« 俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (12) | トップページ | 自己実現塾 1 ~11月期~ »

2019年12月 2日 (月)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (13) <最終回>

(13)天啓

俺たち3人は店を出た。

俺は、F先生とK池に変な店を選んでしまって悪かったと謝った。

そして、次の店を探した。


少し先に黄色い『ビヤホールライオン』の文字が目に入った。

3人とも今の店に懲りて、大手のライオンなら問題ないだろうと意見が一致した。

俺たちは『ライオン』で21:30過ぎまで過ごした。

21:45頃、俺たちは再会を約束して池袋駅で別れた。


その後俺は、JRの湘南新宿ラインで帰路についた。

自宅には23:30頃に帰宅した。

朝が早かった俺は、帰宅してから風呂にも入らず、そのまま直ぐ床に就いた。


一度途中でトイレに起きたが、実際に起きたのは11時頃だった。

トイレに入り、歯磨きと洗顔を終えた俺が、この日最初にしたのは前日に引いた『おみくじ』の内容確認だった。

三峯神社では、『道』の文字と、『運勢大吉』の文字しか目にしていなかったからだ。


書かれている内容を読んで、俺の心は更に震えた。


◆◆◆◆◆
第四十七番
◆◆◆◆◆



我が道を進みなさい

理想を忘れず必死に夢を追い求めなさい


道とは

思いたったその日から

目の前に広がるありとあらゆる可能性のことである


運勢大吉

○願望  必ず叶うでしょう  信じて真面目に過ごしなさい

○仕事  大きな仕事が舞い込む  準備を怠るな

○恋愛  気持ちの切り替えが大事  ここで離れるも良い決断でしょう

○健康  油断すると長引く  医者としっかり相談せよ

○学業  直ちに結果は出ないが  努力を続けよ

○金運  商売うまくいく  仲間に相談してさらに飛躍

○旅行  北方向への旅立ち見合わせよ

○出産  良い出産です  母子ともに順調です


俺は、このおみくじの最初の一行、それだけで十分だった。

この言葉は、俺にとっては正に『天啓』だった。


俺にとって『道』とは、どの道を選ぶのかではなく、自分が選んだ道をどう生きるのかが重要なことだと思って生きて来た。

それは、自分の選択が間違っていなかった、これでよかったのだと思える生き方を如何にしていくかということだと考えて来たのだ。


俺は何度も失敗し、何度も挫折を味わって来た。

途中で自暴自棄になった時期も多くあった。


しかし、今となっては、それらは全て今の自分の為に必要な経験だったのだと思えている。

そして、自分の生きて来た道を小説風に書くことをして来て、書けば書くほど、『これで良かったのだ』という気持ちが溢れて来るのだった。

出来事の事実は変えられないが、俺の出来事に対する捉え方は自由に変えられることを、身を持って日々感じているのだ。


俺は、きっと、この過去の自分を小説風に書くということは、俺の過去の全てに対し、『これで良かったのだ』と感じ直す為だと思い始めているのだ。

一切の後悔を雲散霧消させる為に必要なことなのだと。

なぜなら、それこそが俺の人生の目的だからだ。


俺が死の時を迎えた時、人生に一切の後悔も無く、満足感を持って、笑って死んでいけるように、生きること。


この目的を完遂する為には、ただ単に、『終わり良ければ全て良し』ではないのではないかと思い始めているのだ。

仮に終りが最悪の状況でも、『これで良かったのだ』と笑って死んで逝きたい。


その為には、単に総括しての『良かった』ではなく、過去の苦しみや悲しみなど、全てにおいて『これで良かったのだ』と、自分自身が納得する必要があるのではないかと思い始めているのだ。


これまでの俺は、過去を語ってはいても、真の意味で過去を振り返ることをして来なかったように思う。

ただ、前だけを見て、我武者羅に突っ走って来ただけだったように思うのだ。


今の積み重ねで生まれて来るものが、『未来』。

そして、その積み重ねて来たものが、『過去』。

どちらにとっても大切なのが、『今』。


最近の俺は、そんな風に考えるようになって来たのだ。


そんな俺にとっては、三峯神社で引いたおみくじの言葉は、『天啓』以外の何物でもないのであった。

そして、これからの自分の未来に対し、ドキドキワクワクで、何が起きるのか楽しみで仕方のない俺なのであった。


俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻  (完)

« 俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (12) | トップページ | 自己実現塾 1 ~11月期~ »

出来事」カテゴリの記事

俺の道 50代編」カテゴリの記事