剣道

2019年12月15日 (日)

俺の道 ~アラカン編~ 自己実現塾『晴太老の部屋』の巻 (5)

(5)進化の瞬間

俺は、夏目雅子が好きだった理由の原点を思い出した。

それが、『西遊記』の三蔵法師だったとは・・・。

とんだ記憶違いだった。


それに気づいた俺は、一旦そこで思考停止させたのだった。

既にその日の剣道の稽古に行く時間が迫っていたのだった。

俺は、晩飯の支度を終えて、稽古に向った。


この日館長は、先週からヨーロッパ三カ国の指導の為の海外遠征中で留守だった。

すると、稽古開始前に館長に代わり、七段教士で一番年配のK先生がみんなに集合を掛けたのだった。

そして、突然発表したのだ。


「先週の11月28日と29日に行われた全国八段審査会で、当道場のO先生が見事合格されました!」


まさに突然の発表だった。

その場にいた全員が感嘆の声を上げて拍手した。


そして、続けて、言われたのだった。


「今回の審査会では、初日1,000人の内合格者3名、二日目1,000名の内合格者4名で、合格率は初日0.3%、二日目0.4%でした」

「O先生は、二日目の4人の合格者の内の一人です」

「神奈川県の合格者は、O先生一人だけでした」


みんな更に続けて感嘆の声を上げ、大きな拍手を送ったのだった。

O先生は、私が入門してからは、館長以下3人目の八段合格者だった。


O先生はこれまで、七段の中では一番下座に位置していたのだが、この日の稽古では、館長が不在だったために一番の上座になったのだった。


そして、稽古が始まり、俺はいつも通り六段のY先生に基本稽古をお願いした。

基本稽古を終えた俺は息を整えるべく、道場の隅から何気なくO先生の姿を見ていた。

丁度蹲踞から立ちあがった所だった。


すると、これまでは感じていなかったものをO先生から感じたのだった。


ずっと以前から俺が思っている八段の先生と七段の先生の圧倒的な違い。

『構え』

構えた時の立ち姿の美しさ。


全く力みが無いのに一本筋が通っているように見える構え。

その姿は、俺には、天上界から見えない光の糸で吊られているように見えるのだ。

何か神々しさの様な美しさを感じるのだ。

それが、八段としてのオーラなのだろうと思うのだ。


それは、蹲踞から立ちあがった時だけではなかった。

打ち合いの中でも相手との間合いを取った瞬間に見える構えの中でも同じだった。

俺は思った。


『すごい・・・』


この日見たO先生は、前週までのO先生の構えとは全く違って見えたのだった。

俺にはそう見えたのだ。


それは、蛹から脱皮して蝶になった瞬間を見た様な思いだったのだ。

すると、ある思いが浮かんで来たのだった。


「きっと、合格したことで一切の迷いが無くなったのだろうな・・・」

「それが確信となり、格となって表れているのだろうな・・・」


これまでの俺は、八段の先生方が共通して持っている七段の先生との違いを感じることは出来ても、それが一体何であるのかが分からなかった。

しかし、それが少しだけ分かったような気がしたのだ。


昨年八段に昇段したK先生の時は、昇段の前後、しばらくK先生は稽古に来られていなかったからその違いに気づけなかったのだ。

八段になってから稽古に来られるようになった時には、既に館長と同じオーラを放っていたのだ。


しかし、今回のO先生は、昇段審査日前日の稽古を見ていたのだ。

だから、気づけたのだと思う。

その違いに。


O先生は、その日の稽古の最後に穏かな表情でお礼を述べられ、68歳だと言われた。

七段での修業期間が、20年だったのか30年だったのか、何年だったのかは分からない。

しかし、やはり壁を越えた時、人は変わるのだと思ったのであった。


越えたから変わったのか、変わったから越えられたのか・・・。

本当のところは、俺にはまだ分からないのだが・・・。


俺は、自分の感覚で得た気づきを、もしかしたら剣道女子だったというPさんなら分かって貰えるかも知れないと思い、『気骨ある人生』という言葉のお礼に、剣道での気づきをコメントしたのであった。


(つづく)

2019年9月 1日 (日)

逃れの道 (2)

(2)剣道を始めた理由

1年ほど前だったと思うのですが、同じ道場で稽古をし、区剣道連盟の役員もやられている女性剣士のH先生から、稽古の後、突然剣道を始めた理由を聞かれたのです。


この時は、正直焦りました。


その方とは、稽古の時の挨拶程度しか話したことは無く、竹刀を合わせたことも無く、どこまで本当のことを話していいものか、一瞬迷ったのです。


そして、私は無難な答えとして、「小学生時代に少しやっていたことがあったので・・・」と答えたのです。


しかし、内心では、正に1本取られた感じでした・・・。


私が剣道を始めた理由の一つには、『小学生時代に少しやっていたことがある』ということはもちろんあるのですが、真の理由は別の所にあったのです。


私が、T道場に入門したのは、2013年11月下旬です。


私は、その少し前の9月に2度目の離婚をし、10月に妻子が家を出て行き、寂しさを知り始めた時期だったのです。


そして、11月下旬の金曜の夜、以前東京で不動産会社をやっていた時に大変お世話になっていた司法書士のT先生の住まいがたまたま私と同じで、私を慰めようと駅前の居酒屋で一杯やってくれたのでした。


その帰り道のことだったのです。

T先生と別れた後、私が駅前のバス停に向った所、何やら奇声が聞こえてきたのです。


私は不思議に思い、その奇声の聞こえる方へ歩いて行ってみると、何とT道場で大人の人たちが剣道の稽古をしていたのです。


私は元々東京生まれの東京育ちです。

私がこの地に来たのは2004年3月、40歳の時です。

そして、30代の頃は不動産会社を港区白金台でやっていて、自宅も歩いてすぐの所でした。


当時、白金台で不動産会社をやっていた頃、確かマンガの『六三四の剣』を読んでだと思うのですが、もう一度剣道をやりたいと思い、道場を探したことがあったのです。


しかし、その時は近くに大人が稽古出来る道場が無く、勝手に大人が稽古出来る場所はあまりないものなんだと思い込んでいたのです。


ですから、T道場も表に、『少年少女剣士の募集』が掲載されていても、大人の募集は書かれていなかったので、子どもだけの道場だと思い込んでいたのです。


それがその夜、大人たちが稽古しているのを偶然発見し、この地に10年近く住んでいて、初めてその存在を知ったのでした。


そして、『剣道をもう一度やりたい!』という衝動にかられたのです。


しかし、その時は酔っていましたので尋ねることはせず、週明けの月曜日に改めて訪問することにしたのでした。


月曜日の夕方、T道場を訪問すると館長のT先生がおられ、入門について色々と教えてくれました。


そして、T先生は早生まれで、学年としては1学年上ですが、私と同じ昭和39年生まれであることを知りました。


そして丁度その時期、T先生は八段(剣道では最上位)に合格された直後だったのです。


私は、話を聞けば聞くほど、自分の年齢的なことから身体が動くかどうかや、継続出来るかどうかと不安が募って来たのです。


しかし内心では、息子と別れたことからの寂しさから逃れるためには、何かやるしかないと思っていたのです。


そして、T先生はゆっくり考えてからでも良いと言ってくれたのですが、私は考えれば考えるほど不安が募ると思い、その場で入門を決めたのです。


そうです。

私が剣道を始めた真の理由とは、『寂しさから逃れるため』だったのです。


特に私が研修に参加するまでの1年間は、剣道に巡り会わなかったらどうなっていたかと思います。


剣道は毎週月曜日と水曜日の20時~21時の2回なのですが、剣道をしている時だけは、息子のことを考えずに済んだのです。


当時の私は、夜になるとどうしようもない寂しさに襲われていたのです。


しかし、1度稽古に出ると、翌日までは精神的に大丈夫な状況でした。


ですから、月曜日の夜から木曜日の夜までは剣道のお陰で大丈夫だったのです。


しかし、金曜日の夜から日曜日の夜までの三夜を乗り切るのは正直大変でした。


そこの所は、また別の機会にします。


しかし私は、剣道と再会し、本当に救われました。

そして、ただ寂しさから逃れるために始めた剣道ですが、今では生きている限り、身体の動く限り、続けていきたいと思っています。


生涯に何段までいけるのかは分かりません。


ただ、私の目指す剣道は、『美しい剣道』です。


剣道を初めて6年足らずの私のような者が、剣道を語るのはおこがましいことですが、私が見ていて感じる、八段の先生方と七段の先生方の決定的な違いがあるのです。


それは、竹刀を構えた時の『立ち姿』の美しさなのです。


私の通うT道場には、館長のT先生の他、時々二人の八段の先生が来られます。


この三人の八段の先生方に共通していると私が感じる所は、構えた時の『立ち姿』の美しさなのです。


全く力みが無いのに、一本筋が通っているように見える構え。


その姿は、私には、天上界から見えない光の糸で吊られているように見えるのです。


私もそのような『美しい構え』に少しでも近づきたいと思っているのです。


剣道にも沢山の良い言葉があります。


『打って反省、打たれて感謝』

私の大好きな言葉です。


『逃れの道』 (了)

2019年8月30日 (金)

逃れの道 (1)

(1)リバ剣

私は、約6年前(49歳)の2013年12月から剣道を始めました。


始めたとはいえ、全くの未経験だった訳ではなく、小学生時代に3年ほどやっていたことがあるのです。


私も少し前のTVのニュースか何かで知ったのですが、私のように子どもの頃や学生時代に剣道をやっていて、しばらく剣道から遠ざかっていた人が再開することを、『リバイバル剣道』といい、略して『リバ剣』というようです。


私の場合、40年近く一度も竹刀を握ることなく剣道から離れていましたので、入門を決めた時は、年齢による体力的な不安や、継続への不安から、躊躇する気持ちもありました。


しかし、あることから逃れるためには、何かをせずにはいられなく、『ダメ元精神』で飛び込んだのです。


その後これまで、一応昇段審査には落ちることなく、何とか3段まで来たところです。


私が入門したT道場では、最初の2~3年は、私の様な初心者の入門者は皆無で、私がずっと末席でした。


入門してから知ったことですが、道場の上座に座る先生方は6段以上の方で、下座には5段以下が段位順に座ります。


当時は5段以下の人数も、現在の半分以下だったと思います。


通常、稽古が終わった後、上座に6段以上の先生方が座り、下座に5段以下が段位順に座り、5段以下の筆頭が、先生方が面を外し終えた後、「面取れ!」、「姿勢を正して黙想!」、「先生方に礼!」、「神前に礼!」と、挨拶の号令を行うのですが、なんと、6段以上の先生ばかりが10人程の中、5段以下が私一人で、その号令を私が行い、その号令に私が従うという奇妙なことが、一度だけですがあったほどなのです。


それが、ここ2~3年は全く初めてという方や、正に学生時代にやっていた『リバ剣』の方、更には海外の方など、急に人数が倍増し、剣道人気の原因が何なのか不思議に思ったりしています。


ただ、私の場合、他のリバ剣の方や初心者で入門されて来た方々とは、剣道を始めた動機が全く違うのではないかと思っているのです。


剣道の段審査は、『実技』、『筆記』、『形』と三種類の試験があり、初段の筆記試験の問題が、


1.剣道を始めた理由

2.三つの間合について


というものでした。


その筆記試験の回答には、私は正直にその動機を記載したのです。


しかし、以前ある先生にその動機を問われた時、私は正直に答えられなかったのです・・・。


(つづく)