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2020年1月10日 (金)

自己実現塾 2 ~12月期~ (4)

(4)自己受容の真の意味

私がこの『自己実現塾』を受講した動機は、『私とご縁があってこれまでに付き合って来てくれている方々や、これから出会って行く方々に、「共感や受容」という形で、何かを与えられる自分になって行きたい』という想いが原点です。


そして、その目的は、私がこれまでの経験や体験の中で気づいて来たことを、自分の感覚として捉えているだけではなく、もっと論理的に自分自身が理解し、きちんと自分の言葉で伝えられるようになることなのです。


その為には、言葉を知り、表現方法の幅を広げることだと思ったのです。


私は、自己実現塾コミュニティフォーラム内の『晴太老の部屋』へ、12月27日に年末最後の投稿をしました。

そして、その中で、『自己受容の真の意味、みたいなものに気づき始めたこと』を書きました。


私は、ブログを始め、そして自分の過去を小説風に書くことで、子どもの頃の自分の感情というものに初めて気づきました。


しかし、大人になってからの自分をよくよく振り返って考えてみると、その場その場における『自分の感情』というものは、発散はしてきていても、日常の忙しさや慌ただしさに流され、きちんと感じたり、向き合ったりはして来なかったように思うのです。


ある意味、感じるべき感情をきちんと感じないまま過ぎ去って来たように思うのです。

単純に嬉しがったり、楽しがったり、悔しがったり、怒ったりなどはして、表層的には感じてはいても、本質的な感情に関しては、ほとんどが我慢したり、耐えたりして来ていたのではないかと思ったのです。


そう考えた時、人は、そもそも自分の感情を理解しているのだろうか?という疑問が湧きあがって来たのです。


そして、人は、なぜ他者に解って貰いたいと思うのだろうか?

自分の気持ち、感情とは、一体何なのだろうか?

人は、なぜ気持ちを解って貰いたいのに、出来事ばかり話すのだろうか?


私は、ずっとそんなことを考え続けて来ていたところがあったのです。

そして、ふと、思ったのです。


もしかして、一番解っていなければいけない自分自身が、実は一番解っていないのではないか?

それは、自分の感覚では捉えていても、言葉にして理解していないということなのではないだろうか?

言葉で理解出来ていないから、言葉で伝えられないのではないか?


他者に解って欲しい気持ちとか感情は、どちらかというとネガティブな感情なのではないか?

辛い、悔しい、悲しい、寂しい、侘しい、虚しい、残念、がっかり、惨め、恥ずかしさ、照れくささ、情けなさ、無力感、孤独感、罪悪感、嫌悪感、挫折感、劣等感、不満、屈辱、後悔、恨み、憎しみ、嫉妬、軽蔑、恐怖、不安、苛立ち、憂鬱などなど。


そして、ある出来事で自分が傷ついたことは解っていても、どのように傷ついているのか、どのくらい傷ついているのかは、感覚的には解っていても、実際の所は解っていないのではないだろうか?

だから、他者に解って欲しいと思うのではないだろうか?

解って欲しいという思いは、教えて欲しいという想いでもあるのではないだろうか?


特に、その傷の大きさや深さなどのサイズ感が自分では解らずに、解って欲しいと思うのではないだろうか?

自分では感覚的には解っていても、言葉で解っていないから、それを知りたくて、教えて欲しくて、だから解って欲しいと思うのではないだろうか?


もし、自分の感情をきちんと自分の言葉で理解し、言葉で表現出来たとしたら、逆に他者に解って貰う必要は少なくなるのではないだろうか?


自分にとって一番身近な存在である自分自身が、自分の味方として理解してあげることなのではないだろうか?


要は、自分の感情を感覚だけでは無く、自分自身が言葉で理解し、言葉で表現出来るようになることが自己受容の本質なのではないだろうか?


自分自身の感情をきちんと言葉で理解し、言葉で表現出来れば、他者の気持ちも言葉で理解し受け止められ、それを言葉で教え、気づかせてあげることも出来るのではないだろうか?


それが、『自己受容出来るようになれば、他者受容も出来るようになる』ということなのではないだろうか?


自己受容とは、自分の感情を一旦抑圧し、自分の中でしっかりとその感情を自分の言葉で理解すること。

自分の言葉で理解するということは、自分自身を抱きしめるような感じなのではないだろうか?

そして、自分の感情を理性的に自分の言葉できちんと伝えられるようになること。


それが、精神的に『大人になる』ということなのではないだろうか?

それこそが、『自我の確立』ということなのではないだろうか?


不思議な感覚の母の夢を見て、私は年末の最後にそんなことを考えていたのでした。


自己実現塾 2 ~12月期~  (了)

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