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2019年12月30日 (月)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (9)

(9)課題の答え

前項を書いたのは、12月18日の夕方だった。

俺はその日の夜、今年も残すところあと二回の剣道の稽古に行った。


この日の俺は、普段あまり出来ない、館長との稽古に臨むことを決めていたのだ。

思った通り、年末でいつもより稽古に来ている人が少なく、俺はその日、館長にとって最初の相手になれたのだった。

俺が入門して丸6年で初めてのことだった。


普段の館長は、若い四~五段クラスの現役選手のような人たちが中心に稽古をつけて貰っているため、今年の夏過ぎまでの俺は、若い人たちに遠慮して、館長との稽古は三ヶ月に一度位、館長が空いている時だけにしていたのだった。

しかし、今年の夏過ぎ、今年3回目の館長との稽古に臨んだ時、俺は館長に大きな気づきを与えられ、他の70歳代の六~七段の先生方との指導力の違いを痛感したのだった。


六~七段の先生方は、俺の悪い点を指摘してくれ、俺はそれを直そうと意識して稽古をして来たのだ。

それは、基本稽古の時には良いのだが、地稽古で打ち合いになると、その意識が薄れてしまい元に戻ってしまうのだった。

いつも心の中では、「悪い所は分かっている。では、それを直す為にどういう練習をしたら良いのか?」それが分からないのだった。


俺は40代始めの頃、一時期ゴルフに目覚め、プロコーチに付いて指導を受けた時期があった。

そのプロコーチに付く前の俺は、普通のレッスンプロに習ったのだが、普通のレッスンプロは、悪い点を指摘し、そこに本人の意識を持って行かせて直させようとするのだが、実際にそれではなかなか直らないのが現実なのだ。


そのプロコーチが一流だと思ったのは、単に悪い点を指摘するだけではなく、それを改善する為の具体的練習方法を教えてくれる所にあったのだ。

そういう練習をすることで、悪い所を意識せずとも自然に直っているという結果になるのが、良い教え方だと俺は思っていたのだった。


そしてそれは、案外関係無いように思える様な所の改善点だったりするのだ。

例えるば、腰痛があるからと腰の周辺をいくら揉んでも、一時的に腰痛は軽くなっても根本的な改善がされないと、また直ぐに腰痛になるのと同じようなものだと思う。


俺はゴルフで腰を痛め、最初の頃は良くマッサージに行ったのだが、マッサージでは何も改善されないことを知ったのだ。

その後整体に行き、俺の腰痛の原因は股関節にあったことを知ったのだ。


そう考える俺にとっては、悪い所を指摘することは、誰にでも出来ることなのだ。

大切なのは、それを直す為の具体的方法を教えることが出来るかどうかだと思っているのだ。

それが、指導力の違いだと思っているのだった。


俺は、夏過ぎの館長との稽古の時、構えた瞬間に籠手を打たれたのだった。

そして、それは一度や二度ではなかったのだ。

構え直す度にスパーンと鮮やかな籠手を打ちこまれたのだ。

5~6発連続で打たれたのだった。


その時の俺は何も出来なかった。

そして、館長に言われたのだった。


「なぜ、籠手ばかり打たれるのかわかりますか?」


俺は、左の握力が弱いことが原因なのではないかと館長に言ったのだった。


その理由は、俺は他の先生方からも、打込む時に身体が右に傾くことを良く指摘されていたからだった。

俺はずっとそれを直そうと意識しながら稽古をして来てはいたのだが、なかなか直らなかったのだ。


そしてその原因は、若い頃のバイク事故で左手首のスナップを効かせられないことと、左手には痺れがあり握力が右の6割位しか無く、左右の握力の違いから、どうしても右が強くなってしまうことにあると思っていたのだ。

俺の上達の壁は、ずっと左手にあると思って来ていたのだった。


しかし館長は、それを否定したのだ。


そして館長は、俺の構えを真似て見せたのだった。

その構えは、完全に右手が前に出た構えだった。

その姿は、籠手がガラ空きと同じだったのだ。


そして館長は、構えに握力は関係ありませんと教えてくれたのだ。


言われてみると確かにそうなのだ。

俺はそれまで、打ちこんだ時の姿勢が、右が前に出る形で斜めになってしまっていると思っていたのだが、既に打込む前の構えの段階で右が前に出ているとは、一度も考えたことが無かったのだった。


俺は館長から、俺の考え方自体が間違っていたことに初めて気づかされたのだった。


それまでの俺は、構え自体に問題があるとは露ほども思っていなかったのだ。

なぜなら、俺自身は、真っ直ぐ構えているつもりだからだ。

足も竹刀も、板目に沿って真っ直ぐにしているつもりだったのだ。


この日の俺は、右に傾く原因が左右の握力の差ではなく、構えに問題があることに初めて気づかされたのだ。

しかし、その解決方法は直ぐには教えては貰えず、どうしたら真っ直ぐな構えが出来るかを考えるように言われたのだった。


その日帰宅した俺は、風呂に入る前に裸で洗面所の鏡の前で、構えのカッコを映して見たのだった。

すると、左腰が開いていることに気づいたのだ。


そして、十数年前ゴルフを習っていた時に俺の骨盤が左に少し開いていることを指摘されたことを思い出したのだった。


ゴルフのアドレスの際、球を打ち出す前方以外の三方向からビデを撮影し、それに気づかせて貰ったことを思い出したのだ。


俺の身体は自分が真っすぐに立ったつもりになっていても、骨盤が少し左に開いていたのだ。

いくら自分がアドレスで足元にクラブを置いて、足元と肩のラインをスクウエアに構えても、腰だけは左に開いていたのだ。

自分では気づけなかったのだ。


その為、球はスライス系になっていたのだが、アドレスで骨盤を少し前に押し出すことで骨のラインも真っ直ぐになり、身体の開きが無くなり、それ以降、ドローボールが打てるようになったのだった。

要は、俺の身体の歪みが原因だったのだ。


俺は、鏡の前で、裸で構えたことで、それを思い出したのだ。

俺は、その考えが間違っていないか、次の稽古で試すことにしたのだった。


俺は、次の稽古も館長との稽古に臨んだのだった。

その日は、前回のようには籠手は打たれなかった。

そして、稽古の後、俺は館長に言われたのだった。


「今日の構えは真っ直ぐになっていましたよ」


俺は、前回の稽古の後、以前ゴルフを習った時に、自分の骨盤が歪んでいることを指摘されていたことを思い出し、今回は左腰の位置を修正してみたことを話したのだった。


すると館長は、良くそこに気づけましたねと、普通は手先だけで修正しようとしてしまうのだと、普通はなかなか自分では気づけないと、たった一回で気づけるとは、凄くセンスが良いですよと褒めてくれたのだった。


その時俺は、館長と他の先生方との指導力の違いを感じたのだ。

それ以降俺は、以前のような若い人たちに遠慮する気持ちは捨てて、なるべく館長との稽古が出来るようにしたのだった。


そして、18日の稽古では、今年最後の23日の稽古で、館長との稽古が出来なくなることも考え、今年最後のつもりで館長との稽古に臨んだのであった。


その稽古の中で俺は、この三ヶ月間、常に左腰を意識して稽古をして来たのだが、他の先生との稽古だと真っすぐに打つことに意識が行き、左腰の意識を忘れてしまうのだが、館長との稽古では、考えなくても勝手に意識が左腰に行くことに気づいたのだった。


根本的には、どの先生も同じことを教えてくれているのだが、その教え方、気づかせ方により、受け止める側の意識は全く違ったものになることを知ったのだった。


その日帰宅してから俺は風呂に入り、研修でも悪い所を指摘するだけではなく、その間違いに気づかせ、その修正方法を教え気づかせることの大切さを考えたのだった。

そして、その『教え気づかせること』こそが、『諭すこと』だと気づいたのだ。


するとそこで、俺は前項に記載した彼を心の中で責めていた理由にやっと気づいたのだった。


それまでの俺は、心の中で彼の悪い所を指摘し、指摘するだけだった為に自分で、『責めてしまっている』と思っていたのだが、俺がしたかったのは、『叱咤激励』だったことに気づいたのだった。

彼を諭したいと思いながら、その言葉が見つからず、指摘するだけだった為に、『責めてしまっている』と勘違いしていたのだ。

だから、その裏にある自分の気持ちにも気づけなかったのだと思ったのだった。


俺の気持ちは、彼を心配する気持ちだったのだ。

そして、更に気づいたのだった。

俺は、相手を想い心配する気持ちを他者に見破られるのが、恥ずかしかったり照れくさかったりして、それを誤魔化す為に強い言葉になってしまい、それが相手を責めているように受け止められてしまうのかも知れないと思ったのだ。


振り返ると、研修の時に俺が厳しくした外車のセールスマンの人も、二度目の研修と聞き、『厳しくしなければ』と思ったのと同じように、『心の弱い人なんだな』とも思っていたのだ。

その心配する気持ちが、過剰に反応して相手を責めてしまう形になってしまったんだと気づいたのだった。


それは、離婚前に息子にしていたスパルタと同じだったのだと気づいたのだった。

そしてそれは、グレートマザー元型の負の側面に憑依されたのと同じだったことに気づいたのだ。


その原因は、『過剰に心配する気持ち』であり、その裏には、『大丈夫なのか?』と、相手を疑う気持ちがあり、それは相手を信じる気持ちが薄れていることであり、そこには自分の傲慢さが見て取れるのだった。


俺は、それに気づけて本当に良かったと思った。

もし、それに気づけないまま年を越していたら、俺は悪い状態のまま年を越してしまうところだったのだ。


きっと俺の中の何かが、俺に気づかせるために、研修後もずっと拘り続けさせてくれたのかも知れないと思ったのだった。

そして、こうして書いてみると、改めて、人は成功体験より失敗体験から学ぶことの方が大きいと感じたのであった。


(つづく)

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