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2020年1月 8日 (水)

自己実現塾 2 ~12月期~ (2)

(2)習慣力を付ければ心の器は育まれるのか

今回の課題図書だった『プロフェッショナルの習慣力』を読んでの私の感想は、特に目新しい内容は感じられず、単にこれまでの自分の行動に対する考え方の確認という感じで、正直物足りなさを感じていました。

ただ、今月の課題は、全体の流れの中の一部だと思い、『心が行動を変え、行動が心を変える』という言葉がある通り、先月は心から入り、今月は行動から入ることを教えて頂いているのだと思っていました。


しかし、正直なところ、私の中では、何か腑に落ちないものがずっと付いてきていました。

そして、それが何なのか、私の中ではそれがある程度分かっていながらも、ハッキリさせることをどこかで避けているようにも感じていました。


12月も下旬になってから、私は何故か野口先生の動画から録音した音声を、風呂に入りながら何度となく聞いていました。

そして、野口先生が動画の最後にまとめで話した言葉。


「心の容器をしっかり作ることが先決ですよ」

「心の容器を作ることが自己受容力を高めることにもなるし、自分づくりにもなりますよ」

「そして、心の容器を作る為には、外的な容器としての生活の中の枠組み、そういったものが大切なんです」


私は、野口先生の言うことが間違いだとは思いませんでした。

しかし、逆説的に、『では、生活の中の枠組みをしっかりさえすれば、必ず外的な容器が作られ、心の容器はしっかりしたものになるのか?』という疑問がハッキリと見えてしまったのです。


そして、その答えは、『ノー』だと思ったのです。

それは、私がこれまでにやって来たことや、両親の行動からも分かることなのでした。


私は独立して直ぐ、事務所に神棚を作り、毎朝手を合わせていました。

そして心の中では、こう願っていたのです。

「私は、私が正しいと思ったことを行っていきます」

「私の行動に間違いが無い時は力を貸して下さい」

「しかし、どんなに私が正しいと思っていても、大きな目から見たら間違っていることもあると思います」

「その時は、事を上手く運ばせないようにして下さい」


また、私の母は、毎日朝昼晩の三回、仏壇に向って『般若心経』を唱えています。

父が亡くなってからは、宗教活動は止めたようでしたが、お祈りだけはずっと続けて来ているのです。

朝起きる時間、起きてからやること、そして食事時間や寝る時間など、全て決まり切った行動をしていて、丸でロボットのようなのです。

人に合わせるということを全くしないのです。


私が離婚後に後悔と自責の念に苛まされていた時、 『般若心経』を唱える声や鐘の音が耳触りで、止めて欲しいと言っても、『貴方のため』という偽善の言葉で止めなかったのです。


私は小学生の中頃位までは、母の事は好きだったのです。

友だちの母親と比べて、私の母親は綺麗だとも思っていました。

しかし、小学生の高学年位から徐々に好きではなくなって行き、気がついた時には大嫌いになっていたのです。

そして、母の干渉から逃れるために、16で高校を中退し家を出たのです。


しかし、27で父が亡くなってから、その後私が経済的に面倒を見るようになりました。

6年前に同居を開始し、母との同居がきっかけで離婚したのです。


私は、心の中では何度も早く死んで欲しい、早く私の目の前からいなくなって欲しいと思って来ているのです。

母は、私自身の嫌なところや大嫌いな自分の象徴のような存在なのです。


一昨年の気づきで、全ての人を許せる気持ちが持て、自殺した父のことも許す事が出来、父の愛を感じることも出来たのに、唯一母だけは、頭では許せても、感情的には許せていない自分がいるのです。


理性的には、感謝もし、許せてもいるはずなのに何故なのか・・・。

私の中での最大の壁であり、闇みたいなものなのです。

私は、この問題を解決する為に、なぜ私がそこまで母の事を嫌悪するのかが自分でも解らず、『退行催眠』みたいなものを受けてみることを考えたこともありました。


そういう母を常に見ているせいなのか、野口先生が教える『習慣』を作れば、『心の器が強くなる』という考え方に疑問が生じていたのです。


しかし反面、私も研修の中では、『考え方ややり方』を変えるためには、それが無意識で出来るようになるまでやり続けなければいけない、習慣化するまでやり続けることが大切なのだと話し、その覚悟を『心構え』として確認しているのです。


そう考えた時、大切なのは、『習慣を作れば、心の器が強くなる』ということではなく、『習慣を作る』、あるいは、『生活の中の枠組みをしっかり作る』のは、何故なのか?という、明確な目的意識が無いといけないのではないかと思ったのです。

そして、『心の器を育む』こと、『心の器を強くする』ことは、目標ではあっても、目的ではないと思ったのです。


あくまでも目的は、『自我の確立』であり、『自己実現』なのです。


他の受講生のみなさんが、そこのところをどの様に捉えられているのかは、私にはわかりません。

しかし、私の中で腑に落ちなかった部分は、目標が目的化しているように感じていたところだったと気づいたことでした。


そして、この『目標の目的化』こそが、人を『幸せ』から遠ざけてしまう原因なのではないのか?

私自身の過去を振り返った時、そう感じずにはいられないのでした。


(つづく)

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