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2019年12月29日 (日)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (8)

(8)課題

俺は今回の研修の後、ずっとある光景が脳裡に焼き付き、その主人公であるインストラクターを一週間以上、心の中で責め続けていた。


直接言葉に出した訳ではない。

彼が憎い訳でもない。

最近は良く頑張っていると思っていたのだ。


しかし、何故か心の中で彼を責めてしまう俺がいるのだ。


その出来事は二日目昼食前のトレーナー研修の中でのことだった。

あまりにも女々しく、情けなかったのだ。


俺は、その状況を静観した。

以前の俺だったら怒鳴っていたかも知れない。

しかし、今回は言葉にはしなかったのだ。

彼らの成長の為には何も言わずに見守ることだと思い、言いたいのを我慢して静観したのだった。


その後俺がトイレに行くと、後からその彼もトイレに来たのだった。

俺は、彼とのすれ違いざま、「『明日死ぬと思って生きなさい』という言葉を忘れたのか?」と彼に投げかけてトイレを後にし、昼食会場へ向ったのだった。


確か6月か7月の研修で、俺は彼がトレーナー研修の中で、トレーナーに対して話している内容を聴き、俺と似ていると思い、彼に俺の座右の銘の言葉を贈っていたのだ。

だから、その言葉で通じるだろうと思ったのだ。


昼食後、俺がメイン室で研修生全員の状況を観察していると、彼は俺の隣に来たのだった。

彼は笑顔になっていた。

そして、彼が担当の研修生の状況を聞いて来たのだった。


俺は、午前中の試験受けで、彼が担当の研修生の試験を受けていたのだ。

俺は彼に、俺が試験で感じた状況を教えたのだった。

それ以降、俺は自分の試験受けに集中し、彼の事は忘れていたのだ。


しかし、研修を終えてから彼のことを思い出し、心の中でそれを責めてしまっている俺がいるのだ。

自分でもそれが何故なのかがわからないのだ。

何故過ぎ去った、自分には関係の無いそんなことに拘っているのかが分からないのだ。


更には、拘っている原因と思われる自分の感情が何であるのかを観察するのだが、それが分からないのだ。

悲しみなのか、残念なのか、ガッカリなのか、期待を裏切られた様な気持ちなのか・・・。

その他で考えられるのは、嫉妬なのだが、仮に嫉妬だとしたら何に嫉妬しているのかが分からないのだった。


俺は彼の何に拘っているのか・・・。

その拘りには、俺のどういう感情が隠れているのかが分からないのだった。


『怒り』は第二感情であることを知り、その第一感情が何であるのかを探るのだが、今の俺には分からないのだった。


実際、頭の中で彼を責めてはいるのだが、彼を責めている気持ちが、『怒り』によるものなのかも実際の所は分からないのだ。

それとも、どうすべきかに気づいていながら、何も言わずに静観した自分を責める気持ちなのだろうかとも考えたのだ。


あるいは、トレーナー研修に参加している彼らの成長を考えて静観したのだが、それが間違っていたのかとも考えた。


分からないことは考えてもしょうがないと思い、考えることを止めるのだが、しばらくするとまた湧き上がってきてしまうのだった。


もしかしたら、彼に自分の何かを重ね合わせているのかも知れないとも考えたのだが、全く持って分からないのだった。


まぁ、忘れた頃に気づくのかも知れないと思い、一応アウトプットの為に書いてみたのだった・・・。


ただ、彼を見ていて思ったのは、『怒り』の感情以外にも、『悲しみ』や『憐れさ』という感情は、出し始めると増幅していく感情なのかも知れないと思ったのであった。

なぜなら、彼が見せた姿は、『自己憐憫』の姿そのものだったからなのであった。


もしかしたら、『自己憐憫』に関わる何かが、今後の俺の課題なのかも知れないと思わせられたのだった。


(つづく)

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