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2020年1月26日 (日)

俺の道 ~阪神・淡路大震災編~ (6)

(6)閃き

2月に入り、俺の苦悩の日は続いていた。

何か手があるはずだ・・・。

俺は考え続けていた。


2月も半ばになり、考えられるあらゆる手を尽くしたのだが、何とかなる兆しは全く見えて来なかった。

俺は半ば諦めかけ、顧客30人以上に土下座してでも、何とかするしかないかと考え始めていた。


そんなある日、俺はある閃きを得たのだった。


TP社はC生命保険の孫会社なのだ。

TP社のY部長が一番喜ぶのは、生命保険に入ってあげることなんじゃないのか?


俺は考えた。


ダメ元で、まずは生命保険に入ってやれ。

それも大口で。


中途半端な金額では意味が無いと思った。


それから先は、その後考えよう。

俺はそう決めたのだった。


俺は早速TP社のY部長に連絡して、生命保険に入りたいのだがどうしたら良いかと相談した。

金額を聞かれ、俺は3億と答えたのだった。

内訳は、俺が2億で社員分が1億と。


電話口のY部長は、金額を聞いて驚いた様子だった。

そして、どうするか決めて返答するとのことになったのだった。


翌日Y部長から連絡が来て、C生命保険のナンバー1セールスが担当になると言って来た。

そして、俺の元へ送りこまれて来たのは、東海本部の名古屋から来た40代の女性だった。


C生命保険は、中部地方が本拠地だったのだ。

トヨタ、東海銀行に並ぶ中部地方の企業だった。


俺は会社を受取人として、俺の分で個人としては上限の2億、そして社員分として1億の計3億の契約を即日で結んだのだった。


後は、運を天に任せるだけだった。

俺は待った。


そして、2月28日、Y部長からお礼の連絡が来たのだった。


俺は知らなかったのだが、生命保険会社の2月は、年度末の営業強化月間だったらしい。

その為、俺の話しはY部長からTP社のO社長、O社長からC生命保険の重役、そして営業本部長と、トップダウンで伝わったのだった。


そして、俺を担当した女性セールスは、全国一位になったとのことだった。

更には、営業本部長が東京に来た時に挨拶をしたいから来社して欲しいとのことだったのだ。


そして、それらの保険加入に対する一通りの謝辞が終わった後、Y部長はおもむろに言ったのだった。


「ところで、この前言ってた代官山の物件、あれどうなった?」


遂に来たのだった。

俺はこの言葉を待っていたのだ。


「実は・・・」


俺は、正直に状況を説明した。

そして、Y部長は言ったのだった。


「融資してあげようか?」


俺は、即座に答えた。


「ありがとうございます!」


この後直ぐ、俺はY部長の元へと馳せ参じたのであった。

そして、代官山の購入代金、3,000万円の融資を取り付け、無事難局を逃れたのであった。


後日談になるが、俺の加入した保険額は、C生命保険の社内では、かなりの大口だったらしく、三人分の沖縄旅行のプレゼントがあったのだ。


そして俺は、この旅行券をY部長にプレゼントし、Y部長、O社長、東海本部長の三人が沖縄旅行を楽しんで来たのであった。


(つづく)

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