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2019年12月19日 (木)

俺の道 ~自立編Ⅰ~ (11)

(11)生涯の友

当時、構内作業の東建の人数は、俺を含めて総勢9人、引っ越しセンターのトーケンは20数人と、トーケンの方が会社としては大きかったのだ。

そして、年齢的にも2~30代が中心で、全体的にはトーケンの方が平均的に若い人が多かった。


いつだったのか正確には憶えていないが、俺がグリーンの作業服を着るようになってから何回目かの引越しの手伝いに行った時、俺はそいつと出会ったのだ。


そいつは、背丈が180程あり、俺よりも一回りでかかった。

歳は俺の2コ上で、水戸連合の特攻隊長をやっていたらしい。


細かい事情は聞かなかったが、水戸から一人出て来て、会社に住み込みで働いていたのだった。


そいつはK上といった。

ドライバーではなく、運転助手で入っていたようだった。

俺はこいつとは、いきなりの意気投合だった。


俺たちは会ったその日から互いに名前で呼び合った。

K上の名前は、Oと言った。

Oは、俳優の佐藤浩一タイプの二枚目だった。


俺はOと仲が良くなってからは、構内作業の日でも仕事が終われば、トーケンに行ってトーケンの連中と毎日飲むようになった。


俺はOの他、8コ上のYちゃん、30歳のT田さんとHさんと特に仲が良くなった。


Yちゃんは中央線の線路を挟んで、トーケンとは反対側で、10歳位年上の奥さんが『樹々』というカラオケスナックをやっていた。

Yちゃんは、そこのマスターでもあったのだ。


俺たちは仕事が終わると、東小金井の通称『寝床(ねどこ)』(うなぎの寝床のように間口が狭くて奥に長い間取だったことから付いた呼び名)という居酒屋で、生やホッピーを浴びるほど飲んでから、Yちゃんの『樹々』へ行っていたのだ

浴びるほどと言うのは、最近多い『中生』ではなく、大ジョッキで生やホッピーを10杯は飲んでいたのだ。


この頃から俺は、花小金井の連中とは集会以外での付き合いが急激に減って行った。

俺がトーケンに手伝いに行くようになってから、それまでの東建とトーケンの関係が急に変わったのだった。

俺が行き来する前は、同じ発音の社名の兄弟会社でも全く交流はなかったのだ。


しかし、俺が行き来するようになってからは、引っ越しが忙しくて構内作業が暇な時は東建の人間がみんなでトーケンに手伝いに行き、引っ越しが暇で構内作業が忙しい時は、トーケンの連中が全員で構内作業を手伝いに来るようになったのだった。


しかし、そうなると東建側の人間のパワーとスタミナと、トーケン側の人間のパワーとスタミナの差がハッキリしてしまったのだった。

そして、パワーとスタミナのバランスと仕事量では、俺が断トツだった。

更には両方を繋ぎ合せる形になったことで、俺の存在感は急激に高まって行ったのだった。


そして秋頃、トーケン作業員のボス的存在のK村さんが俺に言ったのだった。


「今度、俺の甥っ子が入って来るから、よろしく頼む」


K村さんの甥っ子の名前はE一といった。

俺の1コ下だった

しかし、経歴を聞くと、こいつが悪のエリートみたいな奴だったのだ。


K村さんは、E一のお袋さんの弟だった。

E一の親父は、広域暴力団K会の副会長だった。

E一は、練馬の族で、喧嘩集団で知れ渡っていた『VAMPIRE』の頭だった。

そして、国士舘高校の応援団をやっていたのだった。

学ラン姿は白ランだった。

しかし、その国士舘を中退し、行き場が無くなりトーケンに入って来たのだ。


最初は、どんな生意気な奴が来るのかと思っていたのだったが、E一は全く生意気では無かった。

生意気どころか、礼儀をわきまえていた。

E一は、俺とOに懐き、俺とOを常に立てていた。

俺より少し背が高く、二枚目俳優を思わせる甘いマスクの奴だった。


俺たち10代の三人は、常につるむようになったのだ。

その中で一番喧嘩っ早くてバカなのは俺だった。

族の『全国制覇』。

俺たち三人ならできる。

そんな夢物語のようなことを、俺たち三人はバカになって語り合っていたのだ。


OとE一、そして俺たち三人の兄貴分のYちゃんの3人は、その後俺にとっての生涯の友となった。


この三人には、もう何十年も会ってはいない。

連絡も毎年の年賀状だけだった。

電話連絡も全くしていなかった。


Oは茨城、E一は練馬、Yちゃんは長崎、俺は横浜、みんなバラバラだった。

しかし、これまでずっと、いつも俺の心の中にはこいつらが居続けたのだ。

この三人に対しては、何かあったら、何処に居ようと何時でも助けに行く。


そんな約束をした訳ではなかった。

ただ俺一人がそう決めて、そう信じて来ただけだった。

この三人はいつも俺の心の中にいた。

だから、俺はそれまでどんな困難にも立ち向かえたし、寂しさを感じないで来れたのだ。


しかし6年前、俺が息子と別れ、心を病み、心が完全に折れそうになった時、俺は助けに行くのではなく、助けを求めた。

そんな言葉を吐いたのは初めてだった。

俺は、三人にショートメールを送った。


『助けてくれ』


たった一言だけ。


真っ先に電話して来てくれたのは、E一だった。

E一は、20代前半、俺より数年先に独立していた。

親父とお袋さんの人脈が凄かった。

バツイチになった後、二度目の結婚をしたのは聞いていた。

幸せな家庭を築いていると思っていた。

しかし、違っていた。


E一は俺より先にバツ2になり、少し前に脳梗塞と心筋梗塞を同時に患い、生還したところだった。

俺は言った。


「お前、何やってんだよ?!」

「バカじゃねーの?!」

「閻魔さまとタイマン張って来たのか?!」

「死ぬ時は勝手に死ぬんじゃねーぞ!」

「死ぬ時は一声掛けてから死ねよな!」


俺とE一は、互いのバカさ加減を笑いあった。

俺はE一に元気を貰った。


その日の夜、Oからも、Yちゃんからも電話が掛かって来た。

俺は救われた。

そして、思った。


「みんな変わらない」

「みんな同じだ」

「みんなあの時のままだ」


そして、俺は確信した。

俺が選んだ友に間違いがなかったことを。


(つづく)

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