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2019年12月12日 (木)

俺の道 ~アラカン編~ 自己実現塾『晴太老の部屋』の巻 (2)

(2)誰にも見せない自分の感情を記す日記に代わるもの

事務局担当者から回答を得た俺は、直ぐお礼の返信をした。

そして、取りあえずコミュニティフォーラムの中では直ぐにブログの存在は明かすことは止めた。

そして、今後の塾との関わり方を考えたのだった。


俺がブログの存在を明かすかどうかを考えたのには理由があった。

それは、10月26日のメールで野口先生が『誰にも見せない自分の感情を記す日記』をつけることを推奨されたことにあった。


野口先生からのメールを読み、俺は直ぐに田坂広志先生の『こころの技法』に記載されていた、『内省日記』と同じだと思ったのだ。

そして俺は、『こころの技法』を読んで『内省日記』を知った時、俺が『俺の道』を書いていることとある意味同じだと思ったのだ。


内省日記との違いは、『誰にも見せないもの』なのか、『誰かが見る可能性があるもの』なのかの違いと、小説風に語り口にしているかどうかだ。

そして、この『誰かが見る可能性があるもの』であることが、実は今の俺にとってはとても意味のあることなのであった。


やっていて気づいたことなのだが、誰かに見られる可能性があるということで、俺は一度流して書いたものを何度も読み返すのだ。

そして、その読み返しにこそ、本当の意味があることに気づいたのだ。


何度も読み返すことで、その出来事の意味に気づいたり、当時の自分の感情に気づいたりするのだ。

そして、少しでも嘘偽りの無い真実の自分を表現したいという心理が働き、誇張されていた記憶が修正されたり、それまでのネガティブな捉え方がポジティブな方向へ変わったりするのだ。


その結果、書いている出来事に対する当時の捉え方や対応の仕方を見つめることが出来、当時の自分をそのまま受け入れられるのだ。

更には、記憶に残る出来事に対し、一つずつ『あれで良かったのだ』と思えているのである。


俺はそのことに書いている内に気づいたのだ。

最初からそれを狙った訳ではなかったのだ。


最初は、自分の気づきを将来の息子に役立つかどうかは分からないが、今の俺が残せるものとして、言葉として残してやりたい、それが見ず知らずの誰かにも役に立ったら更に嬉しい。

ただそれだけだったのだ。


それが結果的に、小説風に書くことに気づいたことで、それが自己受容に繋がっているということなのだ。

それも急速に。


そして、面白いのが、何度も読み返しながら書いている内に、その当時関わっていた、既に忘れかけていた人たちに対する色々だった思いが、全て感謝する気持ちに変わって来ることだった。

これは一種、『遺書』を書いた時に出て来る感情に近いものがあるかも知れないと思ったのだ。


俺は、何度か本気で死を考えた時に、何人もの人それぞれに『遺書』を書いたことがあるのだが、最後は『感謝』しか無くなるのだ。


こんな弱い自分で、ごめんね。

ダメな自分で、ごめんね。

でも、そんな自分とこれまで付き合ってくれて、ありがとう。

そういう気持ちになるのだ。


そこまで行き、最後息子宛に書いた時、俺は途中で書くことが出来なくなり、『俺と同じ苦しみを味わわせてはいけない』、『俺と同じ思いをさせてはいけない』と気づいたのだ。

そして、その感謝に少しでも報いたいという気持ちが生まれ、もう少し頑張ってみようと踏ん張ることが出来たのだ。


そして今、『俺の道』を書くことで、当時の若かった自分に対し、息子に語りかけるように、認め、許し、受け入れることが出来るようになって来たのだった。


言い換えれば、自分で自分を育て直しているようなものなのだ。


俺は、『自己受容』を深めて行く為の一つの手段として、『自分の過去を小説風に書くこと』と、その効果・効用を知って貰えると、他の受講生の気づきに役立つのではないかと考えていたのだ。

しかし、やり方を間違えると、『俺の過去を知って貰いたい』と思っているようにしか受け止められかねないとも思うのだ。


結果的にどう受け止められるかは、人それぞれだから、俺自身はどう思われようと一向に構わないのだが、入口の目的だけは一応ハッキリと伝えておかないといけないとも思っているのだ。


そして、塾が始まった11月1日にコミュニティフォーラムの最初のトピックに、日記についてのトピックが立ったのだった。

俺は、そのトピックが立った時に、そういうことを発言して良いものなのかどうか悩んだのだ。

俺はこういうやり方をしているよと、言っていいものなのかどうなのか。

直ぐに答えは出なかった。


俺は、11月の動画を見てのコメントで、ある女性受講生の子どもとの会話に感銘を受けたのだった。

そして、俺はその感銘から与えられた喜びに対するお礼を伝えたくなり、『コメントを見て感じたこと、気づいたこと』のトピックを新たに立てて発信したのだ。


俺の発信には、何人かの方が反応してくれ、俺は自分の考え方や気づきを綴るようになった。

そんな時、11月も下旬になって来た頃、俺が立てたトピックに新たに投稿してきた女性のコメントに俺は直ぐに対応出来なかったのだ。


その女性のコメントを読んだ時、俺は以前の俺と重なったのだった。

凄く相手のことを心配しているのに、その表現が不器用で上手く伝えられず、相手を攻撃しているように捉えられかねない内容だったのだ。


俺はその対応を考えた時、俺の塾への関わり方を明確にしておかないといけないと思ったのだ。

そして、俺は野口先生(事務局)宛てに質問メールを送ったのだった。


その間に先の女性がコメントした相手の女性がコメントを返したのだった。

内容を読むとその女性も同様だった。

お互いがお互いを心配しているように俺には感じるのだが、見え方は丁寧な言葉を使っていながらも攻撃し合っているように見えてしまうのだ。


俺は、先の女性が投稿したことに気づいて直ぐにフォロー出来なかったことを悔やんだ。

そして、俺が二人に対するフォローを考えている内に、二人のコメントは事務局により削除されたのだった。


俺は何か凄く悔しくなった。

そして、やるせない気持ちになったのだった。


この自己実現塾は、オンラインの塾だ。

現状、概算で160人位が参加していると思うのだが、自分のプロフィールを書いている人は1割前後だと思う。


そういう意味では、本名も住まいも分からず、何処の誰かも分からない人たちが集まって、それぞれがそれぞれの目的で受講している人たちが集まっているだけのコミュニティなのだ。

塾が終わった後も人間関係が繋がっていく人が出来る確率はかなり低いと思うのだ。


人のことなど気にせず、自分の学びだけに集中してコミュニティフォーラムには参加せず、一人でやっているのが一番良いのかも知れない。

しかし、それでは、この塾を100%活用していることにはならないと思うのだ。


自己受容を深めることで、他者受容も深まると野口先生は言われている。

そして俺は、その『逆も真なり』もあると思っているのだ。

その為のコミュニティフォーラムだとも思っているのだ。


女性二人のコメントが削除されたその日の夜、俺は晩飯を作りながら考えていた。

俺のブログの存在を明かさずに、かつ、ブログに書いて来た俺自身の気づきを、押しつけや余計なお世話にならない形で上手く伝えられる良い方法がないかと・・・。


翌朝、俺は起床してトイレに入っていた。

そして、閃いたのだった。


『俺の道』をコミュニティフォーラムの中に作っちゃえば良いんだ!


これまで俺は、メインの動画を見てのコメントを記載した後、自分のトピックにコメントをしてくれた人への返事を書いたり、他の人が立てたトピックに書きこんだりしていた。

要は、あっちこっちで書いていたのだ。

そして、トピックは今後、毎月の課題が変わっていく中で、色々なものが色々な人から立てられると思ったのだ。


そう考えると、それでは統一性が全く無く、自分の気づきもあっちこっちに散らばってしまうと思ったのだ。

それでは、最終的に何が何だか分からなくなってしまうのではないか?

俺は、そう思っていたのであった。


それに対し、これから自己実現塾が終了するまでの残りの11ヶ月間をずっと通して書き続ける場所を作ってしまえば良いと気づいたのだった。


誰でもが出入り自由な俺専用の場所を作ってしまえば良い。

俺はそう考えたのだった。


(つづく)

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