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2020年1月30日 (木)

俺の道 ~自立編Ⅰ~ (23)

(23)潮留

その翌日の午前中、俺は原チャリのパッソルにノーマルマフラーを取り付けた。

俺のパッソルは、直管とはいえ、マフラーをカットしたものではなく、単にマフラーを外しただけだったのだ。

エキゾーストパイプさえも付いてなかったのだ。


だから、めちゃくちゃうるさく、オイルも飛び散りっぱなしだった。

それなのに何故かスピードは1割位アップしたのだった。

マフラーを付けること自体は直ぐに終わった。


その日の14時前、俺は早目にY本さんちに向った。

静かな普通のバイクに乗るのは久しぶりだった。

更には、昼間の白バイがいる時間帯に堂々と走るのも久し振りだった。


Y本さんちには、予定より早く14:30前に到着した。

Y本さんちは2階建てアパートの1階だった。

そして、弟さんとの二人暮らしだった。


俺は部屋の中に通され、簡単な飯をご馳走になった。

俺は昼飯は食っていたのだが、これから翌朝の6時頃まで長くなるからしっかり食っておくようにと言われたのだった。


飯を食い終えた俺を連れて、俺たちはトラックの駐車場に向った。

弟さんが先にセンター席に乗り、俺が助手席に乗せられた。

そして、予定より少し早い15時前に出発したのだった。


走りながら弟さんが、行き先は潮留だと教えられた。

俺は潮留が何処か知らなかった。


この頃の俺は、集会でたまに行ったり、アンパンを買いに行っていた新宿と、以前住んでいた保谷から行った池袋しか都会は知らなかったのだ。

それも数えるほどしか行ったことがなかった。

当時の俺にとっては、新宿と池袋が大都会で、都会は吉祥寺だったのだ。


俺たちを乗せたトラックは、甲州街道を新宿に向って走った。

そして、首都高速の高井戸ICに向った。


高井戸IC入口の渋滞表示は2Kmだった。

Y本さんは、迷い無く首都高速に乗ったのだった。

そして、教えられたのだ。


渋滞表示が3Km以内なら、首都高に乗った方が速いと。

5Km以上の時は、乗ったらダメだと。

5Km以上の時は、下道の方が速いと。


問題は4Kmの時だと。

4Kmの時は、それまで走って来た時の交通量を考えてのカンだと。


到着目標は16時だった。

その日は16時に余裕で間に合った。

潮留の貨物駅構内は、東小金井より遥に広かった。

到着すると、俺はY本さんに連れられ貨物駅の日通の事務所に連れて行かれた。


その日は俺たちが一番乗りだった。

Y本さんは、これから入って来る貨物の配送先の伝票に目を通していた。

そして、神奈川の金港市場をまずは選んだのだった。


少しすると続々と他の運転手たちが集まって来た。

配送先を選ぶのは早いもの順だった。


俺はY本さんに教えられた。

全て距離と運賃が違うから、最初に割の良いものを選ばないと、その後が苦しくなると。

だから、遅刻は厳禁だったのだ。


Y本さんの選んだ金港市場は、距離が近い割に運賃が高く、更には荷下ろしの手伝いが沢山いて仕事が早く済むと教えられたのだ。

そして、金港市場が取れる時は真っ先に取るようにと教えられたのだった。


貨物はまだ来ていなかった。

貨物が来るまでは休憩だった。


17時になると貨物が入って来た。

まずは、伝票番号の貨物を探すことだった。

俺と弟さんは、徐行で走っている貨物を二人で走りながら自分たちの貨物を探した。


貨物は、車両に書かれている貨物番号で探すのだった。

後ろから、Y本さんが運転するトラックがある程度の距離を空けて徐行で付いて来ていた。

そして、貨物を発見して伝票と貨物の扉に付いている積荷の内容書きを確認し、積み荷に間違いないかを確認した。


弟さんが停車した貨物の扉を開け、合図を送ると、Y本さんは直ぐにトラックを横着けにしたのだった。

横着けの仕方は、運転席側を貨物側に付け、トラックのケツが扉の端に合わせる形だった。


この時、貨物に付けるのは出来る限り運転席側にするように教えられたのだった。

運転席側だと積んだ後そのまま出口に向えるが、逆だと遠回りしないといけないことを教えられたのだった。


そして、このトラックの横付けも早い者勝ちだと教えられた。

貨物の長さよりトラックの方が約1.5倍長いのだ。

先に横付けされ、自分たちの荷が下ろせなくなった場合は、先に着けたトラックが終わるまで待たないといけないのだ。

その分時間ロスになることを教えられたのだった。


ここでのルールは常に早い者勝ちだった。


俺は横着けしたトラックの荷台に上がった。

これから始まる新しい仕事に俺はワクワクした。

積み荷の貨物からの下ろし方は、弟さんが丁寧に教えてくれた。


貨物の中には、15kg入りのみかん箱が7段積みで936個積まれていた。


その7段で積まれている936個のみかん箱を、トラックには6段で6列で36個。

これを最前列からケツまで26列に積み替えるのだった。


やり方は、トラックの方にまず2段積みの足場を作り、その上に4段乗せるのだった。

まず俺は、足場作りをやらされた。


まず、最初の1列の7個で3個半の足場を作った。

すると弟さんは、7段積みの上4個を腰の高さから持ち、走って最前列まで行き2段の足の上に乗せたのだった。


俺は、下3段の内、上の2段を持って足場を作った。

弟さんは次の列の上4段を持って、また走った。


俺が最下段の1個に手を伸ばすと、それは持たず、次の3段の上2段を持っていくように言われたのだった。


すると、今度はY本さんが残った最下段の2個を左右の手の中指に1個ずつぶら下げる形で持って走ったのだった。

俺は、驚いた。

そういう持ち方があるのかと。


その一連のやり方を見た後、俺は4段持ちにチャレンジした。

重さ的には、60kgなら全然問題ないと思った。

しかし、甘かった。


重さは問題ないのだが、4段目の一番上は自分の頭の上に出て、走ろうとすると頭の上から後ろに落としてしまったのだった。

Yさん兄弟は思った通りという顔だった。


そして、最下段の中指にぶら下げる持ち方にも挑戦した。

しかし、これは丸っきりダメだった。


人差し指と中指の2本なら持てるのだが、中指1本で15kgを持つことは出来なかったのだ。

俺はめちゃくちゃ悔しかった。


Y本さん兄弟からは、その内出来るようになると励まされた。

そして、この日の俺の役割は、弟さんが上の4段を取った後の下2段分となった。

そして、Y本さんが最下段分となった。


開始から1時間程度で全て積み終わった。

そして、トラックを移動して貨物から離し、ロープで固定してシートを掛けるのだった。


更にその時、俺は弟さんから、最上段の1箱から1個ずつみかんを抜き取ることを教えられたのだ。
1箱から1個でも、直ぐに3~40個になった。


そして、抜く時は、『秀』のLかLLが一番良いと教えられたのだった。

この日の金港市場のものは、『秀』のLLだった。


それが夜間の俺たちの水分補給になるのだった。

この当時は、まだペットボトルなどは無かったのだった。


(つづく)

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