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2019年12月 1日 (日)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (12)

(12)成長の証し

俺とF先生がK池と合流し、俺たちは交番の直ぐ近くで呼び込みをしていた青年に声を掛けられ、炭火焼だと言う居酒屋に行った。

最初は飲み放題を勧められたが、F先生が飲めないことから飲み放題にはせず、飲み物20%引きにしたのだった。

エレベーターで俺たちは7Fに上がった。

しばらく待たされ、俺たちは3組で1室になっている4人掛けのテーブル席に案内された。


案内された部屋には先に7~8人の先客がいて、その向いの席だった。

奥側がソファになっていて、その造りから以前はキャバクラだったんじゃないかと俺は思った。

俺は、F先生とK池を奥のソファに座らせ、その向いに俺が座った。


俺たちは席に着くと、直ぐに会話を始めた。

F先生はK池の身体を心配していた。

K池はK池なりにF先生と連絡を取っていた様だった。


俺とK池が繋がったのは、3年前だった。

6年前、俺がF先生と再会し、その翌年、俺と偶然繋がった同級生で女性ののK甲と男性のY本に声を掛け、2年目は4人で会った。


その翌年、俺は36年振りに中学の同窓会に出てK池と再会した。

そして、K池がずっと付き合って来ているO森が地元の柳沢で親父の中華料理屋を継いで頑張っていると俺に言って来たのだった。

それを聞いた俺は、じゃあそこにF先生を呼んでプチ同窓会をやるかと提案し、6年5組の同級生は6人に増えて開催したのだった。

更には、小学時代は別でも中学時代の地元の同級生に声を掛け、小中合同のプチ同窓会として14~5人が集まったのだった。


そして、その翌年4月には、F先生の自宅に行ったのだ。

その時も、俺がみんなに声を掛け、集まったのは新たな女性の同級生のM倉が加わり、6人でF先生宅を訪問したのだった。


その翌年の昨年は、同窓会の幹事はY本とK池に託したのだが、同窓会は行われず、俺は今年同様、三峯神社の帰路にSちゃんを連れてF先生と会ったのであった。

そして、そのことを同級生のグループLINEで告げると、何で教えてくれなかったとの声があり、今年は声を掛けてK池が来たのだった。


俺たち3人が席に着いて20分程しても店の人は誰も注文も取りに来なかった。

俺は、呼び鈴を何度も押した。

現れたのは、若い男の店員だった。


お絞りも何も来てないよとK池が注意した。

俺とK池は生で、F先生はノンアルコールビール、そしてつまみを何品かを頼んだのだった。


その後、飲み物とお通しは来たが、つまみが全然来なかった。

そして、空いていた俺たちの隣の席にも若い男性客3人が入って来た。

俺とK池は追加の飲み物を頼んだが、まだつまみは来なかった。


俺たちは話しで盛り上がっていた。

K池の病気は心臓弁膜症だと言った。

カテーテル手術で20kg体重が落ちて戻らないと言っていた。

1ヶ月ほど前に中学の同級生の女性が癌で亡くなった話しが出た。


俺は、K池に、ブログにも書いたK一のことを聞いた。

あいつは生きているのかと。

風の噂では、シャブ中で死んだような噂を聞いていたのだが、小学時代の同級生で俺が会いたいと思っている奴の一人だった。


K池は、生きているらしいと言った。

連絡先は知らないらしいが、生きているらしいと聞いたらしい。

俺は嬉しくなった。

生きていれば、またいつか会えるかも知れないと思ったのだ。


更に俺はF先生から意外なことを聞いたのだった。

それは、俺が石垣島から先生にハガキを送ったとのことだった。

そして、それが俺の知らない所で、めちゃくちゃ面白いことになっていたのだった。

なんと、俺が石垣島に行った理由が、俺が犯罪者になり、警察とヤクザから追われる身となり、逃亡して石垣島に行ったことになっていたのだった。


俺は笑った。

話しを聞くと、どうやら俺が19の時にヤクザを血祭りに上げ、ヤクザに訴えられてパクられた件と、21~2の頃の放浪の旅で、コックとして住込みで石垣島に行ったことがミックスされていたのだった。

人の噂とは面白いものだと俺は思った。


しかし、俺が石垣島からF先生にハガキを送っていたとは、俺自身全く記憶が無く意外だったのだ。

俺は内心で、当時の自分に、『やるじゃん!』と褒めてやった。


そんな話しで盛り上がっていたのだが、俺たちの頼んだつまみは全く来ていなかった。

既に店に入ってから1時間近く経っていた。

後から来た隣の席を見ると、そっちは既に料理も来ていたのだった。


俺はF先生とK池に店を替えようと言った。

俺があと20年若かったら、こんな店潰してやってるところだと笑った。

昔の俺だったら、店の責任者を正論で徹底的に扱き下ろし、翌日には社長にまで会いに行く所だと思った。


若い頃の俺は、末端の社員がなって無ければ、それは上の責任だと、トップに責任を取らせて来たのだ。

俺は常に頭を潰すことしか考えて来なかったし、して来なかったのだ。

俺は、弱い者いじめはしなかったが、強い者いじめは大好きだった。

俺のケンカの仕方は、常に頭を潰す事が目的だった。

雑魚は相手にして来なかった。


30代の頃の俺は、相手が大企業でも単身で戦った。

不動産業界の在り方に不満を抱き、業界を潰して俺が創りかえることを考え、業界団体と戦った。

まるで、ドン・キホーテみたいなものだったのだ。


そんな俺が怒りの感情が全く湧かずに、大した文句も言わずに店を替えようと言い出すとは、自分でも少し驚きだった。

俺は注文していたものを全て取り消し、伝票を持ってレジに行って会計をした。


会計は、4千円弱で、レシートを見ると、お通しが500円だった。

お通しは、小皿に一口程度の豆腐にきのこのあんかけを少し掛けたものだった。


俺はレジの店の責任者らしき若い男性に一言だけ言った。


「ずいぶん高いお通しだな」


レジの男性はムッとしながらも、すみませんと言った。

俺はその態度を見て内心で思った。


「接客業でこんな対応しか出来ないとは、可愛そうになぁ・・・」


店の従業員は、20代の若い男、それも結構なイケメンばかりの店だった。

そして、着ている制服も居酒屋風ではなく、黒服風だったのだ。

多分、元はキャバクラの黒服あたりで、キャバクラが上手くいかずに居酒屋に替えたのではないかと思ったのだった。


俺は、怒りの感情が全く湧かずに冷静に分析し、店員を憐れに思っている自分が可笑しくなって来た。

俺は、最後に店員に言って店を出た。


「良い勉強になったよ、ありがとな」


(つづく)

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