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2019年12月21日 (土)

俺の道 ~自立編Ⅰ~ (13)

(13)新人ドライバー育成係

秋真っ盛りの頃、一人の大型車の運転手が入社して来た。

新人ドライバーはSさんといった。


それまでは、東小金井の貨物駅構内から、キリンビールの杉並工場、武蔵境にある米の政府倉庫への運搬の運転手は、構内ではフォークリフトの運転手でもあったN瀬さんが中心で、時々N谷社長もやっていた。


俺は、この二人にルートや下ろし方を教わっていた。

俺はN谷社長にSさんに配送ルートと下ろし方など全て教えるように頼まれた。

そして、俺の日給は一気に6千円から8千円にアップされた。


Sさんは20代後半で、身長が俺より少し低い感じの細身の人だった。

髪型が、マンガの『アラレちゃん』に出て来る、『がっちゃん』に似たクルクルパーマのイケメンだった。

大型免許を取ってから、まだ実践経験が少なく、大きな事故では無かったようだが、事故歴があるとN谷社長から聞かされていた。


最初の内は、交差点を左折する際の頭の振り方やダブルクラッチなどの運転技術から教えた。

当時のトラックは旧型で、クラッチはダブルで踏まないと入らなかったのだ。

また、下ろし先の敷地に入ったら、狭い所は俺が替わって運転した。


俺は、N谷社長の助手になった時は、構内だけではなく、たまに空荷になった時には、無免許で公道も運転していたのだった。


検問や緊急の際のN谷社長と俺の交代の仕方も練習していた。


検問の時は、一度手前に停めて、俺が運転席の背もたれを後ろに倒して、すかさず後ろに隠れ、N谷社長がセンター席から運転席に滑り込む形だった。


当時、菅原文太主演のトラック野郎が流行っていた。

俺は、N谷社長にトラック野郎になるように言われたのだった。

その為には、無免許のうちから練習しておかないとダメだと言われ仕込まれていたのだった。


N谷社長は俺を信頼してくれていると思った。

Sさんは、まさか普通免許もまだの俺から、運転技術まで教えられるとは思っていなかったらしく驚いていた。


荷降ろしに関しては、最初の一ヶ月は、ほとんど俺一人でやった。

米の荷降ろしは、倉庫に横付けしたトラックの荷台にベルトコンベアが設置され、そのコンベアに米を乗せるのだ。

コンベアの先には、倉庫内の作業員が何人も居て、一人が一袋ずつ肩で担いで奥まで運んで行くのだ。


早く下ろすためには、横付けしたトラックの移動回数を出来るだけ少なくして、コンベアになるべく小さな隙間で米を乗せ続けるのだった。

その為には、運転手と助手の二人で手鉤を使って一緒に米を持って投げるのだが、Sさんにそれをやらせたら直ぐに潰れてしまうと思ったのだ。

Sさんは身体が細く、なかなかそれが出来るようにならなかったのだった。


当時の運転手の日給は、12,000円だった。

それまでの俺の倍だった。


米の政府倉庫は、隣の武蔵境駅に近く、実際にトラックで走るのは、片道10分程度だった。

それを一日に何往復もするのだが、実際には走っている時間より、荷降ろしの時間の方が多いのだ。

普通の運送会社の運転手は、運転がメインで、荷降ろしはプラスαの作業だが、東建の仕事は逆だったのだ。


その運転手が荷降ろし作業が出来ないとなると、助手としての俺の作業量は一気に倍になるのだった。

俺の日給を一気に2千円も上げてくれた理由を、俺は知ったのだった。


(つづく)

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