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2019年12月17日 (火)

俺の道 ~自立編Ⅰ~ (9)

(9)株式会社トーケン

俺は、N谷社長に翌日分の仕事を余分にやっても、翌日は誰も休ませない約束を取り付けた。

そこで俺は、逆に後輩たちには1日の仕事量を多くさせるようにしたのだ。

中途半端な量の仕事は残させず、なるべく翌日午前中分の仕事は終わらせるようにした。

俺の目的は、まとまった空き時間を多く作ることだった。


俺はその空き時間を使って、フォークリフトの運転や11t車や乗用車の運転、またバイクの乗り方とかも後輩たちに色々教えたのだった。


それは、仕事と言うより、ほとんど遊びだった。

そういう日が日増しに増えて行ったことで、多分社長も考えたのだろう。


俺は知らなかったのだが、東建には、直ぐ近くに兄弟会社があったのだ。

その会社は、トーケンと読み方は同じでも漢字と片仮名の表記が違う会社だった。


トーケンの方は、大型車ではなく、2~4tトラックの定期配送と、『ハトのマークの引越しセンター武蔵野営業所』をやっていた。


構内作業が無い時、最初に俺がトーケンの手伝いに行かされたのだった。

エンジ色のニッカボッカの上下を着て、頭は金髪のアフロで眉毛も全剃りの俺が、引っ越しの手伝いに出されたのだ。

トーケンの人たちは、全員『ハトのマークの引越しセンター』の上下グリーンの作業服だった。


俺は、作業服を着替えるように言われたのだった。

しかし俺は、「そんなダサいカッコ出来るか!」と断った。

そして、ニッカの上下のまま引っ越しに行ったのだった。


驚いたのは、引っ越しをする40代位のお客さんだった。

作業を開始する為の挨拶に行くと、俺を一瞥し、目をまん丸にしたのだった。


俺は、そういう目で見られるのには慣れていたから、またかという感じだった。

しかし、仕事をしている内にお客さんは俺に興味を持ったようだった。

荷物を運ぶ俺を呼びとめ、色々なことを聞いて来たのだった。


まず最初は、歳だった。

そして、どうしたらそんな髪型になるのかとか、なんで眉毛を剃っているのかとか、何で学校を辞めたのかだとか、色んなことを聞かれたのだった。


聞かれればこっちも何も隠す必要がないので、俺は素直に答えた。

お客さんは俺の回答に一つずつ納得して行き、その内俺はお客さんと仲良くなってしまったのだった。

そして、お客さんは、昼飯は出してくれるし、終わった時にはチップまでくれたのだった。


俺にしてみたら、引っ越しはいつもやっている構内作業に比べたら、超楽勝な仕事だった。


トーケンの人たちは、少し重いと必ず二人で荷物を持っていた。

しかし俺は、大概のものは一人で運べたのだ。

2ドアの冷蔵庫や洋服ダンス位は一人で楽勝だった。


箱物も全て楽勝だった。

構内で中身の入ったビールケースを、俺は腰の高さからなら4ケース持てた。

当時のビールは、今のような中瓶ではなく、全て大瓶だった。


それに比べれば、引っ越しの荷物は超楽勝だったのだ。

プロの引っ越しセンターの人たちより、引っ越しには素人の俺の方が仕事量は多かった。

その分、仕事も早く終わった。


そして、最初は怪訝な顔で見ていたトーケンの人たちとも、終わった頃には仲良くなっていた。

仕事を早目に終えて帰社した俺は、そこで構内作業との違いに驚かされたのだった。


それは、トーケンの人たちは、その日の仕事が早く終われば、それでその日の仕事は終わりになのだった。

そして、控室で直ぐに酒盛りが始まったのだ。


俺たち東建のロッカールームと控室は日通の人たちと同じだった。

その為、着替える時は一緒でも、それ以外で使ったことはなかった。

俺たちの休憩場所は、貨物の中か、積み上げられた米の上だった。

東建専用の控室はなかったのだ。


俺は初日から酒盛りにも付き合った。

一気にトーケンの人たちとも仲良くなった。


俺はこの時、引っ越しは仕事が楽で昼飯は出るし、チップまで貰えて、なんて良い仕事なのだろうと思った。

俺は、17時まで控室で軽く飲んでから、構内の方へ戻ったのだ。

そして、引越しが大変だったと、わざと愚痴っぽく言ったのだった。


俺は、その後何度も引越しの手伝いに出され、引越しの美味しさを味わうのだった。

季節は、丁度8月の引越しシーズンだった。


N谷社長の俺だけ引っ越しに行かせる思惑を、俺は逆手に取ったつもりになっていたのだった。

(つづく)

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