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2019年12月 5日 (木)

俺の道 ~自立編Ⅰ~ (2)

(2)サンパチ

城を手に入れた俺が次に求めたのは女だった。

俺が選んだ女は、SUZUKIのGT380(通称サンパチ)といった。

5月にバイク雑誌の個人売買で手に入れたのだった。

売主は、三鷹のスペクターの奴だった。


俺は本当は、KAWASAKIのZ400FXが欲しかったのだが、FXは当時一番の人気車種で、高くて俺には手が出せなかったのだ。

FXは発売されたばかりで、新車だと45万位した。

中古でも30万以上した。

俺が手にしたサンパチは12万だった。


購入した時は、濃紺の車体に白の三段シートに集合マフラーの付いただけの地味な奴だった。

俺は、このサンパチを自分の手でドレスアップしたのだ。


地味な濃紺だった車体は、剥離剤で一度全て色を落とした。

そして、小さなへこみは全てパテ埋めし、丹念にペーパーで磨き上げた。

そして、ムラにならないよう、風の無い晴天の日を選んで、綺麗な紫のメタリックに塗り替えた。


集合マフラーは、サイレンサー部分を全て切り落とした。

音がでかくなるよう開口部が広がるように斜めにカットした。

そして、耐熱スプレーで真っ赤に塗装した。


更には、旗棒を付け、風防を逆さにに付けた。

この風防を逆さに付けるのがミソだった。

角刈りにした菅原文太の前髪みたいな感じだった。


ハンドルは歪みやへこみが出ないよう、ハンドルのパイプの中に砂を詰めて、ゆっくり絞った。

アップハンドルの根元を直角になるまで絞り、更にグリップが前輪に対して並行になるように捩じりも加えた。


そして、仕上げはオイルをカストロにした。

カストロの香りは、シャネルの5番みたいなものだ。

カストロの香りが最後の締めなのだった。


逆さに付けた風防と幅25cm程度しかない絞りハンドルとの相性は抜群で、めっちゃマブかった。


この絞りハンドルの絞りと捩じり具合がミソなのだった。

通常ハンドルは前輪に対して十字の形で位置し、ハの字になり車体幅の中で一番広くなるのだが、俺の絞りハンドルは、タンクの幅とほとんど同じだった。

そして、グリップ位置を腹の前まで下げたものが、俺のスタイルだった。


すると、後ろから見るとその姿は、ハンドルが無いように見えるのだ。

それが俺の拘りだった。


そして紫メタリックの車体に短く真っ赤な直管はめちゃくちゃ映えて、俺のサンパチのシンボルだった。


いじらなかったのは、白の三段シートだけだ。

当時三段シートは、まだ少くて珍しかった。


ここまで完全な族仕様の単車に乗っている奴は、花小金井には誰もいなかった。


俺が付けなかったのは、3連とか6連のホーンだけだった。

ホーンは俺のセンスではなかった。

見た目が下品で好きではなかったのだ。


ほとんどの奴は、まず車体の塗装をしていなかった。

そして、集合マフラーを付けていても、普段はサイレンサーを装着したり、サイレンサー代わりに空き缶を入れたりして音を小さくし、集会の時にだけ外して爆音にしていたのだ。

学生は、普段はノーマルマフラーを付け、集会前に集合管に付け替えたりしていた。


三段シートの奴は一人もいなかった。

常時直管なのは俺だけだった。


その後の俺は、狂ったように走り回った。

毎朝出勤前には、ノーヘルで爆音を轟かせて駅前を旋回してから出勤していた。

そして、仕事が終わり、銭湯に行った後は、毎晩ほぼ同じ時間に同じコースを走っていた。


俺は、サンパチの音が大好きだった。


当時人気があったFXや4Fourは、4サイクルでフォーーーーーン!という綺麗な伸びのある音だったが、サンパチは2サイクルでバリバリとカミナリの様な音だったのだ。

俺のサンパチは花小金井では一番音がでかくてうるさかった。

半径1km以上には轟いていた。

花小金井一というのは、三多摩一と言っても過言ではなかったのではないかと思う。


面白いのは、サンパチは音だけが速く、実際には遅い単車だったことだ。

遥彼方から音だけは聞こえて来るのだが、本体はなかなか現れないという感じだ。

俺のサンパチは、最高速度で160kmが限界だった。

同じ2サイクルのKAWASAKIのKHやYAMAHAのRDは180Km以上出たのだった。


2サイクルは、出足の加速は良いのだが伸びが無いのだ。

4サイクルは逆で、出足はイマイチでも伸びが良いのだった。


あまりに毎晩、同じ時間に同じコースを走るからなのか、ある夜、道路で住民にロープを張られて待ち伏せされたことがあった。

片側一車線の道路にロープが横たえられ、道路の両側にロープを握った二人の男が立っていたのだ。

俺は空吹かしをしながらゆっくり走っていたことでロープに気づいたのだ。

スピードを出していたら気づかずに相当やばいことになっていたと思う。


俺は、わざと近くまで近づき、二人を交互に睨みつけ、思いっきり空吹かしをして、相手をおちょくってからUターンしたのだった。


また、近所に住んでいた族の先輩から俺はいきなり呼び出されたこともあった。

その時、言われたのだ。


「お前、うるさ過ぎる!」

「走るのは良いけど、うちの前だけは音消せ!」


その先輩は当時、『BODY SHOP 003』という、改造車の板金工場をやっている人だった。

俺はその先輩との特別な交流はなかったが、当時の『ヤングオート』というカー雑誌の改造車コーナーで、『BODY SHOP 003』で綺麗に仕上げられた車が何台も掲載されていて、憧れのような先輩だった。


その先輩は、パールピンクのフェアレディ240ZGに乗っていた。


オーバーフェンダーと三分割のリアフェンダーは綺麗にパテ埋めされ、極太のCR88を履いたシャコタンで、派手ではない淡いピンクで、夜になると真っ白に見えるZだった。

めちゃくちゃマブかったのだ。


そして、淡い藤色のパールバイオレットのローレル。

このローレルも、240Zのオーバーフェンダーを綺麗にパテ埋めし、極太のCR88を履いたシャコタンの後ろ姿はセクシーで絶品だった。

後ろ姿だけで言ったら、俺はローレルの方が好きだった。


この2台は、別格だった。

最上級の女みたいなものだった。

派手ではなく、エレガントでありながらセクシーだった。

俺の憧れだった。


後日、この2台がヤングオートの特集の見開きで掲載された時は、あまりの美しさに度肝を抜かれた。


当時、チバラギの竹ヤリマフラーで、ただの派手なデコトラ風の改造車が持て囃されていたが、俺からすると単なる場末のキャバスケみたいなものだった。

そんなエレガントさもセクシーさも無い、唯の下品なだけの改造車とは違ったものを、その先輩は自らの手で創り出していたのだ。

そのセンスの良さには、頭が下がる思いだった。


その先輩から俺は注意されたのだ。

そして、この時、俺の車の目標は、『フェアレディ240ZG』になったのだった。


それからの俺は、先輩の家の前だけはエンジンを切って惰性で通過するようにしたのだ。

俺のサンパチはそれほどうるさい単車だったのだ。


今でも俺の手元には、サンパチの音を録音したカセットテープと、先輩の代の時に録音&編集された集会テープがある。

集会テープの方は、集会時のバイクの音のバックに永ちゃんの『黒く塗りつぶせ』が流れ、時々警察無線も流れるという編集されたテープだった。

誰が持ち込んだのかは分らないが、誰かが持って来て忘れて行ったものだ。

そして、俺のサンパチの音を録音したカセットテープのタイトルには、こう書かれている。


『俺の愛するサンパチ』


当時の俺が一番愛したものなのだった。


(つづく)

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