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2019年12月20日 (金)

俺の道 ~自立編Ⅰ~ (12)

(12)S水社長の伝説の指

トーケンの社長はS水社長と言った。

N谷社長とは違い、少し変な訛りがあり、タヌキをでかくしたような少しおっとりした感じの人だった。


そして、トーケンの仕事は引っ越しだけではなかった。

企業の専属で、その企業の製品や商品の配送を行っている人たちもいた。

その人たちには専用車が与えられ、助手は付かずにドライバー一人で仕事をしていた。


引っ越しチームとは別だったことで、控室で一緒になることは少なかったのだが、俺はそれなりに仲良くなっていた。


そんなある日の昼休み中、東建では一番の力持ちのK西さんと俺がトーケンに呼ばれたのだった。

K西さんは、40後半くらいのおじさんだったが、ボディビルダーのような身体をしていた。

口数の少ない人で、仕事以外のことはあまり話したことは無かったのだが、優しい人柄は感じていた。


俺とK西さんがトーケンに行くと、その日の仕事は引っ越しではなかった。

引っ越しではないトーケンの仕事は初めてだった。


俺とK西さんは、S水社長が運転するライトバンに乗せられ、場所が何処だったかは忘れたが、一部上場の東京精密という会社に行った。


どうやら、東京精密の専属ドライバーのS藤さんからの応援要請のようだった。

荷物は、小さいのにかなりの重量物で、相当高価な精密機械とのことだった。


行ってみると、S藤さんが待っていた。


S藤さんの専用車は、パワーゲート付き4t車だった。

積む時はフォークリフトで積んだのだが、下ろす場所にフォークリフトが無かったのだ。

見るとその精密機械は、一片が1m程で、高さが1m強程のステンレスで囲われた四角い箱の様な機械だった。

足は4本で床から2~3cmの隙間があった。

重さが250kg位あるとのことだった。


小さいから4人で持ち上げるしかなかったのだ。

そこで俺とK西さんが選ばれたのだった。


それにS水社長とS藤さんの4人で持ち上げることになったのだ。

見た目は4人の中で俺が一番細かった。


当時の俺は、身長174cm、体重63kg、ウェスト73cm、胸囲103cmだった。


俺とK西さんには不安はなかったのだが、一番心配なのはS水社長だった。

俺はS水社長と現場で一緒になったことは無かったのだ。

身体はでかかったが、普段事務仕事しかしていないS水社長にどの程度のパワーがあるのか分からなかったのだ。


取りあえずバランスを保てるように俺とK西さんが向きあい、S水社長とS藤さんが向き合う形で持つことにした。
最悪の時は、俺とK西さんで支えれば何とかなると思った。


作戦としては、まず荷台のパレットの上から機械を持ち上げて一度パワーゲートまで行き、パワーゲートから設置場所まで行くという単純なものだ。


しかし、難関が一か所あった。

それは、パワーゲートだった。

方法は2つだった。

一つは、一度パワーゲート上に機械を下ろして、パワーゲートを下げてから再度持ち上げて設置場所まで行く方法。

もう一つが、パワーゲート上に下ろさないで、パワーゲートには4人が持ったまま乗り、そこからパワーゲートを下ろして設置場所まで一気に行く方法。

その2択だった。

安全なのは、一度パワーゲート上に機械を下ろす方法だった。


S水社長は、一度パワーゲートに下ろした方が良いのではないかと言った。

しかし、俺はその意見に反対した。

俺は、S水社長に言った。


「一度地べたに下ろしたものを再度持ち上げられますか?」

「今はパレットの上だから地べたより20cm位上だから持ち上げられますけど、一度地べたに下ろすと相当足腰が強くないと持ちあがらないと思いますよ」

「20cmの差はでかいですよ」

「俺とK西さんは大丈夫だと思いますけど、社長、それ出来ます?」


S水社長は唸った。


俺は、腹がでっぷり出たタヌキ体型のS水社長には無理だと思ったのだった。


結局、俺の案で行くことになった。

そして、俺が一番危険な後ろ向きで行く役になったのだった。


俺の左がS藤さん、右がS水社長、向いがK西さんの配置になった。

東京精密の社員の一人にゲートの操作をお願いした。

そして、他の社員の方には、俺たちの足元の確認と合図をお願いした。


俺たち4人は荷台に上がった。

2~3度、4人で一気に持ち上げるタイミングの練習をした。

そして、打ち合わせた配置につき、声を掛け合った。

互いの顔は見えなかった。

俺は言った。


「一気に一拍子で行きますよー!」

「せーのっ!!」


俺の掛け声とともに一気に持ち上げた。


若干S水社長が遅れたが大丈夫だった。

俺は、立ち上がりさえすれば何とかなると思っていた。


掛け声を出しながら、俺は一歩ずつ後退した。

ゲート上まで来て、少しだけS水社長に動いて貰い、ゲートに対し、機械が菱形になるようにした。

俺が真後ろのままでゲートを下ろすのは、危険過ぎると感じたのだ。

最初の作戦には入ってない、俺の勝手な指示だった。


S藤さんの合図でゲートがゆっくり下がった。

そして、ゲートの付け根が地面に接地した瞬間、俺は言った。


「ストップ!!」


俺が危険を感じたのはこれだったのかと分かった。

ゲートの付け根が接地し、更にゲートの先が接地するまで下ろすとゲートは斜めになるのだった。

もし真後ろ向きのまま、斜めになったらバランスを崩すところだったのだ。

これも作戦の中に無いことだった。


ゲートと地面に約20cm位の段差がある状態になった。

まず、俺が後ろ向きで降りることにした。

続いて、S藤さんとS水社長、最後にK西さんがゲートから降りた。


難関を無事クリアした。

あとは数m先の目的地に行くだけだった。


俺は東京精密の方の声に従った。

目的地に着き、俺は東京精密の方たち数人に、上を支えてくれるようお願いした。


俺たちは、下ろす態勢に入った。

掛け声を掛けてゆっくりと下ろし始めた。

床ギリギリまで下ろしてから、まず位置合わせで俺が引かれたラインの上に一度下ろした。

続いて左側のS藤さんが下ろす形で直角を確認し、まずS藤さんが両手を放した。


俺の右手はまだ支えていた。

右側はS社長だ。

K西さんにも声を掛けてゆっくりと右を下ろした。

そして、右側を下ろしてホッとした瞬間だった。


「あいててててて!!」


S社長の叫び声だった。

俺は、何が起きたのか分からなかった。

K西さんが僅かに再度持ち上げた瞬間、S水社長は手を引いて尻もちをついたのだった。


なんと、床から2~3cmある隙間に右手の指が挟まったのだった。


「おーいてぇ・・・」


S水社長は右手の指をフーフーしていた。


それまで気づかなかったのだが、S水社長は軍手をしていなかった。

俺たち三人は滑り止め付きの軍手をしていた。

俺たち三人は、誰も指が挟まるなんてことは考えていなかった。


見るとS水社長の指は、魚肉ソーセージよりも太そうな指をしていた。

俺たち三人は大爆笑した。

そして、笑いながら俺は言ったのだった。


「社長の指、ふってぇ~!!」

「そんなふってー指、見たことねぇーよー!!」

「ぎゃははははははは!!!!」


「その指じゃ、軍手も入んないんだぁ~!」

「ぎゃははははははは!!!!」


俺とS藤さんは、鬼の首を取った勢いで社長の指の太さを笑ったのだった。

普段口数の少ないK西さんも笑いを堪えられず、一緒に笑っていた。


S水社長は、何も言えず、ただムスッとしていた。

仕事を終えた俺とK西さんは、再度S水社長の運転で帰路についた。


俺は、後部座席から運転するS水社長の指を見て、また爆笑した。

良く見ると、象の皮の様な分厚い手だった。

そして、俺は笑いながら言ったのだ。


「しゃちょ~、プッシュフォンのボタン押せます?」

「そんなに指が太かったら、2コ一緒に押しちゃうでしょ~」


社長は、うるさそうな顔をしながら言ったのだった。


「大丈夫だよ」


「ふ~ん、そうなんですか~」


俺は何か怪しさを感じたのだった。


そして、帰社すると現場の人間はまだ誰も帰っていなかった。

S水社長は、今日の仕事はこれで終わりだと言った。


真面目なK西さんは、直ぐに構内に帰って行った。

俺は、この日の出来事を誰かに言わずには帰れなかった。

控室で休んで行くことにした。


俺は控室でじっとしていられなかった。

本当にあの指でプッシュフォンのボタンを押せるのか確認せずにはいられなかったのだ。


俺は控室を抜け出し、事務所内のS水社長を陰から覗いて見ていた。

そして、S社長が受話器を取った瞬間だった。


なんと、S水社長は右手に持ったボールペンを逆さにして、ボールペンのケツでボタンを押したのだった。


俺は、笑い声を押し殺して、控室に急いで戻った。

そして、一人で大爆笑した。


もう、早く誰かに話したくてしょうがなかった。

しばらくして、みんなが徐々に戻って来た。


俺は帰って来る人たちみんなに、この日の出来事を話したのだ。

更には、社長が電話を掛ける時はボールペンのケツを使っていることも暴露したのだった。


その日からしばらくの間、トーケン社内ではS水社長の指の太さの話しで持ちきりになった。

そして、みんなもS水社長の電話を掛ける所を覗きに行ったのだった。

S水社長はみんなの見世物となったのであった。


こうしてS水社長の指は、トーケン社内での『伝説』となったのであった。


(つづく)

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