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2019年12月13日 (金)

俺の道 ~アラカン編~ 自己実現塾『晴太老の部屋』の巻 (3)

(3)晴太老の部屋

俺は閃いたのだった。

誰もが出入り自由な俺専用の場所を作ってしまえば良い。

そして、イメージとして思い浮かんだのが、『徹子の部屋』だった。

俺は、コミュニティフォーラムの中に『晴太老の部屋』を作ることを思いついたのだった。


俺は、『晴太老の部屋』を始めるに当たって、一番注意したいと思ったことは、俺の気づきは自分の経験体験を通しての気づきである事から、どうしても俺の過去を書くことになることだった。

そして、その過去は、俺にとっては既に乗り越えていることから、既にトラウマだとか、深い心の傷ではないのだが、見方によってはその様に見えてしまい、同じような悩みや迷いを持っている人にとっては、俺の書くことがその人のトラウマや深い心の傷を誘発してしまう可能性があることだった。


それは、最初にアクティングアウトと一緒に教えられた、『マインドレイプ』に繋がる可能性があるということだ。

俺は、その点に注意を払い、俺が書くことは既にトラウマや深い心の傷では無いことを記載した。

その上で、トピックのタイトルは、『俺だけの部屋』みたいになっているが、そうではないから、みんなのコメントも大歓迎だと記載したのだった。


『晴太老の部屋』を始めるに当たって俺は、その考えをまずは記載したのだった。

そして、最初の投稿として、11月にアクティングアウトを知ったことによる俺の気づきを書いたのだった。

いきなりのカミングアウトみたいな形で。


10代は高校1年で中退し、ヤンキーの暴走族で、スピード狂で、ヤクザとも平気で喧嘩し、暴力の塊みたいな人間であったこと。


そして、20代は言葉による暴力、恫喝をしていたこと、不動産業界に入ってからはワーカーホリックであったこと、特に独立してからはそのワーカーホリックが加速し、仕事は上手く行っているのに自ら破滅に向う様な誰もがやらないことを自ら好んでやってきたことなどを。


更にそれらの行為は、傍から見たら自殺行為であり、全てはアクティングアウトのリストカット、いわゆる自傷行為と同じであったことに気づいたこと。

それらの『死を恐れない行為』こそが、俺の最大のアクティングアウトであったことに気づいたことを書いたのであった。


それは16で家を出てから急速に加速し、50過ぎまで約35年もの間続いて来ていたこと。

更には、なぜ俺は、健康的ではないアクティングアウトという方法しか取れない人間だったのか?

なぜ俺は、健康的な心の守り方が出来ない人間だったのか?

その疑問の先にあるものにも気づき始めて来ていることも書いたのだった。


その日は、他のメンバーからのコメントは何も無かった。

俺は更に翌日、『永遠の少年』元型の去勢についての俺の経験を書いたのだった。


実際にその気づきが果たしてそうだったのかは分からないが、俺はユング博士が唱える、『集合的無意識』の中の『永遠の少年』元型に適合していると思ったのだ。


そして、昨年12月の気づき。


俺のそれまでの人生での最大の気づき。

自分を許し、自殺した親父を許し、更には騙されたと思っていた人たちをも全て許す事が出来た気づきが、『永遠の少年』からの脱皮である、『去勢』だったのかも知れないと思うことを書いたのであった。


そして、その過程の中で、『集合的無意識』の中のもう一つの元型、『グレートマザー』元型の負の側面である過保護、過干渉による子どもを支配する心理から脱却出来たことを書いたのだ。


俺は以前、『巨人の星』の星飛雄馬の父親である『星一徹』と同じく、超スパルタで強要ばかりしていた頃は、正しく『グレートマザー』に憑依された状態だったと思ったのだ。

そして、息子と別れた寂しさと苦しみの中で、自分の過ちに気づけたことで抜け出せたことも書いたのだった。


俺は一度ブログで書いている事から、大分コンパクトにまとめて書けたと思ってはいるが、それでもかなりの文章量であることは間違いなかった。

始まって1ヶ月を過ぎたところだが、俺が一番自己開示し、一番多く書いているのは間違いないのだ。


果たして、こんな長いものを最後まで読んでくれる人はいるのだろうか?

最初から、こんなに自己開示して、変な奴と思われるだろうな・・・。

拒絶する人も沢山いるだろうな・・・。

そう思いながら、俺は投稿したのだった。


そして翌日、朝起きて見ると、前夜の内に一通のコメントが寄せられていた。

俺はホッとした。

そして、嬉しかった。


それは、Pさんという子どもを持つ母親である女性からのコメントだった。

それには、『信念』についての問いかけと、アイデンティティについての考えが書かれていた。


俺はコメントしてくれたことへのお礼の気持ちと、『信念』についての俺の考えを、具体例を上げて伝えた。

その具体例には、息子に対する俺の信念を書いた。


すると今度は、Nさんという不登校の子を持つ母親である女性からのコメントが寄せられた。

そこには、『晴太老の部屋』を始めたことへの感謝の気持ちと、俺の気づきや考え方に共感したというメッセージが書かれていた。


そして、そのコメントに対するお礼のメッセージを俺が書くと、その翌日には、Bさんという、やはり子どもを持つ母親の女性から、子どもに対し口うるさくなってしまったり、怒ってしまったりで、子どもを信じることが出来ていない、俺やNさんのように子どもを信じられるようになりたいというコメントが寄せられたのだ。


俺は、自分も以前は超スパルタで、最初から今のようには出来ていた訳ではなかったこと、そして出来るようになったきっかけや考え方を伝えた。


その翌日には、それに対するNさんの自分の経験に基づくコメントがあり、Bさんが俺とNさんに励まされるような形になった。


コミュニティフォーラムでは、聞かれてもいないことに対する会員間の直接的なアドバイスは禁止されている。

だから、あくまで相手の悩みや苦しみを感じ取り、それに合わせた自分の経験体験で得た気づきを伝えるだけだ。

それを読んだ人がどう捉えるかは、人それぞれなのだ。


しかし、そうは思っていても、活字の表現だけで、こちらが望んだ形で受け止めて貰えると、やはり嬉しいと感じるのだった。

やってみて良かったなと思えるのであった。


更には、まだ投稿者個人の経験体験や考え方などはコメントせずとも、共感するところが多々あり、興味深く読ませて貰っているとお礼の気持ちを伝えてくれる人も出て来た。


これまでに、俺の『晴太老の部屋』には、4人の人が来てくれたのだ。


そして、12月3日、俺は自分が剣道の二段に合格した時に館長が話してくれた、『これからの心構え』から得た気づきの話しを通し、俺が『親』という肩書を捨てられたことと、肩書を捨てたことで、俺自身が『自由』になり、息子との関係が良好になっていること、更には、そこに至る際の自分の気持ちの変化を新たに書いたのだった。

するとその翌朝には、BさんとNさんから共に励みになったとのお礼のコメントが来たのだった。


俺はその日、新たに今月の課題である『心の器を育む』こと、そのためのルーティーンについての考え方を書き、二人の『子供は親への授かりものではない。神様から預かった尊い個の人格を持った存在なのだ』という考え方についての俺の考え方を書いた。


そこに俺は、田坂広志先生の『3つの真実』と、その真実に基づく田坂先生の問いかけを書き、そこから得られた俺の気づきを記載したのだった。


するとその日の午後、『晴太老の部屋』を始めて、最初にコメントを送ってくれたPさんからのメッセージが来ていた。


Pさんからのメッセージは数行と短いものだった。

そして、Pさんも昔剣道に打ち込んでいた時期があったと書かれていた。

Pさんは剣道女子だったようだ。


そして、そこに書かれていた一言で、俺はPさんから剣道の三本勝負なのに、一撃でいきなり二本取られたような気持ちになったのだった。


(つづく)

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