私がHPを見た時のクリック数は、5000位だったのですが、実際にクリックした時は、『8819』人目でした。


僅か10分か15分位で3000人位がクリックしているのかと驚きました。


そして、1時間おき位に更新してみると、1万人位のペースで増えていて、そのスピードに更に驚きました。


「みんな、池江選手のことを心配しているんだなぁ・・・」と思ったのです。


そして、再度翌日になって見てみると、10万を超えていました。


私は、特別競泳というスポーツが好きな訳ではありませんが、息子が池江選手と同じ年であることから、白血病のニュースを見た時には、ご本人の苦しみは然ることながら、ご両親の心痛を考えると居た堪れない気持ちになったのです。


また、私はこれまでに、お世話になった大切な方を4人癌で失くしています。


その中には、白血病だった方も居て、その方の場合、親族からの骨髄移植までして一時は回復に向ったのですが・・・。


その様な経験から、『どうか無事であって欲しい』と願わずにはいられませんでした。


日本を代表する若くて美しい有名な選手ですから、誰もが復帰を望まれていることと思います。

しかし、私は、『復帰よりも何よりも、まずは、どうか無事であって欲しい』と、ただその想いだけなのです。


その後、時々HPを覗いて見ては、そのスリック数の増え方を見ていたのですが、30万を超えた辺りの頃、何気なくクリックしてみると、またクリック出来たのです。


私はその時、初めてクリック出来るのが、1日1回なんだと気づいたのです。


それからは、2~3日に1回のペースで、気づいた時にクリックしていたのです。


そして、7月の下旬頃、何気なく「応援メッセージを送ってみようかな」と思い立ち、そのメッセージを真剣に考え始めたら、闘病しているご本人の気持ちや、それを支えているご家族や友人たちの気持ちを考えると、安易なメッセージは送れないと思い、書くことが出来なかったのです。


そして、今の私が出来ることとして、その翌日から、彼女の無事を願いながら、毎朝1回クリックし始めたのです。


時間は一定ではありませんが、毎朝クリックしていると、その数の変動が、多い時は5~7000位増えてる時もありますが、ほぼ毎日3000前後位ずつ増えている感じなのです。


きっとこの3000人位の方々のほとんどは、私と同じように彼女の無事を祈りながら毎日クリックしているのではないかと思うのです。


(つづく)

2019年8月20日 (火)

ラグビーの精神 (3)

(3)『 One for all , All for one 』 の真の意味

私は、この言葉が大好きです。


2014年10月に初めて研修を受講し、3日間の研修を終えた翌朝、私は夢の中でこの言葉を叫び目を覚ましたのです。 

それまでの私は、その言葉の意味を、『一人はみんなのために、みんなは一人のために。』だと思っていたのです。


しかし、ある時、その意味の間違いに気づかせて貰えるサイトに出会い、その本当の意味を知ることが出来たのです。


そして、その記事は、元ラガーマンが書いた記事でした。


そこには、このように書かれていました。


一般的には、『一人はみんなのために、みんなは一人のために。』と思われています。

しかし、正しくは、『一人はみんなのために、みんなは一つの目的のために。』です。


そして、ここでいう目的は、ラグビーの場合はトライです。


ラグビーは、攻撃をする際、サインが出て全員がそのサイン通りの動きをするスポーツです。

サインはトライを取るために出すので、理論的にはサイン通りに全員がプレーすれば必ずトライが取れます。

しかし、これが現実ではなかなか取れません。


取れない理由はシンプルに2つしかありません。


① 敵のディフェンスがうまい。

② 味方がミスをした。


このどちらかです。


どちらにしても、突然前提条件が崩れ、想定していない事態が発生するのです。

しかし、当然ボールをキープして攻撃を続けないとトライは取れません。


では、どうやってボールをキープするのでしょうか?


ボールを持っている人間が役割を果たせなかった事を常に想定し、フォローしていればキープできます。


ですから、

* ミスはいつでも起こる。 (という想定)

* それを仲間が全力でフォローする。 (想定外な事が起きてもフォロー)

* ミスは起きるものなので、ミスを責めない。

* 逆にフォローしていなかった事を責める。

といったマインドになります。


この繰り返しを経て、一つの目的(トライ)に繋げるのです。


ラクビーというスポーツは、ポジションごとの役割が定まっていて、体格もスキルもパワーもそれぞれが違う15人が仲間を信頼して、始めてチームが成り立つスポーツなのです。


誰が一番うまいか?という質問は、ラクビーでは難しく、それぞれが、それぞれの役割をちゃんとやり、またお互いをリスペクトし合わないと勝てないスポーツなのです。


と、このように書かれていました。


私は、これを読んだ時、『目から鱗』でした。


そして、続けて、


つまり会社においても、『誰が優秀か?』などではなく、それぞれの役割をきちんと果たしながら、チームが一つの目的に向かって機能し、お互いリスペクトし合い、フォローしていく、ということが大切になります。

だからこそ、自分の考えをもって、仲間を信頼して進むことが大切なのです。


と書かれていたのです。


これは、正に私たちの研修で気づいて貰おうとしていることを的確に表現されていると思ったのです。


『 One for all , All for one 』の本当の意味は、

『一人はみんなのために、みんなは一人のために。』ではなかったのです。

『一人はみんなのために、みんなは一つの目的のために。』だったのです。


『ノーサイドの精神』を根底に持ち、『 One for all , All for one 』の意味を真に理解し、その目的が同業他社に勝つことや、単に売上を伸ばすことではなく、チーム全員の一人一人が、より幸せになること、より成長すること、より進化することと考えられる企業や組織が、今後成長していくのではないかと思うのです。


私は、研修というものを通じて、その為の協力をさせて頂けて、とても幸せです。


そして今、この時代に生まれ、生きて、今いる友や仲間たちと出会い、研修に関われていることを誇りに思っています。


『ラグビーの精神』 (了)

2019年8月18日 (日)

ラグビーの精神 (2)

(2)ノーサイド

ドラマのタイトルにもなっている、『ノーサイド』という言葉。


これは、ラグビー用語で試合終了のことです。

試合が終われば自陣と敵陣のサイドはなくなり、勝った側も負けた側も無いという意味です。


それは、私流に考えると、ある意味、『試合が終われば、みんな仲間』という意味でもあると思っています。


正に私の考える、『無敵の世界』でもあると思っているのです。


そして、これは私も後から知ったことなのですが、ラグビーには、


『 after match function 』(アフターマッチファンクション)というものがあるのだそうです。


これは、試合終了後、両チームの選手やスタッフ、審判団や協会関係者などが一堂に会して、軽食や飲み物を楽しみながら、お互いの健闘を称え合い、労をねぎらう交歓会のことです。


このアフターマッチファンクションは、ラグビー独特の催しだそうです。

試合と試合後の交歓会までの全てで、『ラグビー』なのだそうです。


エキサイトし過ぎて殴り合い寸前まで行ったとしても、試合が終われば笑い話にして全てを水に流し、敵も味方も無く互いを尊重する。


それが、『ノーサイドの精神』なのです。


そして、このアフターマッチファンクションは、大人だけでなく、ジュニアの試合でも行われているそうです。

試合後、敗れてどんなに悔しくても笑顔で握手することで、子どもたちは一段とたくましく、大人へと成長していくのだそうです。


素晴らしいですね。


私は中1~高1まではサッカーをやっていましたが、サッカーにはそのような言葉や催しは無いと思います。

(私が知らないだけかも知れませんが・・・)


また、サッカーなんかは、試合の勝敗でサポーターによる暴動のようなことがあったり、活躍出来なかった選手が批難されたりがあると思いますが、ラグビーにはそういうことが無いようにも思います。


競技でありながら、単なる勝ち負けだけに拘らない、『ラグビー』というスポーツには、多くの学びがあると思っているのです。


(つづく)

2019年8月16日 (金)

ラグビーの精神 (1)

(1)夏ドラマ 『ノーサイド・ゲーム』

今年の夏ドラマ、『ノーサイド・ゲーム』は、個人的には面白いと思って見始めました。


私は、TVは全て録画したものを見ています。


このドラマは、ラグビーワールドカップ2019の開幕を来月に控え、ラグビー人気を高めるためのドラマだとも思います。


昨年9月に放映された、NHKの『不惑のスクラム』に続く、ラグビーW杯に向けたものだと思うのです。


そして、やはり池井戸作品は見ていて面白いと思うのです。


特に今回は、大泉洋のボケと松たか子の突っ込みが、軽妙なアクセントになっている感じがして、この夫婦関係が、いいなぁと思ったのです。


特に第二話での松たか子(妻)が、ラグビー部監督の人事で頭を悩ませ溜息をついている大泉洋(夫)に対して言ったセリフが凄かったのです。


「何なのさっきから?!」

「はぁーはぁー、はぁーはぁー、溜息つくくらいなら、呼吸しないでくれる?!」


夫の大泉洋は、一言、「すみません・・・」。


これには本当に驚きました。


普通だったら、「うるさい!」とか、「うっとおしい!」だったりだと思うのです。

しかし、それだと言い訳したり、言い返したりしたくなってしまうと思うのです。


そこへ、「溜息つくくらいなら、呼吸しないでくれる?!」と言われたら・・・。


私だったら、思わず納得して謝るか、本当に息を止めて死んだふりをするか、笑って降参するくらいしかできないなぁ・・・と思ったのです。


私は、このセリフで、一気にこのドラマが好きになりました。


そして、この『ラグビー』というスポーツ。


野球、サッカー、バスケット、バレーボールなどに比べて、スポーツとしての人気は今一つだと思います。


実際、私もあまりルール自体を正確には知らないのです。


ただ、ルールはあまり知りませんが、ラグビーには、『ノーサイド』や、『One for all, All for one』という有名な言葉があり、その精神性は、他のスポーツにはあまり見られないものがあると思っています。(私が知らないだけかも知れませんが・・・)


あれだけ屈強な男たちのぶつかり合いのスポーツでありながら、『紳士のスポーツ』といわれている所以なのではないかと思います。


それは、試合に対する考え方であったり、チームに対する考え方であったり、役割に対する考え方であったり、責任に対する考え方であったりが、他のチームプレーのスポーツよりも明確になっているように思うのです。


それが、『ノーサイド・ゲーム』の第二話で、『ラグビーは、1(人)×15(人)=0にもなるし、1(人)×15(人)=100にもなるスポーツ』だという表現がされていて、それがとても印象的でした。


そして、その個人の能力を最大限に引き出す役割が監督(=経営者)として表現されているのです。


ドラマの内容ではありませんが、このラグビーというスポーツの精神性というものが、実は私は大好きなのです。


ラグビーの精神性が、今後ドラマでどう表現されていくのか、楽しみにしたいと思います。


(つづく)

2019年8月14日 (水)

大きな樹

私の昨年暮れに立てた今年の目標は、慈愛に満ちた、『強くて優しい大きな心』を持った人間になるというものです。


それをイメージした時、私の中では特定の人物ではなく、プロフィール画像にも使っている、『日立の樹』で有名な、ハワイのモアナルア・ガーデンにあるモンキーポッド(MONKEY POD)になるのです。


因みにプロフィール画像は、私の仲間の一人が今年の3月にハワイに行って撮って来たものです。


私はそれを譲って貰い、PCとスマホの待ち受け画像を全てこの樹の写真にし、常に『強くて優しい大きな心』を意識しているのです。


それを意識し続けていて、最近ふとあることに気づいたのです。


それは、「この樹は地上に出ている部分も大きいけれど、その根はもっと大きいんだろうなぁ」というものなのです。


そして、それをイメージしていると、地上に出ている部分より、もっと大きく、地中に深く広くひろがっている根の姿が思い浮かんだのです。


そして大きな樹も、地上に出ている部分は1本の雄大な姿ですが、地中では更に大きく根を張り、多くの他の植物や生物と繋がっていて、「みんなと共存しているんだなぁ」と思うのです。


これまでの私は、地上に出ている部分ばかり見ていましたが、最近ではその姿を支えている『根』に意識が向いて来ています。


そして、人の『心』も同じだと思うのです。


どんなに大きな夢や目標を持っていたとしても、それを支える『根』がしっかりしていないと、一時的な小さな成功で終わってしまうと思うのです。


正に30代の私がそうだったと思うのです。


大きな樹を育てるためには、大地を耕し、良い土壌を作り、大きな根を張り、太くて強い幹を伸ばし、大きく枝葉を広げていくこと。


私の中ではそのイメージが、研修を例にすると、大地は『心』、大きな根は『心構え』、太くて強い幹は『モチベーション』、そして大きく広げた枝葉は『感謝』なのです。


その結果として、目には見えない『絆』というものを感じられ、『共存共栄』という花を咲かせ、『幸福』という名の果実が得られるのではないかと思うのです。


そういう人間になりたいと思うのです。


私は、年初にこの目標を持った時、『大きな木』の画像が欲しくて、WEB検索をしてみたところ、ある童話と出会いました。


その童話を読んだ時、父親の息子に対する『無償の愛』を感じたのです。


その童話をここに載せておきます。


【大きな木】


リンゴの木と少年は友達であった。

ともに遊び、心を通わせていた。


しかし少年は大人になってゆきお金が必要になる。

木は「私の果実を売りなさい」と言う。


少年は果実をすべて持っていった。


しばらくして、大人になったその子は家が必要になる。

木は「私の枝で家を建てなさい」と言う。


その子は枝をすべて持っていった。


また時が経ち、男は「悲しいので遠くへ行きたい」と言う。

木は「私の幹で舟を作りなさい」と言う。


男は幹を持っていった。


時が経ち、男は年老いて帰ってきた。

そして「疲れたので休む場所がほしい」と言う。

木は「切り株の私に腰をかけなさい」と言う。


男は腰をかけた。


木は幸せであった。


『大きな樹』 (了)

2019年8月12日 (月)

最強 VS 無敵 (2)

(2)どちらが幸せなのか?

彼は私の問いかけに、言いにくそうにしながらも言いました。

その相手は、なんと研修に一緒に参加している、年下の上司だったのです。


私は言いました。


「なんだ?!」

「一緒に研修に出てるのか?!」

「じゃあ、何で昨夜の内に話しをしてないんだ?」

「もし、昨夜の『心構えの合格』で、君が決めた覚悟が本物だったら、昨夜の内に話しをしていても良かったんじゃないのか?」


「そうですね・・・」


「そうか、年下が上司になったから、素直になれなかったのか?」


「・・・」


「そうだよなぁ・・・」

「すねちゃうよなぁ・・・」

「ひがんじゃうよなぁ・・・」

「やきもち焼いて、嫉妬しちゃうよなぁ・・・」


「俺だって、きっと同じだと思うよ」

「負けを認めたくないしなぁ・・・」


彼は、頷きながら、再度涙を流し始めるのです。


「でも、それなら、話しは早いじゃないか」

「これが終わったら直ぐに話せば良い」


「でもな、さっき君が話したことを話す前に、一言いった方が良い言葉があるんだ」

「何だと思う?」


「・・・」


彼は考えます。


私はヒントを与えました。


「小さい子がケンカして仲直りする時になんて言うか知ってるか?」


「ごめんなさい・・・?」


「そうだ!」


彼は号泣するのです。


そして、私もその姿に涙しながら、彼に言いました。


「素直になるっていうのは、そういうことなんだ」

「意地を張り合って、相手を言い負かすことが強いんじゃない」

「素直になって、自分の非を認めて、先に誤る方が、勇気がいるし、強いんだ!」

「そして、実は、そっちの方がカッコイイんだよ!」


彼は、泣きながら思いっきり頷くのです。


その彼に私は、更に言いました。


「人はな、同じ職場で働く仲間であっても、そこで出世や成績を競ってライバル関係になると、それは表面的には仲間であっても、本当の仲間だと思えなくなってしまうんだ」


「仲間ではなく、敵になってしまうんだ」


彼は言いました。


「僕もそう思ってました」


「そうだろ?!」

「だから、素直になって心を開けなくなるんだ」


「相手に勝つこと、負かすことばかり考えちゃうんだよ」

「それでは、同じチームのはずなのに、チームではなくなってしまうんだ」


「だから、1番とか最強を目指してはダメなんだよ」

「俺は、若い頃それで沢山失敗してきたんだ」

「だから、みんなにはそうなって欲しくないんだ」


「君は、結婚してるんだよな?」

「子どももいるんだろ?」

「奥さんと子どものことは好きか?」


「大好きです!」


「その大好きな家族に仕事の疲れやストレスをぶつけてないか?」


「ぶつけちゃってます・・・」


「それで幸せって言えるのかな?」


「言えませんね・・・」


「そうだよな」


「家庭は、仕事での疲れやストレスを発散する場ではないんだよ」

「仕事に生きがいややりがいを感じて、働くこと自体に幸せを感じられるようになることが大切なんだよ」


「そのためには、一緒に働いている人たちを仲間だと思うことが大切なんだよ」

「人それぞれの個性を認め合って、受け入れ合って、みんなを家族のような仲間だと思って、大好きになることなんだ」


「わかるか?」


「はい!」


「そうすれば、大好きな仲間たちと働けること自体に喜びを感じて、幸せを感じられるようになるんだよ!」

「そうしたら、その幸せを家庭に持ち帰るんだ」


「子どもはそういうのに敏感だぞ!」

「直ぐに感じ取るからな!」

「そうすれば、家庭は今よりもっと明るくなって、もっと幸せになる!」


「そして、その幸せを今度は職場に持ち帰るんだ!」

「その繰り返しが幸せの連鎖になるんだよ!」

「だから、君自身が幸せになることが、みんなを幸せにすることになるんだよ」


「わかるか?」


「はい!」


「その為には、上司とか部下とかの肩書を捨てて、一つのチームとして、自分の周りにいる全ての人を、みんな良いところも悪いところもある、一人の人間として、仲間として受け入れるんだよ」


「自分の周りにいる人たちは、敵は一人もいない、みんな仲間なんだ!」

「辛いことも、苦しいことも、悲しいことも、悔しいことも、楽しいことも、嬉しいことも、みんなで共有できる仲間なんだよ!」


「そうなったら良いと思わないか?」


「はい!」

「良いと思います!!」


「そうしたいと思わないか?」


「思います!!」


「そういう世界を作るのは君自身なんだ!」

「わかるか?」


「はい!!」


「敵は一人もいない!」

「周りにいる人はみんな仲間!」

「そういう世界を何というか知ってるか?」


「・・・・・」


「そういう世界を、『無敵』というんだ!」


「!!!!!!!!!!」


彼には、この言葉が相当心に響いたらしく、大号泣するのです。


そして、私は彼に言いました。


「目指すべきは、『最強』ではなく、『無敵』の世界なんだ!」

「わかるよな?」


「はい!」


「その無敵の世界を作り上げるのは、君自身なんだからな!」


「はい!」


「よし!」

「俺は君を信じる!!」

「絶対に無敵の世界を作れると信じるからな!」


「はい!」

「信じて下さい!!」


「よし!」

「そうしたら、試験は一旦ここで修了するけど、一旦戻って、さっき話した上司がいたら、その人に直接、心構えで思ったことを話してみろ」


「そして、君の話しにその人がどう感じているかを見るんだ」

「そして、その彼を見て、君自身がどう感じるかを感じとるんだ」

「そして、その気持ちを次の試験にぶつけるんだ!」


「いいな!」


「はい!」


「もし、この後戻った時に、その上司がいなかったら、その人を待たなくていい」

「点数だけ書いて直ぐに次の試験にチャレンジすること!」


「今の気持ちを絶対に忘れるな!」

「今、俺と話して感じたことを、次は君自身の言葉で話すんだ!」


「いいな!」


「はい!」


「俺は君を信じるからな!」

「無敵の世界を作るんだぞ!!」


「はい!」


「只今の点数は○○点!」


「はい!」

「ありがとうございました!!」


この彼は、この時すでに、私の中では『合格』でした。

そして、この後2回目の試験で、見事合格となったのでした。


そして全ての研修生は、三日間の研修が終了した時、この『無敵の世界』を体感し、その素晴らしさを味わうのです。


一緒に研修に参加し、同じ苦しみや辛さ、悔しさを味わい、そして共に喜びあった研修生同士だけではなく、試験管として、厳しいことを言われ続け、敵のような存在だったインストラクターやトレーナーたちも、実は仲間であったことに研修生自身が気づくのです。


一人一人が誰とも比べず、競わず、『無敵の世界』を目指し、みんなでハッピーになり、その結果・・・。


気づいたら、何かの世界で一番になっていた・・・。


誰かのかけがえのない人になっていた・・・。


そして、みんなの大切な人になっていた・・・。


私は、「そういう人でありたいなぁ」と思うのです。


そして、みんなに、「そういう人になって欲しいなぁ」と願うのです。

私の大好きなブルース・リーの『燃えよドラゴン』の中で、老子との会話で、こんな会話があります。

老子は問います。


「そこで聞こう」

「究極の技とは何だ?」


「型を持たぬことです」


「敵の前で何を思う?」


「敵などいないと・・・」


ドラゴンの心の中は、常に『無敵』なんですね・・・。


『最強 VS 無敵』 (了)

2019年8月10日 (土)

最強 VS 無敵 (1)

(1)どちらが強いのか?

『最強』と『無敵』、どちらも強そうですよね。


現代社会は、基本的に競争社会です。

人は小学校に入学してから、学業やスポーツで競い出します。

企業は日本一を目指したり、地域ナンバーワンを目指したり・・・。

人や企業は成長と共に高みを目指して行きます。


私も若い頃は、営業成績で一番を目指したり、それこそ独立後は夢を描き、不動産業界の在り方を変えたいと思い、『不動産流通革命』を謳い、業界を敵に回して闘った時もありました。


私は、この競い合うこと自体は悪いことだとは思いません。

しかし、競い合う中で生まれて来る心理が必ずしも良いものだとは、今では思っていないのです。


対象範囲が大きいか小さいかは別にして、1番を目指すということは、『最強』になるということです。

その場合、常に競い合い(闘い)、勝ち続けなければならないのです。


それに対し、『無敵』とは、この世で一番強くて誰にも負けないということなのでしょうか?


私は、違うと思うのです。


『無敵』とは、『自分の周りに敵がいない』という状態だと思うのです。


それは、『戦わずして勝つ』というものとも少し違うと思っています。


私の思う『無敵』とは、『自分の周りはみんな仲間』だという状態です。


私は、研修の中で、時々この話しをするのです。


先月の研修でも、ある業界でナンバーワン企業の社員の方が数名研修に参加されて来ました。


その企業の社員の方の一人と、研修二日目で初日の第二項目『心構え』に続く、三番目の項目『モティベーション』での試験でのことです。


その研修生は、まず前日の『心構え』で気づいた、『本当の自分のありたい姿』を話し、そうなるために今後どうして行くのかを説明したのです。


私は言いました。


「言ってることは間違ってない」

「でも、それでは、単なる説明でしかない」

「具体的にはどうするの?」


彼は言いました。


「素直になって、自分から心を開いて話しをします」


私は言います。


「素直になって、心を開いて話すって、どういうことなの?」

「何を話すの?」


彼は、前日の『心構え』の項目で自分が気づいたこと、そして自分が変わったことを涙ながらに一生懸命私に話しました。


彼の変わろうとする気持ちは私に伝わり、私も涙が溢れてきます。


そして、私は言いました。


「それは『心構え』の話しだよな」

「じゃあ聞くけど、その話しを誰にするの?」


「会社の一番苦手な人です」


「そうか・・・」

「苦手な人か・・・」

「それは、良い考えだな!」

「一番苦手な人を最初に攻略できたら、その後が楽だからな!」


「はい!」


「で、その苦手な人って誰なんだ?」


「・・・」


(つづく)

2019年8月 8日 (木)

横浜市民こどもミュージカル2019 (2)

(2)ワタシノユメ

友人Tさんの娘のLちゃんと初めて会ったのは、今年の5月中旬でした。

Lちゃんのことは年賀状の写真で見てはいたのですが、初めて会った時は、その可愛らしさに度肝を抜かれました。


Tさんからミュージカルの話しは以前から聞いてはいたのですが、6月の中旬に再度会った時に、直接Lちゃんが誘ってくれたので、『絶対観に行くよ!』と約束したのでした。


会場は関内ホールの小ホールでした。

席は自由席で、Tさん夫妻が先に並んで真ん中辺りの一段高くなったとても見やすい良い席を確保してくれていました。


ミュージカルのタイトルは、『ワタシノユメ』。


ストーリーは、一人の消極的で友だちが出来ない少女ミクが、友だちを作るために演劇部に入ろうと見学に行くのです。

見学に行くと演劇部は、朗読劇『赤い靴をはいてた女の子』の練習中でした。

しかし、演劇部の子どもたちは誰も『赤い靴をはいてた女の子像』を見たことがなかったのです。

そこで、ミクと演劇部の子どもたちは、山下公園にある『赤い靴をはいてた女の子像』を見に行くのです。


すると、『赤い靴をはいてた女の子像』が、突然子どもたちに語りかけ、子どもたちとともにタイムスリップし、像が造られた経緯や真実を教えるのです。

子どもたちはその経緯や真実を知ることで、過去があって今があることに気づくのです。

そして、未来に向けた夢を力強く持っていくというものでした。


Lちゃんの役は、その『赤い靴をはいてた女の子像』の役で、ストーリーテラーでした。


Tさんは最初、「像の役だから、あんまりセリフがないんだよね・・・」と、変な説明をするのです。


私が、「じゃあ、何が凄いの?」と聞くと、「忍耐力かな・・・」。


私は内心、「そこかよぉぉ・・・」と、突っ込みを入れていました。


ミュージカルが始まると、Tさんは舞台上のLちゃんのいる場所を教えてくれるのですが、私は最初なかなか見わけがつかないのでした。


やっと見つかったのですが、Lちゃんは5年生の割には背が低く、あまり目立ちませんでした。


私がTさんに、「Lちゃんの背丈いくつある?」と聞くと、なんとTさんは分からず、隣の奥さんに聞いて答えたのでした。


私は内心、「何で知らないんだよぉぉぉ・・・」と、再度突っ込んでいました・・・。


そして、「もっと興味を持った方が良いのになぁ・・・」と思うのでした。


ストーリーの中盤になり、いよいよ山下公園の場面になったのです。

そして、Lちゃん演じる、『赤い靴をはいてた女の子像』が登場したのです。


確かにセリフも無く、舞台中央の台の上で膝を抱えて体育座りをし、瞬きもせず、微動だにしないLちゃんを見ていると、「確かに大変だなぁ・・・」とは思ったのです。


しかし、良く見ていると、何か感じるものがあるのです。


私は最初、その『何か』がわかりませんでした。


しかし、目を凝らしてLちゃんの表情を良く見ていたら、ハッとしたのです。


それは、『モナリザの微笑み』を感じさせるような、素晴らしい『微笑み』の表情だったのです。

無表情でもなく、笑顔でもなく、『微笑』なのです。


その『微笑み』だけで、私は彼女の存在感を凄く感じたのです。


そうです、『何か』の正体とは、彼女の『存在感』だったのです。


そして、「この子すごい!!」と思ったのです。


彼女は、『微笑み』だけで、自らを最大限表現していたのです。


正に『微笑女』なのでした。


そして、舞台も後半に差し掛かり、タイムスリップで大正時代に行った場面でのLちゃんの独唱では、何と涙が流れてきたのでした。


まさか私も、『こどもミュージカル』で泣くとは思ってもみませんでした。


『ギャング系おやじの目に涙』になってしまったのでした・・・。


Lちゃんの歌は、全然力みを感じず、自然な感じで私の心に響いて来たのです。


それは、この物語の、『過去の真実を知り、それを受け入れ、未来に向けて今を生きていくことの大切さ』を、伝えようとするメッセージにも感じるものがあったからなのかも知れません。


それは、私たちが正に三日間の研修で行っていることと同じだと感じたのです。

それを子どもたちは、ミュージカルという舞台で伝えようとしていたのだと感じたのです。


私は、Lちゃんの演技力や歌唱力がどれだけのものなのかは正直分かりません。


しかし、地味な役柄ながら、その表情だけで伝わって来た圧倒的な存在感と、心に響いて来た自然な歌声には、これまで感じたことのない、もの凄い可能性を感じたのでした。


それは、単に演技が上手いとか、歌が上手いとか、ダンスが上手いといったようなものではない、全く別の『何か』なのです。


そして、改めて思ったのです。


「女の子って良いよなぁ・・・」。


そして、この想いこそが、私自身の『ワタシノユメ』なのです。


この日、私の中で今後の楽しみが一つ増えたのです。

Lちゃんを応援していくという楽しみが。。。


この日は、沢山の幸せを感じさせて貰えた一日でした。


一緒に観に行ってくれたAちゃんとSちゃん。

誘ってくれたTさんご夫妻。

そして、Lちゃん。


みなさん、ありがとうございました!!


『横浜市民こどもミュージカル2019』 (了)

2019年8月 6日 (火)

横浜市民こどもミュージカル2019 (1)

(1)初体験

7月28日、日曜日の午前9時45分。

私は関内駅近くの待ち合わせ場所に到着したのでした。


しかし、到着したのは良いのですが、目的の花屋が見当たらないのです。

Yahooの地図にあったので、その花屋の前で10時の待ち合わせだったのですが・・・。


待ち合わせ相手がまだ来ていなかったので、私はそのビルの周りを一周してみたのです。

しかし、やはり花屋はないのです。


仕方なく、そのビル1Fのコーヒーショップで犬を連れてコーヒーを飲んでいた、地元の方らしき人に声を掛けて聞いてみました。


すると、このビルに花屋はないとのこと。

そして、近所の花屋を教えてくれたのでした。


私は、あまりの暑さに木陰に入り、待ち合わせ相手の一人にラインで連絡したのです。

そして、ビルの方を振り返ると、何やら見覚えのある小柄な女性が立っている姿が見えたのでした。

私は声を掛けて合流し、取りあえず一安心なのでした。


この日待ち合わせしていたのは、二人の女性。

二人は、私と同じく研修のインストラクターをしている研修仲間なのです。

そして、二人とも若い頃はミュージカルスターや女優を目指して頑張っていた人なのです。


この日は、私の友人Tさんの娘のLちゃんが、『横浜市民こどもミュージカル2019』に出るとのことで、Lちゃんと観に行く約束をしていたのでした。


そして、どうせ観に行くなら、私一人ではなく、子ども時代に同じように夢を描いていたお姉さんに声を掛けて貰えれば、Lちゃんも嬉しいのではないかと思い、二人を誘って観に行くことにしたのでした。


そして、Lちゃんのために花束を買って行こうと考え、花屋の前で待ち合わせをしたのですが、その花屋がなかったのです。


そこで、私と先に合流したSちゃんは、お土産にお菓子を買っていくとのことで、先に近くにあるという何やら有名なお菓子屋さんに行ったのでした。


そのお店は、『ガトー・ド・ボワイヤージュ』という、焼き菓子が有名なお店とのこと。

そして、少し遅れて来るAちゃんとも、その店で合流することになったのでした。


お菓子屋さんに行くと、お店は10時オープンで丁度店を開けたところでした。

中は冷房が効いていて一安心。


しかし、私は甘いものが大の苦手なので、お菓子屋さんとかケーキ屋さんとかは、これまでほとんど縁がなかったのです。


ですから、中にいても何か落着かない感じなのです。

私は、Sちゃんがレジで会計をしている間に先に外に出たのでした。

するとそこへ丁度Aちゃんが来て、そして、Sちゃんも会計を終えて出て来たので、その足で花屋へ。


行ってみると、花屋は数件先の表通り沿いにあったのです。

SちゃんとAちゃんは、揃って先に店の中へ。


実はこの花束というもの、仏花しか購入したことのない私としては、女性に贈る花束を購入するのは、50年以上生きて来て、人生初なのでした!


それも相手は、小学5年生の女の子なのです!?


とはいえ、内心はめちゃくちゃ恥ずかしく、事前にAちゃんに色々と教えて貰っていたのでした。


そして、AちゃんとSちゃんのアドバイスで、ひまわりを基本に、店員さんにアレンジをお願いしたのでした。


アレンジが出来るまで15分位とのことで、再度お菓子屋に戻り、今度はAちゃんのお土産の購入なのでした。

私は店の入り口付近で待っていると、目の前にさっきは気づかなかった、飴細工の指輪が綺麗に並べられていたのでした。


「綺麗だなぁ」と思いながらも、それなりに良い値段だったので、「あんまり買う人はいないんだろうなぁ」と思いながら眺めていると、ふと閃いてしまったのでした。


「二人に今日付き合ってくれたお礼に買ってあげよう!」と思ったのです。


私は、事前に二人へのお礼として、『鏡の法則』という本を用意していたのですが、それと合わせてプレゼントしたくなったのでした。


Aちゃんはレジにいたので、先にSちゃんに声を掛けると、Sちゃんは赤いバラの飴細工の指輪を選んだのでした。

そして、次にAちゃんが何色を選ぶのか見ていると、申し訳なさそうに同じく赤いバラを希望したのでした。

それを見て、「やっぱり女性は赤いバラが好きなんだぁ・・・」と思い、一つ勉強になったのでした。


私はバツ2でありながら、飴細工とはいえ、女性に指輪を贈ったのも、実は人生初のことなのでした。


私はこの日、いきなり2個の人生初体験をしたのです・・・。


(つづく)

2019年8月 4日 (日)

捨てた肩書 (2)

(2)苦しんで良かった

息子が私の所へ戻って来るために、私が息子に与えた課題とは・・・。


それは、『私の所へ戻ることへの母親の了承を自分で取って来い』というものでした。


それは、これからの息子の人生を考えた場合、いくら今は好きではないと思っている母親であったとしても、悪い形で別れるべきではないと考えたからなのでした。


私は、「お前がどうしようもない時は、とうちゃんがお母さんと話しをして何とかするけど、その前に、お前の人生なんだから、お前が自分の力で切り拓くんだ」と話したのです。


その後、私は息子に対し、話す内容や話し方、そして話すタイミングなどの策を与えたのです。


そして12月に入り、息子は見事、自らの力で母親の了承を得て、学校が冬休みになった年末に、私の所へ戻って来たのです。


実際に私が息子と別れて暮らしていたのは、3年ちょっとでした。

後から振り返ると、たった3年なのです。

しかし、その3年間(特に最初の1年間)、私がどれだけ後悔と自責の念に苦しめられたことか・・・。


ある時、「もし、3年で戻って来ると最初から分かっていたら、きっとあんなには苦しまなかったんだろうな」という思いが過ったのです。

しかし今の私は、「苦しんで良かったんだ」と思っているのです。


なぜなら、苦しんだことで、過去の誤った考え方を捨てられ、スパルタ親父から変わることができ、今では息子と良好な親子関係を築けているからです。


私が捨てた、『過去の誤った考え方』というのは・・・。


一言でいうと、『親』という肩書を捨てたのです。


そもそも離婚をした時点で、私は『親権』を失い、『保護者』ではなくなりました。

息子にも、「今後は親ではあっても、親としての教育的発言は一切しない」と、別れる時に息子に持たせた手紙の中にも書いて約束していたのです。


私の中では、「何かあった時には親としての責任は俺が取る!」

そして、「何かあった時には、絶対俺が守ってやる!」

「仮に、世界中がお前の敵になったとしても、俺だけはお前を信じる!」

そう心に決めたのです。


私は苦しみの中で、息子を一人の人間として観た時、私は人生の先輩であるだけで、それ以上でもそれ以下でもないということに気づいたのです。

そして、親だからといって、息子に何かを強制したり、支配したりする権利もないことに気づかされたのです。


私がするべきことは、息子を一人の人間として尊重し、息子が選択した道を決して否定することなく、応援し続けることだと思ったのです。


別れる前の私は、息子に私の考え方や価値観を押し付けていただけなのでした。


それは、『スパルタ』という名の強制を息子に強いていたということなのです。

そして、『スパルタ』という名を借り、親としての『威厳』を誇示していたのだと思うのです。


私なりに息子の幸せを考えてのことでしたが、それは当時の私が考える幸せであり、息子の幸せではないことに気づかされたのです。


私の元へ戻って来てから、息子に何度か言われました。


「ゴルフをやらされていた時は、本当に嫌だった」と。

「ゴルフが嫌いになったのは、とうちゃんのせいだからね」と。


今では笑い話として言えるようになっていますが、あの頃の息子は、きっと私が親父にやらされた密教の『千座行』に対する気持ちと同じだったのだろう思います。


そしてそれは、『親』という肩書を使った『パワハラ』でしかないと、今では思っています。


私は思うのです。


今の世の中、色々な『ハラスメント』がありますが、私と同世代の昭和の香りがたっぷりな人たちは、自分でも気づかない内に、知らずと何らかのハラスメントをしてしまっている人が多いのではないかと。


私もまだまだだとは思いますが、息子に対する考え方を変えられたことで、接し方を変えられ、話す内容も話し方も変わりました。

そして、関係も変わったのです。


息子が教えてくれたのです。


親子に限らず、会社の肩書もあくまで役割と責任の違いと考えて一度捨ててしまい、仕事仲間のみんなを家族の様に考えて、愛情を持って接していけば、ハラスメント問題も減るのではないかと思うのです。


そして何より、『肩書』を捨てると、人生が楽になると思うのです。


私の元へ戻って来た時の息子は、姓を母方から私の方に変更することを希望していました。

そして、母からの了承も得て、大学への入学を機に変更する予定にしていました。

しかし、まだ変更はしていません。


昨年、私が本当に変更したいのかを聞くと息子が言ったのです。

「僕は、どっちでもいい」

「僕は、○でも(私の性)、○○でもなくて(母方の性)、○○○だから(自分の名前)」


それを聞いた私は嬉しくなりました。

息子にとっての姓は、既に『肩書』みたいなものになっていたのでした。

そして、息子は既に一人の人間として歩み出していると感じたのです。


私は言いました。


「なら、未成年の内は、今のままで良いんじゃないか」

「お前が成人して、変更したければすればいいし、しなくても良いと思えばしなくていいよ」

「成人したら、お前の好きなようにすればいい」


親子関係で悩んでいる方や、ハラスメント問題で悩んでいる方の何かヒントになってくれると良いなと思うのでした。


『捨てた肩書』 (了)

2019年8月 2日 (金)

捨てた肩書 (1)

(1)懺悔

私は、2013年9月16日に2回目の離婚をしました。

そして、その1ヶ月後、息子たちは元妻の実家へ引越していきました。


その後の私は、『人生最大の気づき』で書いた通り、後悔と自責の念に苦しめられました。

しかし、息子が引越していってから3年後の2016年10月に、息子から突然会いたいと連絡があり、会ってみると息子は私の所へ戻りたいと相談して来たのです。


その時の息子は、私たちが離婚した時に、私ではなく母親を選択したことを、涙ながらに詫びてきたのです。


離婚を決めた後、元妻は、親権に関しては息子に決めさせようと言い、私はそれに応じました。

その後、引越して行くまでの1ヶ月間、元妻は息子にべったりとなり、毎日のように私の悪い所を息子に言っていたそうです。


それを見ていた当時の私は、敢えて息子には何も言いませんでした。

そして、息子は自ら母親について行くことを決めたのです。


息子はそれを後悔していたのです。

そして、その時息子が言った母親について行くと決めた最大の理由が、なんと、「だって、ごはん作ってくれるのお母さんだから・・・」、だったのでした。


涙ながらに話していた息子を前に、私は内心、苦笑するしかありませんでした。


そして、私は息子に言ったのです。

「お前、とうちゃんが料理出来るの知らなかったのか?!」

「とうちゃんは若い頃、コックとか板前とかやってたんだぞ?!」


「だってやってるところ、見たことないもん」


「確かに・・・」


そして、内心思ったのです。

「やっぱ子どもって、そんなもんなんだよなぁ・・・」


そして、逆に私は、まだ中1の多感な時期の息子に、『母についていくのか、父の元に残るのか?』の選択をさせたことを謝りました。


「あれは、お母さんが言い出したことだったんだけど、お前に選択させることではなかったんだよ」

「本当は、とうちゃんとお母さんが二人で話し合って決めるべきことだったんだよ」

「悪いのは、とうちゃんとお母さんなんだ」

「ごめんな」


「だから、お前には何の責任もない」

「とうちゃんはお前が悪いなんて全然思ってない」

「だから、心配するな」

「とうちゃんは、お前が戻って来てくれるなら、こんなに嬉しいことはない」

「とうちゃんは大歓迎だよ!」


この時は、まさに研修の『心構え』の試験を受けているような感じだったのです。


そして、息子に戻りたくなった理由を聞くと、息子が母親に抱く感情が、正に私が別れた理由とほぼ同じだったのです。


私は、息子と別れたことで、これまでの人生で味わったことの無いほどの寂しさと苦しみを味わいましたが、息子も同じように苦しんでいたことを知ったのでした。


そして、その理由が出切った所で私は言ったのです。


「もうそれ以上お母さんの悪口は言うな」

「仮にもそのお母さんの血が、お前には半分流れているんだからな」

「だからとうちゃんも、お母さんの悪口を言うことは、お前のことを悪く言うことになると思うから言わないし、考えないようにしてるんだ」

「逆に、お前を産んでくれたことには本当に感謝してるんだよ」

「わかるよな」


「うん」


そして、私は息子に対し、戻って来るために、ある一つの課題を与えたのでした。


(つづく)

« 2019年7月 | トップページ | 2019年9月 »