想い

2020年1月 1日 (水)

俺の道 ~アラカン編~ 令和二年元旦の巻

◆ 一年の計は元旦にあり ◆

新年あけましておめでとうございます。


俺の昨年の目標は、『慈愛に満ちた、強くて優しい大きな心を持った人間になる』というものだった。

その為の表現が、『大きな樹のような心の持ち主になる』というものだったのだ。


そして、俺にとっての『大きな樹』のシンボルは、『日立の樹』で有名な、ハワイのモアナルア・ガーデンにあるモンキーポッド(MONKEY POD)なのだ。


この目標は、まだまだ達成までには遠く及ばないと思っている。

それどころか、一生掛けて追い求め続けるものだと思っているのだ。


そして、その為の昨年のテーマは、『優しい人間になること』、『優しさを表現出来る人間になること』としてきた。


俺は、昨年の7月からブログを始め、8月に自分の過去を小説風に書くことに気づいたことで、自分の当時の感情に気づくことができ、自己受容が徐々に進んで来たのだと思うのだ。


それにより、物事の捉え方が変わり、自分自身の変化を感じられているのだ。


しかし、その変化の中、自分自身で注意をしていながらも、先月の研修で気づいたように、自分自身の成長が過信になってしまったり、過信による傲慢さが現れたりと、反省点がまだまだ多いことも改めて気づかされたのだった。


そして、今年の目標とテーマは、昨年の目標とテーマを継続しながら、それに新たなテーマを追加していくことにしたのだ。


その新たなテーマは、先月の研修に行く前から内心で決めていたのだが、その研修での反省から、それが最も適しているとの確認が出来たと思っているのだ。


そのテーマは二つだ。


『上善は水の如し』


『我以外皆我師也』


2020年の俺の新たなテーマだ。


『上善は水の如し』とは。

人間は、自分を上に見て貰いたいと焦ったり、人と接する時も自分の方を上の優位なポジションに持って行こうとしたりすることがあるが、水は、自ら低い方へと流れていくので、他と競争することが無い。

自ら低い所へ身を置こうとする謙虚さと、どんな形にも変化する柔軟さが水の特長であり、人間にとっての最上の生き方だと、老子が教えている言葉。


『我以外皆我師也』とは。

「自分以外のものはすべて私の師である」という意味。

この言葉は、吉川英治著書、小説『宮本武蔵』の中での造語とのこと。

『秀吉は、卑賤に生れ、逆境に育ち、特に学問する時とか教養に暮らす年時(ねんじ)などは持たなかったために、常に、接する者から必ず何か一事を学び取るということを忘れない習性を備えていた。』

『だから、彼が学んだ人は、ひとり信長ばかりでない。どんな凡下(ぼんげ)な者でも、つまらなそうな人間からでも、彼は、その者から、自分より勝る何事かを見出して、そしてそれをわがものとして来た。』


俺にとって、『上善は水の如し』は、生き方の姿勢であり、『我以外皆我師也』は、学ぶ姿勢という捉え方でのテーマと決めたのだった。


この二つのテーマの共通なところは、『謙虚』だと思う。


俺は、俺の中の最強の敵は、『傲慢』だと思っているのだ。

息子が大好きなマンガとして読ませて貰い、それをきっかけに俺も好きになった『鋼の錬金術師』。

昨年ある研修生から、『鋼の錬金術師』に出て来る、『ヴァン・ホーエンハイム』に似ていると言われ、読んでみたくなったのがきっかけだったのだ。


そこで登場するラスボス的存在が、『プライド』という名の『傲慢』だった。


『鋼の錬金術師』は、『七つの大罪』を敵にみなして描かれているのだが、七つの内六つは死んで消滅するのだが、最後のプライドだけは、消滅せずに幼子として生き残るのだ。


そういう意味では、『傲慢』(プライド)というものは、消滅はしないのだろうと思うのだ。

なぜなら、『傲慢』(プライド)の裏側には、『自信と誇り』があり、それが『奢り』になった時、『傲慢』という現象になって現れるのではないかと思うからだ。


『傲慢』として考えるより、『プライド』として考えた方が、多分分かり易いと思う。

プライドには、善い面と悪い面があり、表裏一体となっているから、消滅させることは出来ない。

どちらを表にして生きるのかは自分次第なのだ。


俺は、『自信と誇り』を表にし続ける為に、『謙虚』という勇者を、より強く育てなければならないと思ったのだ。

その為の今年のテーマなのであった。


そして、一つ一つのテーマを身に付けて行くことで、俺の目指す、『慈愛に満ちた、強くて優しい大きな心を持った人間』に、一歩ずつ近づいて行きたいと願う俺なのであった。


更には、その過程の中で、俺の残りの人生を共に歩んでくれるパートナーと巡り会えることを願うのであった。


そして、そのような人と巡り会えた暁には、ハワイのモンキーポッドの前で・・・。


そう願う、俺なのであった。


    【なりたいな、そんな人に】


     その人といると 明るくなる

     その人といると 心が軽くなる

     その人といると 勇気が湧いてくる

     その人といると 元気になる

     その人といると 笑顔になる

     その人といると 楽しくなる

     その人といると 優しくなる

     その人といると 穏かになる

     その人といると 美しくなる

     その人といると 清くなれる

     そんな人になれたら


      (大久保寛司 著書 「考えてみる」より)


俺の道 ~アラカン編~ 令和二年元旦の巻 『完』

2019年10月 6日 (日)

応援メッセージ

池江 璃花子 様

私は昨日、貴女のHPから『応援メッセージ』を送ろうと思い、貴女への手紙を書きました。

でも、送れませんでした。

きっと、文字数が多過ぎて送れないのかなと思いました。


普通に『頑張って下さい』とか、『負けないで下さい』とか、『応援しています』とか、そういう短い言葉なら良いのでしょうが、既に懸命に頑張っている貴女に、私はそういう言葉を送りたいと思わなかったのです。

そして、書き始めたら随分と長いものになってしまったのです。


今朝も再チャレンジで送信を試みましたが、やはりダメでした。

そこで、ブログに掲載だけすることにしました。


『想いよ、届け!』という気持ちで。


池江 璃花子 様 (10月5日記載)

初めまして、璃花子さん。

『晴太老』と申します。


私は、貴女と同じ年の息子を持つ、今年55歳になる一人の父親です。

ただ、私の場合、普通の会社員として、家族を支え守り続けている世の中の父親たちとは少し違う生き方をして来ています。


カッコよく言うと『波瀾万丈』ですが、普通に考えると『しくじりばかり』の人生を歩んで来たのです。
ただ、生き方としては、自由に、自分の生きたいように生きて来たと思っています。


ある人から教わった言葉ですが、人を成長させる『3つのT』。

『倒産』

『投獄』

『闘病』


今の貴女は、その内の一つを経験している最中ですね。

私は、今の貴女と同じ歳の時には、鑑別所に入りました。
その時は、二回目の事件を起こした時でしたので、本来は中等少年院への送致が内定していたのですが、今は亡き親父の機転で少年院送致を逃れ、保護観察処分で済みました。


40になる頃、それまで経営していた会社を潰しました。

手形の不渡りを出した訳ではなかったので、完全な倒産ではありませんが、債務弁済が出来なくなったので、ほぼ倒産と同じです。


私は、3つのTの内、これまでの人生で2つのTを経験して来ました。

『倒産と投獄』です。


残るは、今の貴女が経験されている『闘病』です。

そして、それとは別に2回の離婚を経験しました。


2つのTと離婚の精神的ダメージは、実は私にとってはさほど大きな問題ではありませんでした。

しかし、6年前の2回目の離婚による、最愛の息子との別れだけは耐えがたいものがありました。

息子が中一の時でした。


当時の息子は母親との生活を選択し、母親と共に出て行きました。

その後、私の心は完全に折れ掛け、一時は息子をさらって一緒に死ぬことを考えたこともありました。

しかし3年前、息子は改めて私との生活を選択し、今では一緒に暮らしています。


今の私には、息子と一緒に食べる夕飯(晩酌)の時間が、最も大切な時間になっています。

そのような私にとっての現在の座右の銘は、『明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。』というものです。


人間は、過去に囚われ、執着した後悔と、未来に不安を抱き、怖れを感じる生き物だそうです。

人間の悩みは、全て過去と未来を見た時に発生するのだそうです。


それを打破するのは、『今、ここ』に集中することですよね。

貴女は、その力で、日本を代表するトップアスリートになったのでしょうね。


闘病中の貴女にとっての『今、ここ』は、病と闘うことに気持ちが行ってしまうと思います。

でも私は、闘病中の今の貴女の目の前にある、些細な幸せを感じることにあると思います。


日々、多くの苦しみと闘っている貴女には、大変なことかも知れませんね。

でも、是非とも感じて下さいね。

些細な幸せを。


『幸せ』は、頭で考えるものでは無く、心で感じるものですからね。

私は50を過ぎて、やっとそれに気づいてきました。


『Don’t think. feel !』 (考えるな!感じろ!)

ブルース・リー、『燃えよドラゴン』の名セリフです。 (貴女の歳だと知らないかも知れませんね。)

私の大好きな言葉です。


実は、私は7月下旬に一度、貴女に応援メッセージを送ろうとしました。

しかし、その時は送れませんでした。

貴女のご両親の気持ちやお兄さん、お姉さんの気持ち、身近な友人たちの気持ち、そして何より貴女自身の気持ちを考えた時、掛ける言葉が見つからなかったのです。


私は、正直なところ、特別競泳のファンだったり、貴女のファンであった訳ではありません。

時々スポーツニュースで見掛けて、「若くて凄い子が出て来たなぁ」、「スポーツ選手としては、顔立ちの可愛い子だなぁ」と思っていたくらいでした。


偶然、5月8日の昼頃に、LINEニュースで貴女のオフィシャルサイトの開設を知りました。

最初にHPを見た時の応援クリック数は、5000位でした。

HP内を見て周り、私が応援クリックをしたのは8819(パパイク)でした。

もう一度クリックしてみると、二度目は出来ませんでした。

そして、単純に一人一回だけなんだなと思ったのです。


その後、時々サイトを見ると、1時間で1万人位のペースでクリック数が増えていることにビックリしました。

そして、時々覗いて見ては、クリック数のペースが落ちてはいても、数字が伸びていることで嬉しくなりました。

みんな池江選手のことを心配して応援しているのだなと思い、流石トップアスリートだなと思ったのです。


最初の内は、単純にどのくらいの数になるのか興味があり、眺めている感じでした。

日に日に増加スピードが落ちて行くのを見ていると、逆に寂しさを感じました。


私は、一人一回なんだと勝手に思い込んでいたので、貴女のHPを何度も見てはいても、その後クリックはしませんでした。

しかし、その数が30万位の頃、私は無意識に応援クリックを押してしまったのです。

すると、最初に見た沢山の『ありがとう』が出て来て、初めて一人一回なのではなく、一日一回なのだと気づいたのです。


その後は、HPを見る度に、大体週に2~3度位のペースでクリックしていました。

そして、クリックしている内に応援メッセージを送ってあげたいなと思ったのです。

それが、7月下旬でした。


それまでは、日本のトップアスリートの『池江選手』という目で貴女を見ていました。

しかし、応援メッセージを送ろうとしたら、同じ19歳の子を持つ親としての気持ちになり、貴女のご家族の気持ちを考えて送ることが出来なくなったのです。

そして、送れない代わりに、私はその日から毎日貴女の無事を願ってクリックをすることにしたのです。


すると、まだ会ったことも無い、ただTVで見ただけの貴女に多くの気づきを与えて貰えたのです。

そして、涙が溢れて来たのです。


私は、その想いを私の個人ブログに書きました。

このブログは、私がこれまでの人生での気づきを少しずつ綴っているだけのものですから、読者はいません。


ただ、偶然にも私のブログに出会ったしまった方や、将来、息子が私の歩んで来た道の一部を知るきっかけになり、将来息子が歩んで行く道の一助になれば良いなとの想いで日々綴っています。


私は、先にも書いた通りの経験をして来ている事から、今の私に息子に残せるような資産は何もありません。

ただ、『言葉』は遺せるのではないか、との想いでブログに綴っているのです。


しかし、毎日クリックしていると面白いことが沢山あります。

8月頃は、日々の増加数が2~3000ずつ増えていましたね。

そして、何かあると、一気にその増加数が8000~10000位増えるのです。


毎日のクリックする時間は一定ではありませんが、ある時から、クリックした時の数を記録するようにしたのです。


すると、8月24日に、『883114』だったのです。

この数字を眺めていて、私は突然気づいたのです。

『パパさん、イイヨ』だと。


なんか、凄く褒められた感じがして、私は一人で嬉しくなりました。

私は、画像で保存しました。


少し前にTVで、貴女がプールサイドで日大の応援に出ている姿を見た時には、「やっと外出できたんだなぁ」と思い、思わず涙が溢れて来ました。

一緒にTVを見ていた息子に、「とうちゃん、なに泣いてんだよ」と、笑われてしまいました。


一昨日の応援クリックが100万を超えた時は、前日が995817でした。

私は、明日か明後日には100万達成だなと思っていました。


そして、朝8時頃に見ると、999200位でした。

私は、今日100万行くなと思い、もう少し待ってからクリックしようと思ったのです。

少しでも100万に近づきたいと思ったのです。


そして、12時位にクリックしようと思っていたのが、うっかりして15時過ぎになってしまったのです。

すると既に100万を超えていて、私がクリックしたのは、1000402でした。


その時の私の気持ちは、ブラックジャックで21を狙いながらドボンになってしまったような気持ちでした。

私は、『100万に近づきたい』という欲に負けたのです。

思わず、自分の愚かさに笑ってしまいました。


長々と無意味なようなことを書いてしまい、申し訳ありません。


でも、伝えたかったのは、私はこうして会ったこともない貴女に日々幸せを頂いているということです。

『この時代に生まれて来てくれてありがとう』という想いです。

貴女は、『記録』にも、そして人々の『記憶』にも残る人に既になっていますよね。


貴女は、人並み外れた精神力の持ち主なのだろうと思います。

でもそれは、トップアスリート『池江選手』としての貴女だと思います。

しかし本当の貴女は、ごく普通の19歳の一人の少女だとも思います。


今回、私がこのメッセージを送ろうと思ったのは、日本のトップアスリートとしての『池江選手』にではなく、19歳の一人の少女としての『池江璃花子さん』に、私の感謝の気持ちを伝えたいと思ったからです。


池江選手には、周りから沢山の声援や期待がありますよね。

でも私は、19歳の少女としてのあなたを大切にして欲しいなと思っています。

そして、少女の貴女を応援しています。


最後に一つ提案があります。

貴女のご両親や、お兄さん、お姉さんに、貴女が生まれる前のことを教えて貰うと、きっと沢山の気づきや喜びがあると思いますよ。

ご両親の子ども時代に遡って、お二人が出会う前の実らなかった恋愛話しなんかも面白いと思いますよ。

ご夫婦間で知らないことも、きっと貴女にだけは内緒で教えてくれるかも知れません。


貴女が生まれて来る前のご家族一人一人のことを知ること。

色々な発見があり、楽しいと思いますよ。


私は、ブログに自分の過去を小説風に書く様になりました。

実は、小説風に書くことに気づいたきっかけにも、貴女への応援クリックが絡んでいるのです。

それを書きながら、私は今まで気づけなかった自分に気づき、毎日がとても楽しいのです。


みんな自分のことを知っている様で、知らないのが人間なのかも知れないと思ったりしています。

『今の楽しみ方』の参考になってくれると嬉しいです。


是非、今を楽しんで下さいね。


一日一日を毎日楽しんでいった結果、きっと貴女には素晴らしい未来が待っていると、私はそう信じています。


これからも毎日応援クリックをさせて頂きますね。

ありがとうございました。


『応援メッセージ』 (了)

2019年8月24日 (土)

存在というもの (2)

(2)存在に感謝

私が毎日池江選手のHPで応援クリックをする度に、世界中の言葉で『ありがとう』のメッセージが、シャボン玉、あるいは水泡のような形で浮かんでは消えていくのです。


そして、毎日HPの池江選手の泳ぐ画像を見ていて、彼女の無事を願い応援しているつもりが、いつしか自分が応援されている気持ちになって来たのです。


そして、息子が小学生の頃、毎朝一緒にウォーキングをしていた時に息子に話した話しを思い出したのです。


息子が小学3年生か4年生位の頃だったと思います。


私たちは毎朝6:30頃から、近くの緑道(1周3Km位)をウォーキングしていました。


その際、私と息子は、すれ違う全ての人に元気よく「おはようございます!」と挨拶していました。

そして、ほとんどの方は挨拶を返してくれるのです。


ある日のこと、ウォーキングを始めた直後にすれ違ったおじいさんに、いつも通り二人で元気よく「おはようございます!」と挨拶をしたのですが、そのおじいさんは挨拶を返してくれなかったのです。


それに対して息子は、「折角挨拶してるのに何でしてくれないんだ!」と、私に怒って言ったのです。


私は、「そうだなぁ、でも、もしかしたら耳が遠くて聞こえなかったのかも知れないし、考え事をしていて聞こえなかったのかも知れないなぁ」


「でも、挨拶を返してくれなかったからって、お前が怒ることじゃないんだよ」

「挨拶は、相手の人に返して貰うためにしてるんじゃないんだよ」

「挨拶は、とうちゃんとお前がしたくて勝手にやってることなんだからな」


「もし、あのおじいさんがいなかったら、挨拶できなかったんだぞ」

「だれもいないところで壁に向って挨拶はしないだろ?」


息子はその姿を想像したのか、笑いながら「そうだね」と応えたのです。


私は、「だから、あのおじいさんは、挨拶を返してはくれなかったけど、居てくれただけでありがたいことなんだよ」と話して聞かせたのです。


当時の私は、ジョギングもウォーキングもほぼ強制で一緒にやらせていましたので、スパルタではありましたが、こういう話を歩きながら、私なりに一生懸命聞かせてもいたのでした。


池江選手のHPで毎朝応援クリックをしている内に、そういう想いが蘇って来たのです。


そして、始めの頃は池江選手や、そのご家族、特にご両親の心痛を思い、無事を願うだけの気持ちだったものが、いつしか池江選手の存在そのものに対する感謝の気持ちが溢れてくるようになって来たのです。


そして池江選手を生み育ててきたご両親や、そのご家族にも同じ気持ちが生まれて来たのです。


今では、『無事を願っている』のではなく、『無事を願わせて頂いている』という気持ちになっているのです。


これまでも、そういう考え方は頭では分かっていました。

そして、人に話したり、教えたりもしてきました。


でも、今回、池江選手のお陰で、『人間の存在そのものに価値があること』を心底感じることが出来たのです。


息子以外の存在で、それも直接会ったことも無い人に、心底、『生まれて来てくれて、ありがとう』と思えたのです。


池江選手の無事を願う気持ちから始めた、たった1日1回のクリックから、こんなに大きな『気づき』というご褒美が頂けるとは考えてもみませんでした。


『池江璃花子さん。これからも毎日、貴女の無事を願って、1日1回応援クリックをさせていただきます!』


『貴女の存在に感謝します!』


『ありがとうございます!』

『存在というもの』 (了)

2019年8月22日 (木)

存在というもの (1)

(1)池江璃花子選手

私は、5月8日の昼頃、LINEニュースで池江選手のオフィシャルホームページの開設を知りました。


何気なく見てみる気になって、HPを一通り見てから応援クリックを押したら、色んな国の言葉でシャボン玉、あるいは水泡のような『ありがとう』が沢山浮かんで来て感動したのです。


そして、もう一度『ありがとう』のメッセージが見たくて、再度クリックしたのですが、二度目は押せませんでした。


私がHPを見た時のクリック数は、5000位だったのですが、実際にクリックした時は、『8819』人目でした。


僅か10分か15分位で3000人位がクリックしているのかと驚きました。


そして、1時間おき位に更新してみると、1万人位のペースで増えていて、そのスピードに更に驚きました。


「みんな、池江選手のことを心配しているんだなぁ・・・」と思ったのです。


そして、再度翌日になって見てみると、10万を超えていました。


私は、特別競泳というスポーツが好きな訳ではありませんが、息子が池江選手と同じ年であることから、白血病のニュースを見た時には、ご本人の苦しみは然ることながら、ご両親の心痛を考えると居た堪れない気持ちになったのです。


また、私はこれまでに、お世話になった大切な方を4人癌で失くしています。


その中には、白血病だった方も居て、その方の場合、親族からの骨髄移植までして一時は回復に向ったのですが・・・。


その様な経験から、『どうか無事であって欲しい』と願わずにはいられませんでした。


日本を代表する若くて美しい有名な選手ですから、誰もが復帰を望まれていることと思います。

しかし、私は、『復帰よりも何よりも、まずは、どうか無事であって欲しい』と、ただその想いだけなのです。


その後、時々HPを覗いて見ては、そのスリック数の増え方を見ていたのですが、30万を超えた辺りの頃、何気なくクリックしてみると、またクリック出来たのです。


私はその時、初めてクリック出来るのが、1日1回なんだと気づいたのです。


それからは、2~3日に1回のペースで、気づいた時にクリックしていたのです。


そして、7月の下旬頃、何気なく「応援メッセージを送ってみようかな」と思い立ち、そのメッセージを真剣に考え始めたら、闘病しているご本人の気持ちや、それを支えているご家族や友人たちの気持ちを考えると、安易なメッセージは送れないと思い、書くことが出来なかったのです。


そして、今の私が出来ることとして、その翌日から、彼女の無事を願いながら、毎朝1回クリックし始めたのです。


時間は一定ではありませんが、毎朝クリックしていると、その数の変動が、多い時は5~7000位増えてる時もありますが、ほぼ毎日3000前後位ずつ増えている感じなのです。


きっとこの3000人位の方々のほとんどは、私と同じように彼女の無事を祈りながら毎日クリックしているのではないかと思うのです。


(つづく)

2019年8月14日 (水)

大きな樹

私の昨年暮れに立てた今年の目標は、慈愛に満ちた、『強くて優しい大きな心』を持った人間になるというものです。


それをイメージした時、私の中では特定の人物ではなく、プロフィール画像にも使っている、『日立の樹』で有名な、ハワイのモアナルア・ガーデンにあるモンキーポッド(MONKEY POD)になるのです。


因みにプロフィール画像は、私の仲間の一人が今年の3月にハワイに行って撮って来たものです。


私はそれを譲って貰い、PCとスマホの待ち受け画像を全てこの樹の写真にし、常に『強くて優しい大きな心』を意識しているのです。


それを意識し続けていて、最近ふとあることに気づいたのです。


それは、「この樹は地上に出ている部分も大きいけれど、その根はもっと大きいんだろうなぁ」というものなのです。


そして、それをイメージしていると、地上に出ている部分より、もっと大きく、地中に深く広くひろがっている根の姿が思い浮かんだのです。


そして大きな樹も、地上に出ている部分は1本の雄大な姿ですが、地中では更に大きく根を張り、多くの他の植物や生物と繋がっていて、「みんなと共存しているんだなぁ」と思うのです。


これまでの私は、地上に出ている部分ばかり見ていましたが、最近ではその姿を支えている『根』に意識が向いて来ています。


そして、人の『心』も同じだと思うのです。


どんなに大きな夢や目標を持っていたとしても、それを支える『根』がしっかりしていないと、一時的な小さな成功で終わってしまうと思うのです。


正に30代の私がそうだったと思うのです。


大きな樹を育てるためには、大地を耕し、良い土壌を作り、大きな根を張り、太くて強い幹を伸ばし、大きく枝葉を広げていくこと。


私の中ではそのイメージが、研修を例にすると、大地は『心』、大きな根は『心構え』、太くて強い幹は『モチベーション』、そして大きく広げた枝葉は『感謝』なのです。


その結果として、目には見えない『絆』というものを感じられ、『共存共栄』という花を咲かせ、『幸福』という名の果実が得られるのではないかと思うのです。


そういう人間になりたいと思うのです。


私は、年初にこの目標を持った時、『大きな木』の画像が欲しくて、WEB検索をしてみたところ、ある童話と出会いました。


その童話を読んだ時、父親の息子に対する『無償の愛』を感じたのです。


その童話をここに載せておきます。


【大きな木】


リンゴの木と少年は友達であった。

ともに遊び、心を通わせていた。


しかし少年は大人になってゆきお金が必要になる。

木は「私の果実を売りなさい」と言う。


少年は果実をすべて持っていった。


しばらくして、大人になったその子は家が必要になる。

木は「私の枝で家を建てなさい」と言う。


その子は枝をすべて持っていった。


また時が経ち、男は「悲しいので遠くへ行きたい」と言う。

木は「私の幹で舟を作りなさい」と言う。


男は幹を持っていった。


時が経ち、男は年老いて帰ってきた。

そして「疲れたので休む場所がほしい」と言う。

木は「切り株の私に腰をかけなさい」と言う。


男は腰をかけた。


木は幸せであった。


『大きな樹』 (了)