出来事

2019年12月 2日 (月)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (13) <最終回>

(13)天啓

俺たち3人は店を出た。

俺は、F先生とK池に変な店を選んでしまって悪かったと謝った。

そして、次の店を探した。


少し先に黄色い『ビヤホールライオン』の文字が目に入った。

3人とも今の店に懲りて、大手のライオンなら問題ないだろうと意見が一致した。

俺たちは『ライオン』で21:30過ぎまで過ごした。

21:45頃、俺たちは再会を約束して池袋駅で別れた。


その後俺は、JRの湘南新宿ラインで帰路についた。

自宅には23:30頃に帰宅した。

朝が早かった俺は、帰宅してから風呂にも入らず、そのまま直ぐ床に就いた。


一度途中でトイレに起きたが、実際に起きたのは11時頃だった。

トイレに入り、歯磨きと洗顔を終えた俺が、この日最初にしたのは前日に引いた『おみくじ』の内容確認だった。

三峯神社では、『道』の文字と、『運勢大吉』の文字しか目にしていなかったからだ。


書かれている内容を読んで、俺の心は更に震えた。


◆◆◆◆◆
第四十七番
◆◆◆◆◆



我が道を進みなさい

理想を忘れず必死に夢を追い求めなさい


道とは

思いたったその日から

目の前に広がるありとあらゆる可能性のことである


運勢大吉

○願望  必ず叶うでしょう  信じて真面目に過ごしなさい

○仕事  大きな仕事が舞い込む  準備を怠るな

○恋愛  気持ちの切り替えが大事  ここで離れるも良い決断でしょう

○健康  油断すると長引く  医者としっかり相談せよ

○学業  直ちに結果は出ないが  努力を続けよ

○金運  商売うまくいく  仲間に相談してさらに飛躍

○旅行  北方向への旅立ち見合わせよ

○出産  良い出産です  母子ともに順調です


俺は、このおみくじの最初の一行、それだけで十分だった。

この言葉は、俺にとっては正に『天啓』だった。


俺にとって『道』とは、どの道を選ぶのかではなく、自分が選んだ道をどう生きるのかが重要なことだと思って生きて来た。

それは、自分の選択が間違っていなかった、これでよかったのだと思える生き方を如何にしていくかということだと考えて来たのだ。


俺は何度も失敗し、何度も挫折を味わって来た。

途中で自暴自棄になった時期も多くあった。


しかし、今となっては、それらは全て今の自分の為に必要な経験だったのだと思えている。

そして、自分の生きて来た道を小説風に書くことをして来て、書けば書くほど、『これで良かったのだ』という気持ちが溢れて来るのだった。

出来事の事実は変えられないが、俺の出来事に対する捉え方は自由に変えられることを、身を持って日々感じているのだ。


俺は、きっと、この過去の自分を小説風に書くということは、俺の過去の全てに対し、『これで良かったのだ』と感じ直す為だと思い始めているのだ。

一切の後悔を雲散霧消させる為に必要なことなのだと。

なぜなら、それこそが俺の人生の目的だからだ。


俺が死の時を迎えた時、人生に一切の後悔も無く、満足感を持って、笑って死んでいけるように、生きること。


この目的を完遂する為には、ただ単に、『終わり良ければ全て良し』ではないのではないかと思い始めているのだ。

仮に終りが最悪の状況でも、『これで良かったのだ』と笑って死んで逝きたい。


その為には、単に総括しての『良かった』ではなく、過去の苦しみや悲しみなど、全てにおいて『これで良かったのだ』と、自分自身が納得する必要があるのではないかと思い始めているのだ。


これまでの俺は、過去を語ってはいても、真の意味で過去を振り返ることをして来なかったように思う。

ただ、前だけを見て、我武者羅に突っ走って来ただけだったように思うのだ。


今の積み重ねで生まれて来るものが、『未来』。

そして、その積み重ねて来たものが、『過去』。

どちらにとっても大切なのが、『今』。


最近の俺は、そんな風に考えるようになって来たのだ。


そんな俺にとっては、三峯神社で引いたおみくじの言葉は、『天啓』以外の何物でもないのであった。

そして、これからの自分の未来に対し、ドキドキワクワクで、何が起きるのか楽しみで仕方のない俺なのであった。


俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻  (完)

2019年12月 1日 (日)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (12)

(12)成長の証し

俺とF先生がK池と合流し、俺たちは交番の直ぐ近くで呼び込みをしていた青年に声を掛けられ、炭火焼だと言う居酒屋に行った。

最初は飲み放題を勧められたが、F先生が飲めないことから飲み放題にはせず、飲み物20%引きにしたのだった。

エレベーターで俺たちは7Fに上がった。

しばらく待たされ、俺たちは3組で1室になっている4人掛けのテーブル席に案内された。


案内された部屋には先に7~8人の先客がいて、その向いの席だった。

奥側がソファになっていて、その造りから以前はキャバクラだったんじゃないかと俺は思った。

俺は、F先生とK池を奥のソファに座らせ、その向いに俺が座った。


俺たちは席に着くと、直ぐに会話を始めた。

F先生はK池の身体を心配していた。

K池はK池なりにF先生と連絡を取っていた様だった。


俺とK池が繋がったのは、3年前だった。

6年前、俺がF先生と再会し、その翌年、俺と偶然繋がった同級生で女性ののK甲と男性のY本に声を掛け、2年目は4人で会った。


その翌年、俺は36年振りに中学の同窓会に出てK池と再会した。

そして、K池がずっと付き合って来ているO森が地元の柳沢で親父の中華料理屋を継いで頑張っていると俺に言って来たのだった。

それを聞いた俺は、じゃあそこにF先生を呼んでプチ同窓会をやるかと提案し、6年5組の同級生は6人に増えて開催したのだった。

更には、小学時代は別でも中学時代の地元の同級生に声を掛け、小中合同のプチ同窓会として14~5人が集まったのだった。


そして、その翌年4月には、F先生の自宅に行ったのだ。

その時も、俺がみんなに声を掛け、集まったのは新たな女性の同級生のM倉が加わり、6人でF先生宅を訪問したのだった。


その翌年の昨年は、同窓会の幹事はY本とK池に託したのだが、同窓会は行われず、俺は今年同様、三峯神社の帰路にSちゃんを連れてF先生と会ったのであった。

そして、そのことを同級生のグループLINEで告げると、何で教えてくれなかったとの声があり、今年は声を掛けてK池が来たのだった。


俺たち3人が席に着いて20分程しても店の人は誰も注文も取りに来なかった。

俺は、呼び鈴を何度も押した。

現れたのは、若い男の店員だった。


お絞りも何も来てないよとK池が注意した。

俺とK池は生で、F先生はノンアルコールビール、そしてつまみを何品かを頼んだのだった。


その後、飲み物とお通しは来たが、つまみが全然来なかった。

そして、空いていた俺たちの隣の席にも若い男性客3人が入って来た。

俺とK池は追加の飲み物を頼んだが、まだつまみは来なかった。


俺たちは話しで盛り上がっていた。

K池の病気は心臓弁膜症だと言った。

カテーテル手術で20kg体重が落ちて戻らないと言っていた。

1ヶ月ほど前に中学の同級生の女性が癌で亡くなった話しが出た。


俺は、K池に、ブログにも書いたK一のことを聞いた。

あいつは生きているのかと。

風の噂では、シャブ中で死んだような噂を聞いていたのだが、小学時代の同級生で俺が会いたいと思っている奴の一人だった。


K池は、生きているらしいと言った。

連絡先は知らないらしいが、生きているらしいと聞いたらしい。

俺は嬉しくなった。

生きていれば、またいつか会えるかも知れないと思ったのだ。


更に俺はF先生から意外なことを聞いたのだった。

それは、俺が石垣島から先生にハガキを送ったとのことだった。

そして、それが俺の知らない所で、めちゃくちゃ面白いことになっていたのだった。

なんと、俺が石垣島に行った理由が、俺が犯罪者になり、警察とヤクザから追われる身となり、逃亡して石垣島に行ったことになっていたのだった。


俺は笑った。

話しを聞くと、どうやら俺が19の時にヤクザを血祭りに上げ、ヤクザに訴えられてパクられた件と、21~2の頃の放浪の旅で、コックとして住込みで石垣島に行ったことがミックスされていたのだった。

人の噂とは面白いものだと俺は思った。


しかし、俺が石垣島からF先生にハガキを送っていたとは、俺自身全く記憶が無く意外だったのだ。

俺は内心で、当時の自分に、『やるじゃん!』と褒めてやった。


そんな話しで盛り上がっていたのだが、俺たちの頼んだつまみは全く来ていなかった。

既に店に入ってから1時間近く経っていた。

後から来た隣の席を見ると、そっちは既に料理も来ていたのだった。


俺はF先生とK池に店を替えようと言った。

俺があと20年若かったら、こんな店潰してやってるところだと笑った。

昔の俺だったら、店の責任者を正論で徹底的に扱き下ろし、翌日には社長にまで会いに行く所だと思った。


若い頃の俺は、末端の社員がなって無ければ、それは上の責任だと、トップに責任を取らせて来たのだ。

俺は常に頭を潰すことしか考えて来なかったし、して来なかったのだ。

俺は、弱い者いじめはしなかったが、強い者いじめは大好きだった。

俺のケンカの仕方は、常に頭を潰す事が目的だった。

雑魚は相手にして来なかった。


30代の頃の俺は、相手が大企業でも単身で戦った。

不動産業界の在り方に不満を抱き、業界を潰して俺が創りかえることを考え、業界団体と戦った。

まるで、ドン・キホーテみたいなものだったのだ。


そんな俺が怒りの感情が全く湧かずに、大した文句も言わずに店を替えようと言い出すとは、自分でも少し驚きだった。

俺は注文していたものを全て取り消し、伝票を持ってレジに行って会計をした。


会計は、4千円弱で、レシートを見ると、お通しが500円だった。

お通しは、小皿に一口程度の豆腐にきのこのあんかけを少し掛けたものだった。


俺はレジの店の責任者らしき若い男性に一言だけ言った。


「ずいぶん高いお通しだな」


レジの男性はムッとしながらも、すみませんと言った。

俺はその態度を見て内心で思った。


「接客業でこんな対応しか出来ないとは、可愛そうになぁ・・・」


店の従業員は、20代の若い男、それも結構なイケメンばかりの店だった。

そして、着ている制服も居酒屋風ではなく、黒服風だったのだ。

多分、元はキャバクラの黒服あたりで、キャバクラが上手くいかずに居酒屋に替えたのではないかと思ったのだった。


俺は、怒りの感情が全く湧かずに冷静に分析し、店員を憐れに思っている自分が可笑しくなって来た。

俺は、最後に店員に言って店を出た。


「良い勉強になったよ、ありがとな」


(つづく)

2019年11月30日 (土)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (11)

(11)一石二鳥

バスは、西武秩父駅の手前で多少の渋滞になったが、ほぼ予定時刻通りに到着したのだった。

寝ていたはずの俺の前の席の女性は、到着すると真っ先に降りたのだった。

俺が降りると、既に数m先を彼女は駅に向って歩いていた。


俺は、帰りも同じ電車ってことはないよなぁと思いながら彼女の後ろを歩いていた。

すると、彼女は駅の手前でキップ売り場とは反対方向の左に折れて、駅の外に出て行ったのだった。

そっちは駐車場と民家くらいしか無かった。


俺は思った。

もしかして彼女は地元の人だったのか・・・?。

しかし、彼女がどうあれ、朝から一日楽しませて貰ったと思い、俺は内心で彼女に礼を言った。


特急券を買う為にキップ売り場に行くと、中学生と思しきテニス部の集団が大勢並んでいた。

俺はその集団の直ぐ後ろに並んだ。

特急券の購入まで、15分ほど時間を要した。

一応、16:25発のレッドアローの特急券の購入は出来たのだった。

到着予定は17:46だった。


俺は乗車前に一服しておこうと思い、朝行った同じ喫煙所に行った。

タバコを吸い始めると直ぐに、俺はまたトイレに行きたくなったのだった。

俺は、タバコを半分も吸い終わらない内に一服を中断してトイレに走った。

トイレに行った俺は、バスの途中、あのタイミングでしておいて良かったと思ったのだった。


俺は缶コーヒーを買って、まだ少し早かったがレッドアローに乗車した。

俺はこの後、池袋で会う小学5~6年生時の恩師のF先生にメールをしたのだった。

予定の電車に乗れたから、17:30に池袋に着くと。

レッドアローが発車すると、車内アナウンスで池袋到着が17:46とアナウンスされたのだった。


俺は、勝手に17:30と思っていたのだが、17:46だと知り、F先生に再度メールをした。

そして、池袋で更に合流予定の同級生のK池にもLINEを送ったのだった。


池袋には、俺がウトウトしている内に到着した。

池袋の改札を出ると、直ぐにF先生の後ろ姿が目に入り、俺は声を掛けて合流した。

そして、本来はF先生もそこで合流するはずだった待ち合わせ場所に二人で向ったのだった。


待ち合わせ場所の西口の交番前に同級生のK池はいた。

しかし、その姿は、2年前に合った時とは違い、やせ細り、様変わりしていたのだ。

一気に10歳以上老けこんだように見えた。

K池は何やら病気を患い入院していたとは聞いてはいたのだが・・・。


俺は、今回の三峯神社への参拝の際に、同級生の何人かに声を掛けたのだった。

みんな仕事なんかで都合がつかなかったようだったのだが、K池だけは先生に会いたいと、仕事の後に池袋での飲み会にだけ参加して来たのだった。


俺は、6年前初めての三峯神社への参拝の為に池袋に前泊した際、同様にF先生と会って一杯やったのだった。

その時が2~30年振りの再会だったのだ。

以来、F先生とは最低一年に一回は会うようにしている。


俺は、先生が先に亡くなるのか、俺が先に死ぬのかは分からないが、いつか会えなくなると思っているのだ。

俺は、40代に何人もの大切な人との別れを経験して来た。

だから、大切な人には、出来るだけ会える時に会っておくという思いなのだった。


K池は特に俺と仲が良い訳ではなかった。

しかし、K池とは中学も同じだった。

多分、K池も俺と同じような思いで、参加して来たのだろうと思っていた。


F先生は、三峯神社との一石二鳥に都合の良い場所に暮らしてくれていて、俺にとっては大助かりなのであった。


(つづく)

2019年11月29日 (金)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (10)

(10)緊急事態

14:30に発車したバスは、一路『西武秩父駅』に向って走り出した。

到着の予定時刻は、15:45だった。

バスが走り出すと直ぐに俺の目の前の座席の豹柄の様なパーカーの女性の頭が左右に揺れ出したのだった。

俺は居眠りをしているのだろうと思った。


バスが山道を右に左にとカーブする度に彼女の頭は大きく揺れた。

俺の右膝は体育座りのような形で座席の右側に出ていた。

次第に彼女は頭だけではなく、身体ごと揺れ始め、俺の右膝に彼女の身体が時々当たった。

俺は悪いと思って右膝を引っ込めた。

その少し後の大きな左カーブの時だった。

彼女の身体は大きく右に傾きイスからずり落ちそうになったのだった。


俺が、危ないと思ったその時だった。

彼女は右足を出して、ドン!と床を踏み、踏みとどまったのだった。

しかし、彼女は起きていなかったのだ。


彼女は態勢を立て直すと直ぐにまた同じ状況になった。

俺は、スゲー!と思った。

そして、込み上げて来る笑いを抑えるのに必死だった。

俺は口に手を当てて笑いを堪えた。


そして、カーブが少なくなって来ると、今度は彼女の頭は前後の揺れが大きくなって来たのだ。

それこそ、のけ反るように首が後ろに傾き、俺からもう少しで顔が見える位まで傾いて来るのだった。

その内、被っていたパーカーのフードも脱げて、寝ながらも彼女はフードを何度も被り直すのだった。


俺は、その姿にも可笑しくてしょうがなかった。

この子面白過ぎると笑いを堪えるのに必死だった。


そして、行く時におばあちゃんたち二人を降ろした辺りに近づいてきた頃、俺は小便がしたくなって来てしまったのだった。

笑いを堪えている内に膀胱が刺激されてしまったようだった。

俺は、まずいと思った。


俺は、結石になってから、小便の我慢があまり出来なくなって来ていたのだ。

まだ、発車してから15分位しか経っていなかった。

駅までは、まだ1時間位あった。

俺は、考えた。


しかし、俺の目の前では前後に揺れる頭があった。

俺は可笑しさと小便の狭間で揺れた。

そして、取りあえず我慢出来る所まで我慢することにしたのだった。


その直後だった、バスは最初のバス停の秩父湖を通過したのだ。

そして、俺の目に飛び込んで来たのは、『御手洗い』と大きく書かれた公衆便所の文字だった。

俺は、しまったと思った。

無情にもバスはトイレを通過してしまったのだった。


すると、俺の身体は俺の意志とは反対に、余計にトイレに行きたくなって来たのだった。

俺は、意を決して席を立ち、運転手の横へ行った。

そして、小声で囁いたのだった。


「すいません・・・」

「ちょっとトイレに行きたくなっちゃって・・・」


運転手は言った。


「今の所にトイレがあったんですよねぇ」


「そうですよねぇ、大丈夫と思ってたんですけど、あれを見たら余計に行きたくなっちゃって・・・」


「限界ですか?」


「もう少しは大丈夫ですけど、限界に近いです・・・」


「次にトイレがあるのは、大滝温泉遊湯館なんですよ」


「なんとかがんばります・・・」


俺は答えて席に戻ったのだった。


俺は、この時思ったのだった。

前方の座席で良かったと。

後方だったら、言い出せなかったかも知れないと思ったのだった。


それからの俺は、バスの走る前方しか見なかった。

前の席の女性の頭を見ていると、可笑しくて我慢が出来ないと思ったのだ。

そして、バスは10分ほど走り、『大滝温泉遊湯館』に着いた。


運転手は、俺にトイレの場所を教えてくれたのだった。

そして、俺は聞いたのだった。


「待ってて貰えますか?」


運転手は、待ってますと言ってくれた。


俺はバスを降り、小走りでトイレに向った。

トイレでは、かなりの量の小便が出た。

し始めても全然止まらなかったのだ。

缶ビール1本に缶チューハイ2本が効いてしまったようだった。


小便を終えた俺は小走りでバスに戻った。

すると、待っていたのは俺を乗せたバスだけではなく、後ろのバスも一緒に待っていたのだ。

俺は申し訳なく思った。


バスに乗り込み、俺は運転手に礼を言い、後方の乗客全員に向って、お待たせしてすいませんでしたと頭を下げて席に戻ったのだった。

俺はやっと寛いで、車窓の外の風景に目をやった。

目の前の彼女は相変わらず頭をのけ反らしたまま寝ていた。

マスクをしていたから分からないが、きっと大口を開けて寝ているのだろうと思うと、また笑いが込み上げて来るのだった。


(つづく)

2019年11月28日 (木)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (9)

(9)一期一会

随身門から参道を下った俺は、行く時に入って来た鳥居の前で足を止めた。

そして鳥居に向って一礼をし、再び鳥居をくぐり、振り返って再度一礼をした。

入る時と同様、やはり鳥居の内と外の違いを感じなかった。

前2回は、出る時も内と外の違いをハッキリと感じられたのに、今回は感じられなかったのだった。


俺の感度は鈍ってしまったのかも知れない。

しかし、それならそれで良いと思った。


俺は、人の気持ちとか色々なことで、敏感過ぎるところがあり、内心では少し鈍感になりたいと思っていたのだ。

些細なことで気を使い過ぎて疲れるのだ。

鈍すぎるのもどうかとは思うのだが、ある程度は大らかな方が良いと思うのだ。

そういう意味では、今回感じなかったのは良いことなのかも知れないと思ったのであった。


鳥居を出た俺は、正面に見える、『焼きシイタケ』に真っ直ぐ向った。

この日のシイタケは、『原木シイタケ』と書かれていた。


俺は、シイタケを焼いていたおじさんに1本注文した。

おじさんから2~3分かかりますよと言われ、俺は了承した。

俺は、焼いて貰っている間、道路の向いにある喫煙場所で一服した。


シイタケは、タバコを吸い終わらない内に焼きあがった。

俺は、200円を払って焼きたてのシイタケを手にした。

シイタケは醤油で焼かれていて、少し残念だった。


俺は、紅葉をバックにシイタケの写真を撮った。

そして、直ぐには食べずにシイタケを手にしたまま、『ヤマメ』のある蕎麦屋に向った。

俺は、『ヤマメ』1つと500mlの缶ビール1本を注文して手にした。

外の小さな囲炉裏を模したテーブルが空いていたから、そこに座ろうとしたのだが、5~6人のおばさんに先に取られてしまったのだった。


俺は道路の向いにあるベンチに行った。

しかし、ベンチに置いて食べるのは何かぎこちなく感じた。

目に入ったのは、向い側の4人掛けのテーブル席に一人で座って餅を食べている、年配の女性の後ろ姿だった。

俺は、合い席をさせて貰おうと、女性に声を掛けて合い席をさせて貰った。

女性は俺より少し年上な感じで品のある感じの人だった。


俺がヤマメを頬張っていると、女性は何の魚なのか聞いて来た。

それをきっかけに数分の会話となった。

女性は、今回が初めてでバスツアーで来たと言った。

そして、もちを食べ終わると、席を立って行った。


俺はこう言う時、雑談が苦手なせいで、あまり会話をしないのだが、話してみると、こういう取りとめのない話しもたまには良いなと思ったのだった。


俺は、ヤマメとシイタケで缶ビールを1本空けた。

そして、今度は350mlのグレープフルーツの缶チューハイとみそこんにゃくを買ってきた。

みそこんにゃくを食い終わると、再度ヤマメが食べたくなった。

しかし、ヤマメを前に隣の芋田楽も気になり、俺は変更して芋田楽にしたのだった。


芋田楽を食べてみて、やっぱヤマメにすれば良かったと思った。

芋田楽で2本目の缶チューハイも空けた。


俺は席を立ち、もう一本シイタケを食おうと思った。

同じグレープフルーツの缶チューハイをもう一本買った。

そして、焼きシイタケに向った。


焼きシイタケを待つ間、俺は缶チューハイ片手に一服した。

時間を見ると、13:30を少し過ぎたところだった。

丁度秩父駅行きのバスが出た頃だと思った。

次のバスは14:30だった。

俺はそのバスで帰る予定にしていた。


一服を終え、新たなシイタケを手にした俺は、ゆっくりと食べながらバス停に向った。

シイタケを食べ終え、3本目の缶チューハイも空いた頃、俺はバス停に着いた。

バス停には、次のバスを待つ人が既に十数人並んでいた。


その中には、朝一緒だった豹柄の様なパーカーの女性もいた。

その後ろにやたらイケメンな20代の青年がいて、その青年が最後尾だった。

青年は建物の縁に腰かけ、その後ろがベンチで、俺はベンチに腰掛けた。


豹柄の様なパーカーの女性は、立って本を読んでいた。

本のタイトルは見えなかったが、読んでいる本はアガサ・クリスティだった。

何か意外な感じだった。


俺がベンチに腰掛けると、青年が右側になり、テーブルのコーナーに座っているような形になった。

俺が青年に話し掛けると、青年は愛想よく答えた。

28歳で六本木の外資系証券会社に勤めていて、商品企画のような仕事だと言った。

リュックを背負ってジョギングのようなスタイルだったことから、それを聞くと、来る時は途中でバスを下りて、登山口から歩いて上って来たと言った。

どうやら、彼女と一緒に来たのに、彼女はバスで、彼は一人で登って来たらしい。


青年が立つと背は180を超えるくらいあり、笑顔の目は錦戸亮に似ていた。

俺がそれを言うと、若い頃は良く言われたらしく、最近では久し振りだと言った。

俺からすると、背が高く、錦戸亮より遥にカッコイイ青年だった。

彼の彼女がどんな女性なのかと俺は楽しみになった。


バスの発車時刻の20分ほど前に、俺はトイレに行った。

俺がトイレから戻っても、青年の彼女は来ていなかった。

俺がそれを聞くと、青年は指を指したのだった。


俺の二人後ろの位置のベンチに座っていた。

俺が、ここに呼んだら良いのにと言っても、青年は何故か素っ気なかった。

ベンチに座る彼女は俯き加減に下を向いていた。

俺は内心で、ケンカでもしたのか、彼があまり好きではないのかと考えた。


俺は、彼女が可哀そうだよぉと言って、席を立って彼女に声を掛けた。


「こっちに来たいよねぇ?」


彼女は、俯きながらも小さく頷いたのだった。

俺は、じゃあおいでと彼女を呼び、俺と青年の間に並ばせたのだった。

立っていた青年の横に並んだ彼女は、同様に彼の横に立っていた。

俺は、座っていたベンチを少し移動し、二人に座るように促したが、二人は座らなかった。

下から見た彼女は、何か凄く暗い感じだった。

さっきまで愛想良く話していた青年の彼女にしては、何か違和感みたいなものを感じたのだった。


俺は青年との会話を止め、もう一度トイレに行こうかと考えた。

その時、バスが来たのだった。

俺はトイレを諦めバスに乗った。

先に乗車した人たちは後方の座席から座って行っていた。


俺は青年とは逆の前方の席に行った。

すると、豹柄のようなパーカーの女性が、来る時に俺が座っていた左側の最前席に座っていた。

空いていたのは、その後ろで、俺はその席に座った。

その席はタイヤの上の席で、座席と足場の段差が小さく、足をかがめないとダメで、座ってから失敗したと思った。

しかし、時既に遅しで、周りを見回したが、他に空いている席は無かった。


帰りのバスは二台で、立っている人はいなかった。

去年は三台のバスが満員で、俺は立って帰ったのだった。

そのことから今回は早目にバス停に行って待ったのだが、俺の取り越し苦労だったようだ。


しかし、そのお陰で、バスを待っている間、見ず知らずの青年と会話が出来たのだ。

蕎麦屋ではご婦人と会話が出来たのだ。

これまでの俺だったら、あまりやらないことだった。


これまでの俺だったら読書だったのだ。

俺みたいに厳ついのが読書をしていたら、それこそ話し掛けられないと思う。

姿かたちは違えど、多分、これまでの俺は、豹柄のようなパーカーを着た女性と同じだったのかも知れないと思ったのだった。

だから、朝から気になっていたのかも知れないとも思った。


俺の中で何か変化が起きているのかも知れないと思った。

俺は、こういう見ず知らずの人との一時の関わりも悪くないなぁと思った。

そして、こういうのを『一期一会』と言うのかなぁと思ったのだった。


(つづく)

2019年11月27日 (水)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (8)

(8)えんむすびの木

おみくじで自分の生き方に確信を得た俺が次に向ったのは、お守り購入の為の社務所だった。

今年の俺は、いつもの『氣守』は購入しなかった。

代わりに俺自身と息子の為の『えんむすび御守』と『開運御守』、母親の為の『健康御守』を購入した。


そして、それらのお守りを携えて、『神木』にお参りしたのだった。

三峯神社は、『白い氣守』と『神木』へのお参りで願いが叶うとTVで放映されて一躍有名になったのだ。

『白い氣守』は購入出来なくなったが、『神木』はそのままなのに、拝殿の左右に二本ある『神木』には、全く人は並んでいなかった。

わずかに2~3人待てば良いだけだった。


俺は、過去二回は拝殿に向って左側、社務所から行くと手前の『神木』にしかお参りしたことがなかった。

俺は、空いていることを幸いに、左右両方の『神木』にお参りした。

願いは、拝殿での願いと同じことを、購入したお守りを『神木』に当てて願った。


俺は、『神木』でも何枚かの写真を自撮りしたのだった。

『神木』へのお参りを済ませた俺は、いよいよ今回が初となる『えんむすびの木』に向った。

小さいホテルの様な建物の前を抜けて山道を数分歩くと右端に掘立小屋のような建物が目に入って来た。

数人の女性がいて、何かを書いている様子だった。


掲示されていた説明書きを読むと、ピンクとブルーの二枚の紙に、それぞれ自分と結ばれたい相手の名前を書き、名前を書いた面を合わせ、紙縒りのように捩じって指定の木箱に入れ、その後先にあるお仮屋に参拝するようにと書かれていた。

また、決まった相手がまだいない場合は、自分が望む相手を書く様に記載されていた。


俺はまず、サインペンでブルーの枠組みの紙に自分の名前を書いた。

そして、まだ特定の相手がいない俺は、ピンクの枠組みの紙には、『運命の人』と書いた。


最初は、『自分が好きになれる人』と書こうと思ったのだが、サインペンでは書ききれないと思い、『運命の人』としたのだった。

そして、書いた面を合わせて捩じり、指定の木箱に入れたのだった。

俺は、先に向って歩いた。


数十m先に、右に上って行く階段があった。

そして、階段の上には、小さめの鳥居が見えた。

多分、この階段の上にお参りをするところがあるのだろうと、俺は思った。


しかし、それまでに、俺の目的である『えんむすびの木』が見当たらず、どこにその木があるのか分からなかったのだ。

まだこの先なのかと思ったのだが、それより先に行っている人はいなかった。


取りあえず俺は、階段を上ってみることにした。

階段を上ると、小さめのお社があり、そこで女性が手を合わせていた。

俺も真似をして、そこで手を合わせた。


お参りを終えた俺は、上って来た階段は下りずに、左に下って行く階段状の細い山道を下った。

下った先は、さっき紙に名前を書いた掘立小屋のような建物の手前だった。

そして、そこから建物の屋根の上を見ると、木製で今にも崩れ落ちそうな小さな鳥居と、その鳥居の後ろにしめ縄を巻かれた木が目に入った。

良く見ると、その木は二本の木が途中で合わさり、また上の方では二本になり、そのまま真っ直ぐ上に伸びた木だった。

二本の木が一本のように見える木だった。

俺は、その時初めて、その木が『えんむすびの木』であることに気がついたのだった。


『神木』のような樹齢のある大きめの木を考えていたので、なんか拍子抜けな感じだった。

俺は、一応『えんむすびの木』を背後にして自撮りしてお参りを終わらせ、来た道を戻った。


俺は、『随身門』まで戻り、行きに見つけられなかった、『隠しハート』をもう一度探してみた。

すると、行きには気づけなかった『隠しハート』を見つけることが出来たのだった。

『隠しハート』は屋根の先端部分にあり、写真を撮ったのだが、逆光で撮影は上手く出来なかった。


『隠しハート』を見つけられた俺は、もう思い残すことも無く、この日の参拝を終えたのだった。

時計を見ると、まだ12時半を過ぎたばかりで、予定していた帰りのバスの時間まで2時間近く残っていた。

俺は、いよいよ最後の楽しみに向って参道を戻って行ったのであった。


(つづく)

2019年11月26日 (火)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (7)

(7)道

お参りを終えた俺が次に向ったのは、数m横に設置されたおみくじだった。

三峯神社のおみくじは、開運を招く八体の縁起物のお守りのいずれかが納まっているものだった。

達磨、銭亀、かえる、小槌、招き猫、恵比寿、大黒天、熊手のいずれかが入っているのだ。


去年は、『かえる』で、確か『小吉』だったと思う。

俺はおみくじの箱の中に手を入れて探った。

そして、掌の中心に来た物を引いた。

次の人の為に少し場所を移動し、俺はおみくじを開封した。


開封した瞬間、俺に激震が走った。

雷に打たれたような衝撃だった。

心が震えた。

そして、涙が滲んで来た。


俺の目に飛び込んで来た文字、それは、『道』だった。


第四十七番  『道』


何が書かれているのかは分からなかった。

涙が滲んで小さい文字は見えなかったのだ。

ただ、大きく書かれた『道』の文字だけを見て、俺の心は震えた。

そして、確信した。


「俺は、間違っていなかった!」

「これで良かったんだ!」


そして、納められていたお守りは、『恵比寿様』だった。

俺は、幾重にも折られていたおみくじの次の折り目を開いた。

次に目に飛び込んで来た文字は、『運勢大吉』の文字だった。


それを見た俺は、もうそこでこれ以上読む必要はないと思った。

おみくじは結ばずに持ち帰り、内容は帰ってから読むことにしたのだった。


俺は今年の正月に地元の瀬戸神社で引いたおみくじも大吉だった。

そして、この1年、俺は自分の歩む『道』に拘って来た。

本来であれば、まだ始める段階になかったブログを親父の命日である7月1日に始めた。

そして、ブログのタイトルを『俺の道』としたのだ。


今の自分が目指し、歩む道に間違いが無いと、俺は確信を得たのだ。

俺にとっては、天からの『お告げ』みたいなものだった。

俺はそれだけで十分だったのだ。


(つづく)

2019年11月25日 (月)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (6)

(6)祈りと願い

随身門を抜けた俺は、ゆっくりと拝殿に向った。

そして、拝殿に上って行く階段の前で、俺は自撮りをした。


拝殿へ向う階段を上った左側に手水舎があった。

俺は作法通り、手を洗い、口をすすいで清め、拝殿の列に並んだ。


拝殿の列は、過去2回に比べ、人は全然並んでいなかった。

『神木』も一緒だった。


『白い氣守』の有無で、こんなにも来訪者数に違いがあるのかと、人の気持ちとは何と自分本位なものなのかと思ったのだった。

参拝が目的であり、『白い氣守』はそれに付随するものでしかないはずなのに・・・。

しかし、並ぶこと自体が好きではない俺にとっては、大変ありがたいことではあった。


参拝の為の待ち時間は5分程度で、直ぐにお参りが出来た。

俺は、まず、この一年間のお礼としての感謝を述べ、自分と息子それぞれの良縁、そして家族の幸せと仲間の幸せを祈願した。

そして、最後に、『己の天命の全う』を願った。


田坂広志先生が唱えた『3つの真実』。


1.人は必ず死ね。

2.人生は一度しかない。

3.人はいつ死ぬか分からない。


そして、続けて問いかけられた言葉。


「一回しか無い人生」

「必ず終りがやって来る人生」

「いつ終わるか分からない人生」

「そのかけがえのない命、(あなたは)何に使われますか?」


俺は、この言葉を聴いてから、新たな考え方が生まれてきていたのだった。


『命』とは、『天から与えられたもの』なのではないか。

『両親』という肉体を通して、『自分』という肉体は生まれて来たが、『命』は天から与えられたものなのではないか。

そして、『命』とは『魂』のことなのではないかと、俺は思ったのだ。


肉体面から考えると、親子だとか、血のつながりだとかがあるが、『魂』として考えると、全ての魂にとって、『肉体』は単なる借物であり、それぞれの魂(人)に与えられた役割なのではないか。

その役割とは、『親』の魂は『子』の魂を育む役割、『子』の魂は、『子』であった魂を『親』(大人)に育てる役割。


そして、人として生きていく中で感じる、多くの苦しみや悲しみ、寂しさや無力感などの苦悩は、天から与えられた己の魂を磨く為の学びの機会なのではないのか。

それを乗り越えて行った時に、人は己の天命に気づくのではないのか。

そして、それに気づいた時、それに対応出来る自分に成っていることが出来ているのか。

それこそが大切なことなのではないのか。


最近の俺は、そんな風に考えるようになって来ていたのだった。


俺は6年前の11月1日に初めて三峯神社を参拝した。

その後、翌年から毎年、『白い氣守』を頂きたいと、11月以外でも、1日が週末になる時に何度も来ようとしていた。

しかし、天気が悪かったり、予定が入ってしまったりで、何故か来られなかったのだ。

そして昨年の夏頃、『白い氣守』の頒布休止を知ったのだった。

『白い氣守』の頒布日の交通渋滞がその原因だった。


それを知った俺は、それなら初めての参拝から丁度丸5年の11月の週末に、お礼の為の参拝に行こうと昨年の夏過ぎに決めたのだった。

そして、昨年の参拝から1ヶ月後の12月、俺は大きな気づきを得て、自分自身を許すことが出来た。

更には、自殺した親父を許すことも出来たのだ。

それからと言うもの、毎月のように俺は大きな気づきを得て、自分の内面の変化を確実に感じて来ていたのだ。

今年は、そのお礼と新たな願いの為に行かなければならないと思っての参拝なのであった。


(つづく)

2019年11月24日 (日)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (5)

(5)自撮り

『ヤマメ』と『シイタケ』に分かれを告げた俺は、鳥居の前に立った。

そして、鳥居の写真を撮った後、俺は鳥居と狛犬をバックに、普段はあまりやらない自撮りをした。


俺は鳥居の前で一礼をし、鳥居をくぐった。

鳥居をくぐった瞬間だった。

俺は、以前来た時に感じた霊気を感じなかった。


去年と6年前に来た時は、鳥居をくぐった瞬間に感じたものを感じなかったのだ。

俺は、何か違和感みたいなものを感じた。


俺は見えるタイプではないが、感じるタイプなのだった。

以前、不動産売買をやっていた時も、人が亡くなった物件は直ぐに分かった。

心霊体験も、多分普通の人よりはかなり多く体験して来たと思う。


違和感を感じながらも鳥居をくぐった俺は、まず秩父の街並みを見下ろせる、『遥拝殿』に向った。

遥拝殿から観る景色は相変わらず素晴らしかった。


しかし、ここまで歩いて来て感じていたのだが、参拝に来たのは去年より2週間近く遅いのに、紅葉は遅れている感じだった。

鳥居をくぐった時に霊気を感じなかったのは、暖かさのせいなのかと考えた。


しかし、これまでの俺は真夏でも感じる時は感じてきたのだ。

もしかしたら、俺の内面の変化が俺の何かを変えているのかも知れないと、俺は自分を納得させたのだった。

そして、俺は、『遥拝殿』でも自撮りをした。


俺は、自分の顔が好きではなかった。

だから、写真を撮るのは好きでも、撮られる事自体はあまり好きではなかったのだ。

その為、子どもの頃からずっと、自分の写真は、あまり多くは持っていない。


しかし、この日は何か違った。

風景だけではなく、好んで自撮りをしている俺がいた。

そして、以前ほど自分の顔が嫌いではなくなっている俺に気づいたのだった。


『遥拝殿』を終えた俺は、日本武尊銅像はパスし、拝殿に向うべく『随身門』に向った。

ここでも俺は自撮りをした。

そして、去年来た時にSちゃんから教えられた『隠しハート』を探したのだが、何処にあったのか忘れてしまい見つけられなかった。

『随身門』をくぐった俺は、いよいよ本命の拝殿へと向ったのだった。


(つづく)

2019年11月23日 (土)

俺の道 ~アラカン編~ 三峯神社の巻 (4)

(4)裏の目的

三峯神社に到着した俺は、まずはバス停に併設されていたトイレに行った。

直ぐに階段を上ったのだが、階段の踊り場まで行き、踊り場の下が喫煙所だったことを思い出し、一服しようと俺は階段を下りた。

すると、電車、バスと一緒だった豹柄のようなパーカーの女性と再びすれ違った。

ぽかぽか陽気なのに、豹柄の様な独特のセンスのパーカーのフードを目深に被った女性の姿は、三峯神社という場所には似つかわしくなかった。


俺は喫煙所で一服してから、再び階段を上った。

階段を上ると、周辺マップがあり、俺はそれを確認した。

この日の俺の目的は、三峯神社の参拝がもちろんメインなのだが、その後、『えんむすびの木』にも行ってみようと思っていたのだ。

去年来た時、そういうものがあるのには気づいたのだが、Sちゃんと一緒だったことから行ってみたい気もあったのだが、行かずにいたのだ。


俺はまず、鳥居を目指した。

歩き出して直ぐに、いつも帰りに川魚の塩焼きを食べる蕎麦屋の前に行くと、食べた魚は『イワナ』だと思っていたのだったが、書かれていたのは『ヤマメ』だった。

多少腹が空き始めていたが、帰りまで我慢することにした。


この『ヤマメの塩焼き』が、俺の裏の目的だった。

俺は、川魚の塩焼きが大好きなのだ。


子どもの頃は、魚と言ってもサンマと鮭くらいしか食べず、魚は好きではなかったのだ。

ほとんど肉ばかりだった。

子どもの頃は、夕飯が魚だと母親によく文句を言っていた。


しかし、18~9の頃、当時の仲間たちで行った秋のBBQで、川で釣ったニジマスを炭火でじっくり焼いたものを、「旨いから、騙されたと思って食ってみ」と、当時の兄貴分だったYちゃんに言われ、食べてみたら、これがめちゃくちゃ旨くて、それからの俺は大の魚好きになったのだった。

それも塩焼きが一番だ。

川魚の塩焼き、それも天然の粗塩で焼いたものは、普通の居酒屋とかではあまり食べられない。


俺は後ろ髪を引かれる思いで、蕎麦屋の前を通過した。

すると、今度は鳥居の前の食堂の外で、原木シイタケの串焼きが売っていたのだ。

注文してから焼くと書かれていて、俺はこれも食おうと心に決めた。


俺はシイタケも大好きだった。

シイタケも粗塩で焼いたのが大好きで、シイタケは一人で家飲みの時に、軽く酒をスプレーし、岩塩を振りかけ、軽くトースターで焼いて食べるのだ。

安いシイタケでも結構旨いのだ。


俺の帰りの楽しみが増えたのだった。


(つづく)