考え方

2019年8月28日 (水)

人生の英知 (2)

(2)幸運とは

狼の群れでは、全員がリーダーになろうとはしないそうです。


そして、狩りに長けた狼、周到に待ち伏せる狼、スピードのある狼、そして、静かに獲物に忍び寄るのが得意な狼など。


それぞれが自分の持ち味を熟知していて、それを集団のために活かす術を磨いているのだそうです。


それは、それぞれの狼が己の『役割』を知っているということだと思います。


しかし、だからと言って、彼らがリーダーに挑まないという訳ではなく、時として、ボスの座を争う死闘も繰り広げられるのだそうです。


そして、狼は、子供の頃からの仲間との遊びを通じて、自分は何が得意なのか、不得意なのか、好きなのか、嫌いなのかを習得して、自分の存在価値を認識していくのだそうです。


それは、人間も同じなのですが、『人間』と『狼』で決定的に違うことがあるとのこと。


それは・・・


狼は、『PACKのために最良の手段は?』と常に考えるのです。


しかし人間は、『自分のために何がベストか?』に想いを馳せてしまう点なのです。


自分のためになら、会社や友人、家族までも犠牲にしてしまう人間。


しかし、狼にはそのような生き方はないのです。


だからこそ、PACKが栄えて、PACKのメンバー全員に『満腹』という福が舞い込むのです。


そして、狼には天敵がいないのだそうです。


自分たちの感性や感覚、仲間意識と結束力を磨き続けるPACKには、襲う弱点、付け入る隙がないからだと考えられています。


修練、準備、計画、連絡、戦術を常に磨く『 WOLF PACK 』 には、目的達成と勝利しか脳裏にはないのです。
  

そして彼らは、獲物が現れたとき、つまり、チャンス到来の際に即行動がとれる体制を常に整えているのです。


彼らは、ある意味、『緻密な目的意識と準備戦略の達人』ということなのです。


英語のことわざでは、『 Luck is a matter of preparation meeting opportunity. 』と言うそうです。


これは、『幸運とは、準備がチャンスに巡り会うこと』です。


私はこの言葉を知り、正にその通りだと思ったのです。


私は、『幸運』とは、訪れて来るものではなく、自らが掴み取るものだと思っています。


常に感性を磨き、心の準備、所謂、『心構え』が出来ていないと、幸運には気づくことさえ出来ないのですから。


狼は、本能で、『 One for all , All for one 』の考え方と生き方を身に付け、天敵のいない、正に『無敵の世界』に生きている動物だと思いました。


しかし人間は、本能では持っていないかも知れませんが、知識として学び、それを活かしていく知恵を持っている生き物だと思うのです。


自分自身が生きる目的を明確にし、それに焦点を合わせ、知恵を絞っていく生き方こそが、人生の英知といえるのではないかと思うのです。


私の大好きな言葉です。


  一生懸命だと、知恵が出る。

    中途半端だと、愚痴が出る。

      いい加減だと、言い訳が出る。 (武田信玄)


『人生の英知』 (了)

2019年8月26日 (月)

人生の英知 (1)

(1)狼の英知

先日、『ラグビーの精神』というタイトルで、『 One for all , All for one 』 の本当の意味を記事にしました。


その本当の意味を知った時、私は目から鱗でした。


そして、ある時、その、『 One for all , All for one 』 の考え方、そして生き方を常に実践している人間以外の動物がいることをあるサイトで知りました。


私は、その記事を見て感銘しました。


その動物とは、『狼』なのです。


以下にその記事に書かれていた事を記載させていただきます。


狼の群れのことを英語では、『 WOLF PACK 』といい、団結力の象徴なのです。


彼らは、集団の中での『自分の役割』、『立ち位置』、『サポートシステムのパーツとしての生き方』を熟知しています。


『お互いがお互いのために存在する』という、究極の生存意識を持って行動しているのです。


彼らの意識を一言で表現すると、『常に成功を脳裏に描いている』のです。


つまり、何世紀にもわたる進化の過程で彼らのDNAに埋め込まれた英知が、自分たちの目的達成に必要な行動だけに集中する特技として形になっているのです。


彼らは、常に戦略的な行動を試行錯誤しながら、仲間と連携し、作戦を実戦に移して獲物を狙うのです。


そして、捕獲の瞬間には、それぞれが自分の役割や行動を遂行するだけではなく、『PACK(集団)が、自分に何を期待しているのか?』を認識して実践するのです。


こう書かれていました。


私は、『PACK』を『チーム』に変えると、正にラグビーの、『 One for all , All for one 』 と同じだと思ったのです。


ラグビーの目的は『トライ』ですが、狼の目的は『獲物を捕ること』なのです。


私は、この記事で、『狼』という動物が、集団で行動する生き物であることを初めて知ったのです。


そしてそれが本能として備わっているのだとしたら、素晴らしい世界に生きている生き物だと思ったのです。


そう考えると、若い頃から集団行動が苦手で、『一匹狼』を気取って来た私は、如何に愚かな生き方をしてきたのかと、思わざるを得ないのでした。


(つづく)

2019年8月20日 (火)

ラグビーの精神 (3)

(3)『 One for all , All for one 』 の真の意味

私は、この言葉が大好きです。


2014年10月に初めて研修を受講し、3日間の研修を終えた翌朝、私は夢の中でこの言葉を叫び目を覚ましたのです。 

それまでの私は、その言葉の意味を、『一人はみんなのために、みんなは一人のために。』だと思っていたのです。


しかし、ある時、その意味の間違いに気づかせて貰えるサイトに出会い、その本当の意味を知ることが出来たのです。


そして、その記事は、元ラガーマンが書いた記事でした。


そこには、このように書かれていました。


一般的には、『一人はみんなのために、みんなは一人のために。』と思われています。

しかし、正しくは、『一人はみんなのために、みんなは一つの目的のために。』です。


そして、ここでいう目的は、ラグビーの場合はトライです。


ラグビーは、攻撃をする際、サインが出て全員がそのサイン通りの動きをするスポーツです。

サインはトライを取るために出すので、理論的にはサイン通りに全員がプレーすれば必ずトライが取れます。

しかし、これが現実ではなかなか取れません。


取れない理由はシンプルに2つしかありません。


① 敵のディフェンスがうまい。

② 味方がミスをした。


このどちらかです。


どちらにしても、突然前提条件が崩れ、想定していない事態が発生するのです。

しかし、当然ボールをキープして攻撃を続けないとトライは取れません。


では、どうやってボールをキープするのでしょうか?


ボールを持っている人間が役割を果たせなかった事を常に想定し、フォローしていればキープできます。


ですから、

* ミスはいつでも起こる。 (という想定)

* それを仲間が全力でフォローする。 (想定外な事が起きてもフォロー)

* ミスは起きるものなので、ミスを責めない。

* 逆にフォローしていなかった事を責める。

といったマインドになります。


この繰り返しを経て、一つの目的(トライ)に繋げるのです。


ラクビーというスポーツは、ポジションごとの役割が定まっていて、体格もスキルもパワーもそれぞれが違う15人が仲間を信頼して、始めてチームが成り立つスポーツなのです。


誰が一番うまいか?という質問は、ラクビーでは難しく、それぞれが、それぞれの役割をちゃんとやり、またお互いをリスペクトし合わないと勝てないスポーツなのです。


と、このように書かれていました。


私は、これを読んだ時、『目から鱗』でした。


そして、続けて、


つまり会社においても、『誰が優秀か?』などではなく、それぞれの役割をきちんと果たしながら、チームが一つの目的に向かって機能し、お互いリスペクトし合い、フォローしていく、ということが大切になります。

だからこそ、自分の考えをもって、仲間を信頼して進むことが大切なのです。


と書かれていたのです。


これは、正に私たちの研修で気づいて貰おうとしていることを的確に表現されていると思ったのです。


『 One for all , All for one 』の本当の意味は、

『一人はみんなのために、みんなは一人のために。』ではなかったのです。

『一人はみんなのために、みんなは一つの目的のために。』だったのです。


『ノーサイドの精神』を根底に持ち、『 One for all , All for one 』の意味を真に理解し、その目的が同業他社に勝つことや、単に売上を伸ばすことではなく、チーム全員の一人一人が、より幸せになること、より成長すること、より進化することと考えられる企業や組織が、今後成長していくのではないかと思うのです。


私は、研修というものを通じて、その為の協力をさせて頂けて、とても幸せです。


そして今、この時代に生まれ、生きて、今いる友や仲間たちと出会い、研修に関われていることを誇りに思っています。


『ラグビーの精神』 (了)

2019年8月18日 (日)

ラグビーの精神 (2)

(2)ノーサイド

ドラマのタイトルにもなっている、『ノーサイド』という言葉。


これは、ラグビー用語で試合終了のことです。

試合が終われば自陣と敵陣のサイドはなくなり、勝った側も負けた側も無いという意味です。


それは、私流に考えると、ある意味、『試合が終われば、みんな仲間』という意味でもあると思っています。


正に私の考える、『無敵の世界』でもあると思っているのです。


そして、これは私も後から知ったことなのですが、ラグビーには、


『 after match function 』(アフターマッチファンクション)というものがあるのだそうです。


これは、試合終了後、両チームの選手やスタッフ、審判団や協会関係者などが一堂に会して、軽食や飲み物を楽しみながら、お互いの健闘を称え合い、労をねぎらう交歓会のことです。


このアフターマッチファンクションは、ラグビー独特の催しだそうです。

試合と試合後の交歓会までの全てで、『ラグビー』なのだそうです。


エキサイトし過ぎて殴り合い寸前まで行ったとしても、試合が終われば笑い話にして全てを水に流し、敵も味方も無く互いを尊重する。


それが、『ノーサイドの精神』なのです。


そして、このアフターマッチファンクションは、大人だけでなく、ジュニアの試合でも行われているそうです。

試合後、敗れてどんなに悔しくても笑顔で握手することで、子どもたちは一段とたくましく、大人へと成長していくのだそうです。


素晴らしいですね。


私は中1~高1まではサッカーをやっていましたが、サッカーにはそのような言葉や催しは無いと思います。

(私が知らないだけかも知れませんが・・・)


また、サッカーなんかは、試合の勝敗でサポーターによる暴動のようなことがあったり、活躍出来なかった選手が批難されたりがあると思いますが、ラグビーにはそういうことが無いようにも思います。


競技でありながら、単なる勝ち負けだけに拘らない、『ラグビー』というスポーツには、多くの学びがあると思っているのです。


(つづく)

2019年8月16日 (金)

ラグビーの精神 (1)

(1)夏ドラマ 『ノーサイド・ゲーム』

今年の夏ドラマ、『ノーサイド・ゲーム』は、個人的には面白いと思って見始めました。


私は、TVは全て録画したものを見ています。


このドラマは、ラグビーワールドカップ2019の開幕を来月に控え、ラグビー人気を高めるためのドラマだとも思います。


昨年9月に放映された、NHKの『不惑のスクラム』に続く、ラグビーW杯に向けたものだと思うのです。


そして、やはり池井戸作品は見ていて面白いと思うのです。


特に今回は、大泉洋のボケと松たか子の突っ込みが、軽妙なアクセントになっている感じがして、この夫婦関係が、いいなぁと思ったのです。


特に第二話での松たか子(妻)が、ラグビー部監督の人事で頭を悩ませ溜息をついている大泉洋(夫)に対して言ったセリフが凄かったのです。


「何なのさっきから?!」

「はぁーはぁー、はぁーはぁー、溜息つくくらいなら、呼吸しないでくれる?!」


夫の大泉洋は、一言、「すみません・・・」。


これには本当に驚きました。


普通だったら、「うるさい!」とか、「うっとおしい!」だったりだと思うのです。

しかし、それだと言い訳したり、言い返したりしたくなってしまうと思うのです。


そこへ、「溜息つくくらいなら、呼吸しないでくれる?!」と言われたら・・・。


私だったら、思わず納得して謝るか、本当に息を止めて死んだふりをするか、笑って降参するくらいしかできないなぁ・・・と思ったのです。


私は、このセリフで、一気にこのドラマが好きになりました。


そして、この『ラグビー』というスポーツ。


野球、サッカー、バスケット、バレーボールなどに比べて、スポーツとしての人気は今一つだと思います。


実際、私もあまりルール自体を正確には知らないのです。


ただ、ルールはあまり知りませんが、ラグビーには、『ノーサイド』や、『One for all, All for one』という有名な言葉があり、その精神性は、他のスポーツにはあまり見られないものがあると思っています。(私が知らないだけかも知れませんが・・・)


あれだけ屈強な男たちのぶつかり合いのスポーツでありながら、『紳士のスポーツ』といわれている所以なのではないかと思います。


それは、試合に対する考え方であったり、チームに対する考え方であったり、役割に対する考え方であったり、責任に対する考え方であったりが、他のチームプレーのスポーツよりも明確になっているように思うのです。


それが、『ノーサイド・ゲーム』の第二話で、『ラグビーは、1(人)×15(人)=0にもなるし、1(人)×15(人)=100にもなるスポーツ』だという表現がされていて、それがとても印象的でした。


そして、その個人の能力を最大限に引き出す役割が監督(=経営者)として表現されているのです。


ドラマの内容ではありませんが、このラグビーというスポーツの精神性というものが、実は私は大好きなのです。


ラグビーの精神性が、今後ドラマでどう表現されていくのか、楽しみにしたいと思います。


(つづく)

2019年8月14日 (水)

大きな樹

私の昨年暮れに立てた今年の目標は、慈愛に満ちた、『強くて優しい大きな心』を持った人間になるというものです。


それをイメージした時、私の中では特定の人物ではなく、プロフィール画像にも使っている、『日立の樹』で有名な、ハワイのモアナルア・ガーデンにあるモンキーポッド(MONKEY POD)になるのです。


因みにプロフィール画像は、私の仲間の一人が今年の3月にハワイに行って撮って来たものです。


私はそれを譲って貰い、PCとスマホの待ち受け画像を全てこの樹の写真にし、常に『強くて優しい大きな心』を意識しているのです。


それを意識し続けていて、最近ふとあることに気づいたのです。


それは、「この樹は地上に出ている部分も大きいけれど、その根はもっと大きいんだろうなぁ」というものなのです。


そして、それをイメージしていると、地上に出ている部分より、もっと大きく、地中に深く広くひろがっている根の姿が思い浮かんだのです。


そして大きな樹も、地上に出ている部分は1本の雄大な姿ですが、地中では更に大きく根を張り、多くの他の植物や生物と繋がっていて、「みんなと共存しているんだなぁ」と思うのです。


これまでの私は、地上に出ている部分ばかり見ていましたが、最近ではその姿を支えている『根』に意識が向いて来ています。


そして、人の『心』も同じだと思うのです。


どんなに大きな夢や目標を持っていたとしても、それを支える『根』がしっかりしていないと、一時的な小さな成功で終わってしまうと思うのです。


正に30代の私がそうだったと思うのです。


大きな樹を育てるためには、大地を耕し、良い土壌を作り、大きな根を張り、太くて強い幹を伸ばし、大きく枝葉を広げていくこと。


私の中ではそのイメージが、研修を例にすると、大地は『心』、大きな根は『心構え』、太くて強い幹は『モチベーション』、そして大きく広げた枝葉は『感謝』なのです。


その結果として、目には見えない『絆』というものを感じられ、『共存共栄』という花を咲かせ、『幸福』という名の果実が得られるのではないかと思うのです。


そういう人間になりたいと思うのです。


私は、年初にこの目標を持った時、『大きな木』の画像が欲しくて、WEB検索をしてみたところ、ある童話と出会いました。


その童話を読んだ時、父親の息子に対する『無償の愛』を感じたのです。


その童話をここに載せておきます。


【大きな木】


リンゴの木と少年は友達であった。

ともに遊び、心を通わせていた。


しかし少年は大人になってゆきお金が必要になる。

木は「私の果実を売りなさい」と言う。


少年は果実をすべて持っていった。


しばらくして、大人になったその子は家が必要になる。

木は「私の枝で家を建てなさい」と言う。


その子は枝をすべて持っていった。


また時が経ち、男は「悲しいので遠くへ行きたい」と言う。

木は「私の幹で舟を作りなさい」と言う。


男は幹を持っていった。


時が経ち、男は年老いて帰ってきた。

そして「疲れたので休む場所がほしい」と言う。

木は「切り株の私に腰をかけなさい」と言う。


男は腰をかけた。


木は幸せであった。


『大きな樹』 (了)

2019年8月12日 (月)

最強 VS 無敵 (2)

(2)どちらが幸せなのか?

彼は私の問いかけに、言いにくそうにしながらも言いました。

その相手は、なんと研修に一緒に参加している、年下の上司だったのです。


私は言いました。


「なんだ?!」

「一緒に研修に出てるのか?!」

「じゃあ、何で昨夜の内に話しをしてないんだ?」

「もし、昨夜の『心構えの合格』で、君が決めた覚悟が本物だったら、昨夜の内に話しをしていても良かったんじゃないのか?」


「そうですね・・・」


「そうか、年下が上司になったから、素直になれなかったのか?」


「・・・」


「そうだよなぁ・・・」

「すねちゃうよなぁ・・・」

「ひがんじゃうよなぁ・・・」

「やきもち焼いて、嫉妬しちゃうよなぁ・・・」


「俺だって、きっと同じだと思うよ」

「負けを認めたくないしなぁ・・・」


彼は、頷きながら、再度涙を流し始めるのです。


「でも、それなら、話しは早いじゃないか」

「これが終わったら直ぐに話せば良い」


「でもな、さっき君が話したことを話す前に、一言いった方が良い言葉があるんだ」

「何だと思う?」


「・・・」


彼は考えます。


私はヒントを与えました。


「小さい子がケンカして仲直りする時になんて言うか知ってるか?」


「ごめんなさい・・・?」


「そうだ!」


彼は号泣するのです。


そして、私もその姿に涙しながら、彼に言いました。


「素直になるっていうのは、そういうことなんだ」

「意地を張り合って、相手を言い負かすことが強いんじゃない」

「素直になって、自分の非を認めて、先に誤る方が、勇気がいるし、強いんだ!」

「そして、実は、そっちの方がカッコイイんだよ!」


彼は、泣きながら思いっきり頷くのです。


その彼に私は、更に言いました。


「人はな、同じ職場で働く仲間であっても、そこで出世や成績を競ってライバル関係になると、それは表面的には仲間であっても、本当の仲間だと思えなくなってしまうんだ」


「仲間ではなく、敵になってしまうんだ」


彼は言いました。


「僕もそう思ってました」


「そうだろ?!」

「だから、素直になって心を開けなくなるんだ」


「相手に勝つこと、負かすことばかり考えちゃうんだよ」

「それでは、同じチームのはずなのに、チームではなくなってしまうんだ」


「だから、1番とか最強を目指してはダメなんだよ」

「俺は、若い頃それで沢山失敗してきたんだ」

「だから、みんなにはそうなって欲しくないんだ」


「君は、結婚してるんだよな?」

「子どももいるんだろ?」

「奥さんと子どものことは好きか?」


「大好きです!」


「その大好きな家族に仕事の疲れやストレスをぶつけてないか?」


「ぶつけちゃってます・・・」


「それで幸せって言えるのかな?」


「言えませんね・・・」


「そうだよな」


「家庭は、仕事での疲れやストレスを発散する場ではないんだよ」

「仕事に生きがいややりがいを感じて、働くこと自体に幸せを感じられるようになることが大切なんだよ」


「そのためには、一緒に働いている人たちを仲間だと思うことが大切なんだよ」

「人それぞれの個性を認め合って、受け入れ合って、みんなを家族のような仲間だと思って、大好きになることなんだ」


「わかるか?」


「はい!」


「そうすれば、大好きな仲間たちと働けること自体に喜びを感じて、幸せを感じられるようになるんだよ!」

「そうしたら、その幸せを家庭に持ち帰るんだ」


「子どもはそういうのに敏感だぞ!」

「直ぐに感じ取るからな!」

「そうすれば、家庭は今よりもっと明るくなって、もっと幸せになる!」


「そして、その幸せを今度は職場に持ち帰るんだ!」

「その繰り返しが幸せの連鎖になるんだよ!」

「だから、君自身が幸せになることが、みんなを幸せにすることになるんだよ」


「わかるか?」


「はい!」


「その為には、上司とか部下とかの肩書を捨てて、一つのチームとして、自分の周りにいる全ての人を、みんな良いところも悪いところもある、一人の人間として、仲間として受け入れるんだよ」


「自分の周りにいる人たちは、敵は一人もいない、みんな仲間なんだ!」

「辛いことも、苦しいことも、悲しいことも、悔しいことも、楽しいことも、嬉しいことも、みんなで共有できる仲間なんだよ!」


「そうなったら良いと思わないか?」


「はい!」

「良いと思います!!」


「そうしたいと思わないか?」


「思います!!」


「そういう世界を作るのは君自身なんだ!」

「わかるか?」


「はい!!」


「敵は一人もいない!」

「周りにいる人はみんな仲間!」

「そういう世界を何というか知ってるか?」


「・・・・・」


「そういう世界を、『無敵』というんだ!」


「!!!!!!!!!!」


彼には、この言葉が相当心に響いたらしく、大号泣するのです。


そして、私は彼に言いました。


「目指すべきは、『最強』ではなく、『無敵』の世界なんだ!」

「わかるよな?」


「はい!」


「その無敵の世界を作り上げるのは、君自身なんだからな!」


「はい!」


「よし!」

「俺は君を信じる!!」

「絶対に無敵の世界を作れると信じるからな!」


「はい!」

「信じて下さい!!」


「よし!」

「そうしたら、試験は一旦ここで修了するけど、一旦戻って、さっき話した上司がいたら、その人に直接、心構えで思ったことを話してみろ」


「そして、君の話しにその人がどう感じているかを見るんだ」

「そして、その彼を見て、君自身がどう感じるかを感じとるんだ」

「そして、その気持ちを次の試験にぶつけるんだ!」


「いいな!」


「はい!」


「もし、この後戻った時に、その上司がいなかったら、その人を待たなくていい」

「点数だけ書いて直ぐに次の試験にチャレンジすること!」


「今の気持ちを絶対に忘れるな!」

「今、俺と話して感じたことを、次は君自身の言葉で話すんだ!」


「いいな!」


「はい!」


「俺は君を信じるからな!」

「無敵の世界を作るんだぞ!!」


「はい!」


「只今の点数は○○点!」


「はい!」

「ありがとうございました!!」


この彼は、この時すでに、私の中では『合格』でした。

そして、この後2回目の試験で、見事合格となったのでした。


そして全ての研修生は、三日間の研修が終了した時、この『無敵の世界』を体感し、その素晴らしさを味わうのです。


一緒に研修に参加し、同じ苦しみや辛さ、悔しさを味わい、そして共に喜びあった研修生同士だけではなく、試験管として、厳しいことを言われ続け、敵のような存在だったインストラクターやトレーナーたちも、実は仲間であったことに研修生自身が気づくのです。


一人一人が誰とも比べず、競わず、『無敵の世界』を目指し、みんなでハッピーになり、その結果・・・。


気づいたら、何かの世界で一番になっていた・・・。


誰かのかけがえのない人になっていた・・・。


そして、みんなの大切な人になっていた・・・。


私は、「そういう人でありたいなぁ」と思うのです。


そして、みんなに、「そういう人になって欲しいなぁ」と願うのです。

私の大好きなブルース・リーの『燃えよドラゴン』の中で、老子との会話で、こんな会話があります。

老子は問います。


「そこで聞こう」

「究極の技とは何だ?」


「型を持たぬことです」


「敵の前で何を思う?」


「敵などいないと・・・」


ドラゴンの心の中は、常に『無敵』なんですね・・・。


『最強 VS 無敵』 (了)

2019年8月10日 (土)

最強 VS 無敵 (1)

(1)どちらが強いのか?

『最強』と『無敵』、どちらも強そうですよね。


現代社会は、基本的に競争社会です。

人は小学校に入学してから、学業やスポーツで競い出します。

企業は日本一を目指したり、地域ナンバーワンを目指したり・・・。

人や企業は成長と共に高みを目指して行きます。


私も若い頃は、営業成績で一番を目指したり、それこそ独立後は夢を描き、不動産業界の在り方を変えたいと思い、『不動産流通革命』を謳い、業界を敵に回して闘った時もありました。


私は、この競い合うこと自体は悪いことだとは思いません。

しかし、競い合う中で生まれて来る心理が必ずしも良いものだとは、今では思っていないのです。


対象範囲が大きいか小さいかは別にして、1番を目指すということは、『最強』になるということです。

その場合、常に競い合い(闘い)、勝ち続けなければならないのです。


それに対し、『無敵』とは、この世で一番強くて誰にも負けないということなのでしょうか?


私は、違うと思うのです。


『無敵』とは、『自分の周りに敵がいない』という状態だと思うのです。


それは、『戦わずして勝つ』というものとも少し違うと思っています。


私の思う『無敵』とは、『自分の周りはみんな仲間』だという状態です。


私は、研修の中で、時々この話しをするのです。


先月の研修でも、ある業界でナンバーワン企業の社員の方が数名研修に参加されて来ました。


その企業の社員の方の一人と、研修二日目で初日の第二項目『心構え』に続く、三番目の項目『モティベーション』での試験でのことです。


その研修生は、まず前日の『心構え』で気づいた、『本当の自分のありたい姿』を話し、そうなるために今後どうして行くのかを説明したのです。


私は言いました。


「言ってることは間違ってない」

「でも、それでは、単なる説明でしかない」

「具体的にはどうするの?」


彼は言いました。


「素直になって、自分から心を開いて話しをします」


私は言います。


「素直になって、心を開いて話すって、どういうことなの?」

「何を話すの?」


彼は、前日の『心構え』の項目で自分が気づいたこと、そして自分が変わったことを涙ながらに一生懸命私に話しました。


彼の変わろうとする気持ちは私に伝わり、私も涙が溢れてきます。


そして、私は言いました。


「それは『心構え』の話しだよな」

「じゃあ聞くけど、その話しを誰にするの?」


「会社の一番苦手な人です」


「そうか・・・」

「苦手な人か・・・」

「それは、良い考えだな!」

「一番苦手な人を最初に攻略できたら、その後が楽だからな!」


「はい!」


「で、その苦手な人って誰なんだ?」


「・・・」


(つづく)