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2020年1月24日 (金)

俺の道 ~阪神・淡路大震災編~ (4)

(4)絶好調!?

話しは少し横道に逸れるが、俺がゴルフを始めたのは、当時丸ビルに入っていたゴルフショップの社長にマンションを買って貰ったのがきっかけだった。


俺はまだ雇われだった頃、ゴルフをしたことも無いのに、当時の上司であった専務の命令で、200万円の会員権を買わされたのだった。


当時は、今では考えられない様なパワハラが当たり前の世界だったのだ。

買わされた会員権は、当時詐欺事件となった茨城カントリークラブの会員権だった。


そして、当時はまだゴルフをやったこともないのに、今度は会社の住宅ローンの提携先との付き合いで、ゴルファー保険に入らされたのだった。


当時は、まだゴルフは金持ちのやることで、将来自分も出来るようになったら良いなと軽く考えていた程度で、俺はまだやったことはなかったのだった。

そんなゴルフをやったことのない俺が、ゴルフ会員権を買わされ、更にはゴルファー保険にまで入らされたのであった。


俺は、その話しをゴルフショップの社長に多少愚痴っぽく話したのだった。

するとその社長は言ったのだった。


「それじゃあ、あとはクラブを買ってやるしかないだろ」

「俺が教えてやるから」


俺はそう言われ、当時流行っていたプロギアの一番高いフルセットを買わされてしまったのだった。

そして俺は、やむなくゴルフを始めることとなったのだった。


クラブを買わされた俺は、その後その社長が教えてくれるといい、連れて行かれたのは、今はもう無い芝公園の練習場だった。

そして、最初に教えてくれたのは、打ち方ではなく、カッコ良いバッグの担ぎ方だったのだ。


当時、芝公園の練習場は、日中キャバ嬢で一杯だったのだ。

その社長曰く、芝公園の練習場は、キャバ嬢をナンパするのに持って来いの場所だというのだった。

俺はそれ以来、その社長にゴルフを教わることは止めたのだった。


なにはともあれ、俺がゴルフを始めるまでの流れは、普通の人とは全く逆の流れだったのだ。

しかし、思いがけずに無理矢理入らされたゴルファー保険が、この時のホールインワンで活きたのだ。

なんと、ホールインワンで50万の保険金が入って来るのだった。


俺が独立した平成6年の12月は、代官山のマンションの販売契約も2戸とも終え、更にはホールインワンと良いことづくめで幕を閉じたのであった。


しかし、あまりにも年末に迫ってのホールインワンは、何か翌年の運気を使ってしまったような気がして、嫌な予感もしていたのであった。


(つづく)

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