俺の道 50代編

2020年1月 1日 (水)

俺の道 ~アラカン編~ 令和二年元旦の巻

◆ 一年の計は元旦にあり ◆

新年あけましておめでとうございます。


俺の昨年の目標は、『慈愛に満ちた、強くて優しい大きな心を持った人間になる』というものだった。

その為の表現が、『大きな樹のような心の持ち主になる』というものだったのだ。


そして、俺にとっての『大きな樹』のシンボルは、『日立の樹』で有名な、ハワイのモアナルア・ガーデンにあるモンキーポッド(MONKEY POD)なのだ。


この目標は、まだまだ達成までには遠く及ばないと思っている。

それどころか、一生掛けて追い求め続けるものだと思っているのだ。


そして、その為の昨年のテーマは、『優しい人間になること』、『優しさを表現出来る人間になること』としてきた。


俺は、昨年の7月からブログを始め、8月に自分の過去を小説風に書くことに気づいたことで、自分の当時の感情に気づくことができ、自己受容が徐々に進んで来たのだと思うのだ。


それにより、物事の捉え方が変わり、自分自身の変化を感じられているのだ。


しかし、その変化の中、自分自身で注意をしていながらも、先月の研修で気づいたように、自分自身の成長が過信になってしまったり、過信による傲慢さが現れたりと、反省点がまだまだ多いことも改めて気づかされたのだった。


そして、今年の目標とテーマは、昨年の目標とテーマを継続しながら、それに新たなテーマを追加していくことにしたのだ。


その新たなテーマは、先月の研修に行く前から内心で決めていたのだが、その研修での反省から、それが最も適しているとの確認が出来たと思っているのだ。


そのテーマは二つだ。


『上善は水の如し』


『我以外皆我師也』


2020年の俺の新たなテーマだ。


『上善は水の如し』とは。

人間は、自分を上に見て貰いたいと焦ったり、人と接する時も自分の方を上の優位なポジションに持って行こうとしたりすることがあるが、水は、自ら低い方へと流れていくので、他と競争することが無い。

自ら低い所へ身を置こうとする謙虚さと、どんな形にも変化する柔軟さが水の特長であり、人間にとっての最上の生き方だと、老子が教えている言葉。


『我以外皆我師也』とは。

「自分以外のものはすべて私の師である」という意味。

この言葉は、吉川英治著書、小説『宮本武蔵』の中での造語とのこと。

『秀吉は、卑賤に生れ、逆境に育ち、特に学問する時とか教養に暮らす年時(ねんじ)などは持たなかったために、常に、接する者から必ず何か一事を学び取るということを忘れない習性を備えていた。』

『だから、彼が学んだ人は、ひとり信長ばかりでない。どんな凡下(ぼんげ)な者でも、つまらなそうな人間からでも、彼は、その者から、自分より勝る何事かを見出して、そしてそれをわがものとして来た。』


俺にとって、『上善は水の如し』は、生き方の姿勢であり、『我以外皆我師也』は、学ぶ姿勢という捉え方でのテーマと決めたのだった。


この二つのテーマの共通なところは、『謙虚』だと思う。


俺は、俺の中の最強の敵は、『傲慢』だと思っているのだ。

息子が大好きなマンガとして読ませて貰い、それをきっかけに俺も好きになった『鋼の錬金術師』。

昨年ある研修生から、『鋼の錬金術師』に出て来る、『ヴァン・ホーエンハイム』に似ていると言われ、読んでみたくなったのがきっかけだったのだ。


そこで登場するラスボス的存在が、『プライド』という名の『傲慢』だった。


『鋼の錬金術師』は、『七つの大罪』を敵にみなして描かれているのだが、七つの内六つは死んで消滅するのだが、最後のプライドだけは、消滅せずに幼子として生き残るのだ。


そういう意味では、『傲慢』(プライド)というものは、消滅はしないのだろうと思うのだ。

なぜなら、『傲慢』(プライド)の裏側には、『自信と誇り』があり、それが『奢り』になった時、『傲慢』という現象になって現れるのではないかと思うからだ。


『傲慢』として考えるより、『プライド』として考えた方が、多分分かり易いと思う。

プライドには、善い面と悪い面があり、表裏一体となっているから、消滅させることは出来ない。

どちらを表にして生きるのかは自分次第なのだ。


俺は、『自信と誇り』を表にし続ける為に、『謙虚』という勇者を、より強く育てなければならないと思ったのだ。

その為の今年のテーマなのであった。


そして、一つ一つのテーマを身に付けて行くことで、俺の目指す、『慈愛に満ちた、強くて優しい大きな心を持った人間』に、一歩ずつ近づいて行きたいと願う俺なのであった。


更には、その過程の中で、俺の残りの人生を共に歩んでくれるパートナーと巡り会えることを願うのであった。


そして、そのような人と巡り会えた暁には、ハワイのモンキーポッドの前で・・・。


そう願う、俺なのであった。


    【なりたいな、そんな人に】


     その人といると 明るくなる

     その人といると 心が軽くなる

     その人といると 勇気が湧いてくる

     その人といると 元気になる

     その人といると 笑顔になる

     その人といると 楽しくなる

     その人といると 優しくなる

     その人といると 穏かになる

     その人といると 美しくなる

     その人といると 清くなれる

     そんな人になれたら


      (大久保寛司 著書 「考えてみる」より)


俺の道 ~アラカン編~ 令和二年元旦の巻 『完』

2019年12月31日 (火)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (10) <最終回>

(10)2019年を振り返って

昨年12月にイオンで出会った女の子の笑顔とスキップをきっかけに始まった俺の気づきは、俺の内面に数々の気づきを与えてくれた。

そして2月には、亡くなった親父の墓参りに行き、親父の想いに気づき、ただ許せただけではなく、その愛を感じることが出来たのだ。


更には、それまで苦しんだ十数年間、特に息子と別れていた3年間について、後悔と自責の念に凝り固まっていた俺の心が、『苦しんで良かった』、『俺の人生、これで良かったんだ』と、心底思えたのだ。

この変化が、その後の俺の内面を急速に向上させるきっかけだったように思うのだ。


その後、離婚後の苦しみの中で読んで来た本を改めて読み直したことで、6月に野口先生の『鏡の法則』を筆頭とした著書に出会えたのだ。


そして、親父の命日である7月1日からブログを始め、その過程で俺の過去を小説風に書くことに気づき、小説風に書くことで、当時の子ども時代の自分の気持ちに気づき、今の自分がその当時の気持ちを受け止めることで、自己受容が進んで来るのを感じることが出来るようになって来たのだ。


俺の過去を小説風に書くことは、厳しさのみだった自分の中のインナーペアレントを優しいインナーペアレントに育て直しているようなものとなっている。


そして、10月中旬から始めた『自己実現塾』の学びにより、それまでは感覚だけで捉えていた自分の内面の変化を論理的に理解し始めたことで、それを言葉として表現することが少しずつ出来るようになって来ていると思うのだ。


そして俺は、この『言葉で表現する』ということの大切さを今回の研修で痛感したのだ。


人は、自分の想いを言葉で上手く表現できないから、感情的な表現になってしまうのではないかと思ったのだ。


自分の話している言葉が相手に伝わっていないと感じること。

それは、自分の気持ちが相手に伝わっていないと感じることだと思う。

そして、それを無理に何とか伝えようとするから、伝わらない同じ言葉で何度も繰り返すのではないかと思ったのだ。


その様な時、本来はその伝わらない悲しさや悔しさ、自分が伝えられないという無力感や寂しさなどを、自分で感じて受け入れなければならないのに、それが出来ないから、イライラや怒りに変わって行き、感情的な表現になってしまうのではないかと思ったのだ。


その為には、やはり知識としての言葉と、その言葉の意味を知ることであり、それは同時に自分の気持ちを理解する上でも大切なことなのではないかと思ったのだった。

そして、自分の気持ちを自分自身がしっかりと理解して共感することが、自己受容することの真の意味かも知れないと思ったのだ。


なぜなら、仕事でも勉強でも、自分が理解していないことを人に教えることが出来ないのと同じなのではないかと思うからだ。


本来の『教える』ということは、感覚的には『伝える』ことと同じようなものなのではないかと思うのだ。


そういう意味で、人は自分の気持ちを自分自身が一番理解していないといけないのではないだろうか。

しかし、それが上手く出来ないから、人は『解って貰いたい』と思うのではないだろうか。


そして、自分自身で自分の気持ちをしっかりと理解出来るようになれば、理解すること自体が『受容』することになり、無理に他者に解って貰う必要が無くなるのではないだろうか。


逆に他者の気持ちも理解することが出来るようになるのではないだろうか。


これは、自己実現塾で最初に『アクティングアウト』を知った時に、その心理的構造を学び、アクティングアウトをする理由を理解した時の感覚と似ている気がするのだ。


その時アクティングアウトの対処法としては、『健康的な守り』を増やして行くことを学んだのだが、もしかしたら、しっかりと自分の言葉で理解するということは、その根本的なものかも知れないと思ったのだ。


人が感じたくない、味わいたくない感情と言うものは、それだけその人にとっては大きなものであり、計り知れないものなのだと思うのだ。


しかし、人はそれを解って貰いたいと思うのではないだろうか。

そして、解って貰えたと感じることで、傷ついた心が癒されるからなのではないだろうか。


人が感じたくない、味わいたくないと感じる感情を、自分の言葉で理解することが出来れば、その感じたくない感情の大きさや広さ、深さと言ったものを第三者的に自分自身に対して、具体的に共感してあげられることになるのではないかと思うのだ。


そして、それこそが、自己受容の真の意味なのではないかと思ったのであった。


俺は最近、研修をやっていて感じているのだ。

大切なのは、『伝える力』よりも、『受け入れる力』なのではないかと。


自分自身が自分の気持ちをしっかりと言葉で理解して共感出来るということは、その気持ちをきちんと表現する言葉を自分が持っていることだと思うのだ。


きちんと表現する言葉を多く持っていればいるほど、他者に言葉で伝えられる可能性は大きくなると思う。

そして、自分の気持ちを言葉で伝えることが出来れば、人は感情的にならずに冷静に優しく話せるのではないかと思ったのだ。


そして、それこそが本当の意味での『大人』というものなのではないだろうかと思ったのだ。


更には、本当の意味での大人になるということが、ユング博士の言う、『自我の確立』ということなのではないかと思ったのであった。


俺は、今回の研修で自己実現塾での学びを研修で試した後、その後の反省の中で、この様な思いが出て来たのだった。

自分の気持ちをしっかりとした言葉で理解すること、そして共感することの大切さを感じたのだった。


言葉で理解することが出来れば、言葉で伝える事が出来るようになると思うのだ。

そして、自分の気持ちを、より幅広く、より深く理解出来るようになれば、その分、他者の気持ちも、より幅広く、より深く言葉で理解して共感し、その共感した想いを言葉で伝えられるようになるのではないだろうか。


更には、自分の気持ちに対する幅広さや深さは、対人関係における幅広さと深さにも繋がって行くのではないかと思うのだ。

それは、単に他者に対する好き嫌いといった感情だけに頼るのではなく、より理性的な人間関係が構築出来て行くのではないかと思ったのだった。


この気づきは、俺が考える『無敵の世界』の幅を広げて行くことになるのではないかと思うのだ。


今の俺の『無敵の世界』は、まだ限られた狭い範囲の世界だが、その範囲が徐々に広がって行く様な、何かそんな予感のようなものが感じられるのであった。


その想いを胸に秘めつつ、来年は今年の内面の変化の成果が結果として現れると信じて、2019年の締め括りにしたいと思うのであった。


俺と縁あって関わって下さった全てのみなさまへ。

今年一年間、誠にありがとうございました。

みなさまが良い年をお迎え頂けることを祈願し、最後に俺の大好きな詩を載せて、2019年の締め括りとさせて頂きます。


    【言葉の響き】 

     同じ言葉でも 響がちがう

     文字にすれば 同じなのに

     なぜ?


     あの人の言葉はちがう

     深さが 高さが 重さが そして美しさが

     なぜ?


     やはり 通ってきた道がちがうから

     苦しんだ重さがちがうから

     悲しんだ深さがちがうから

     努力の量がちがうから


     その人の前に出ると

     自分の生き方が恥ずかしくなる

     情けなくなる

     涙がにじむ


     でも不思議だ

     やる気も湧いてくる

     これからがんばろうと思えるようになる


     己の言葉の響きを磨くとは 自分自身を磨くことだ


           (大久保寛司 著書 『考えてみる』より)


俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻  (了)

2019年12月30日 (月)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (9)

(9)課題の答え

前項を書いたのは、12月18日の夕方だった。

俺はその日の夜、今年も残すところあと二回の剣道の稽古に行った。


この日の俺は、普段あまり出来ない、館長との稽古に臨むことを決めていたのだ。

思った通り、年末でいつもより稽古に来ている人が少なく、俺はその日、館長にとって最初の相手になれたのだった。

俺が入門して丸6年で初めてのことだった。


普段の館長は、若い四~五段クラスの現役選手のような人たちが中心に稽古をつけて貰っているため、今年の夏過ぎまでの俺は、若い人たちに遠慮して、館長との稽古は三ヶ月に一度位、館長が空いている時だけにしていたのだった。

しかし、今年の夏過ぎ、今年3回目の館長との稽古に臨んだ時、俺は館長に大きな気づきを与えられ、他の70歳代の六~七段の先生方との指導力の違いを痛感したのだった。


六~七段の先生方は、俺の悪い点を指摘してくれ、俺はそれを直そうと意識して稽古をして来たのだ。

それは、基本稽古の時には良いのだが、地稽古で打ち合いになると、その意識が薄れてしまい元に戻ってしまうのだった。

いつも心の中では、「悪い所は分かっている。では、それを直す為にどういう練習をしたら良いのか?」それが分からないのだった。


俺は40代始めの頃、一時期ゴルフに目覚め、プロコーチに付いて指導を受けた時期があった。

そのプロコーチに付く前の俺は、普通のレッスンプロに習ったのだが、普通のレッスンプロは、悪い点を指摘し、そこに本人の意識を持って行かせて直させようとするのだが、実際にそれではなかなか直らないのが現実なのだ。


そのプロコーチが一流だと思ったのは、単に悪い点を指摘するだけではなく、それを改善する為の具体的練習方法を教えてくれる所にあったのだ。

そういう練習をすることで、悪い所を意識せずとも自然に直っているという結果になるのが、良い教え方だと俺は思っていたのだった。


そしてそれは、案外関係無いように思える様な所の改善点だったりするのだ。

例えるば、腰痛があるからと腰の周辺をいくら揉んでも、一時的に腰痛は軽くなっても根本的な改善がされないと、また直ぐに腰痛になるのと同じようなものだと思う。


俺はゴルフで腰を痛め、最初の頃は良くマッサージに行ったのだが、マッサージでは何も改善されないことを知ったのだ。

その後整体に行き、俺の腰痛の原因は股関節にあったことを知ったのだ。


そう考える俺にとっては、悪い所を指摘することは、誰にでも出来ることなのだ。

大切なのは、それを直す為の具体的方法を教えることが出来るかどうかだと思っているのだ。

それが、指導力の違いだと思っているのだった。


俺は、夏過ぎの館長との稽古の時、構えた瞬間に籠手を打たれたのだった。

そして、それは一度や二度ではなかったのだ。

構え直す度にスパーンと鮮やかな籠手を打ちこまれたのだ。

5~6発連続で打たれたのだった。


その時の俺は何も出来なかった。

そして、館長に言われたのだった。


「なぜ、籠手ばかり打たれるのかわかりますか?」


俺は、左の握力が弱いことが原因なのではないかと館長に言ったのだった。


その理由は、俺は他の先生方からも、打込む時に身体が右に傾くことを良く指摘されていたからだった。

俺はずっとそれを直そうと意識しながら稽古をして来てはいたのだが、なかなか直らなかったのだ。


そしてその原因は、若い頃のバイク事故で左手首のスナップを効かせられないことと、左手には痺れがあり握力が右の6割位しか無く、左右の握力の違いから、どうしても右が強くなってしまうことにあると思っていたのだ。

俺の上達の壁は、ずっと左手にあると思って来ていたのだった。


しかし館長は、それを否定したのだ。


そして館長は、俺の構えを真似て見せたのだった。

その構えは、完全に右手が前に出た構えだった。

その姿は、籠手がガラ空きと同じだったのだ。


そして館長は、構えに握力は関係ありませんと教えてくれたのだ。


言われてみると確かにそうなのだ。

俺はそれまで、打ちこんだ時の姿勢が、右が前に出る形で斜めになってしまっていると思っていたのだが、既に打込む前の構えの段階で右が前に出ているとは、一度も考えたことが無かったのだった。


俺は館長から、俺の考え方自体が間違っていたことに初めて気づかされたのだった。


それまでの俺は、構え自体に問題があるとは露ほども思っていなかったのだ。

なぜなら、俺自身は、真っ直ぐ構えているつもりだからだ。

足も竹刀も、板目に沿って真っ直ぐにしているつもりだったのだ。


この日の俺は、右に傾く原因が左右の握力の差ではなく、構えに問題があることに初めて気づかされたのだ。

しかし、その解決方法は直ぐには教えては貰えず、どうしたら真っ直ぐな構えが出来るかを考えるように言われたのだった。


その日帰宅した俺は、風呂に入る前に裸で洗面所の鏡の前で、構えのカッコを映して見たのだった。

すると、左腰が開いていることに気づいたのだ。


そして、十数年前ゴルフを習っていた時に俺の骨盤が左に少し開いていることを指摘されたことを思い出したのだった。


ゴルフのアドレスの際、球を打ち出す前方以外の三方向からビデを撮影し、それに気づかせて貰ったことを思い出したのだ。


俺の身体は自分が真っすぐに立ったつもりになっていても、骨盤が少し左に開いていたのだ。

いくら自分がアドレスで足元にクラブを置いて、足元と肩のラインをスクウエアに構えても、腰だけは左に開いていたのだ。

自分では気づけなかったのだ。


その為、球はスライス系になっていたのだが、アドレスで骨盤を少し前に押し出すことで骨のラインも真っ直ぐになり、身体の開きが無くなり、それ以降、ドローボールが打てるようになったのだった。

要は、俺の身体の歪みが原因だったのだ。


俺は、鏡の前で、裸で構えたことで、それを思い出したのだ。

俺は、その考えが間違っていないか、次の稽古で試すことにしたのだった。


俺は、次の稽古も館長との稽古に臨んだのだった。

その日は、前回のようには籠手は打たれなかった。

そして、稽古の後、俺は館長に言われたのだった。


「今日の構えは真っ直ぐになっていましたよ」


俺は、前回の稽古の後、以前ゴルフを習った時に、自分の骨盤が歪んでいることを指摘されていたことを思い出し、今回は左腰の位置を修正してみたことを話したのだった。


すると館長は、良くそこに気づけましたねと、普通は手先だけで修正しようとしてしまうのだと、普通はなかなか自分では気づけないと、たった一回で気づけるとは、凄くセンスが良いですよと褒めてくれたのだった。


その時俺は、館長と他の先生方との指導力の違いを感じたのだ。

それ以降俺は、以前のような若い人たちに遠慮する気持ちは捨てて、なるべく館長との稽古が出来るようにしたのだった。


そして、18日の稽古では、今年最後の23日の稽古で、館長との稽古が出来なくなることも考え、今年最後のつもりで館長との稽古に臨んだのであった。


その稽古の中で俺は、この三ヶ月間、常に左腰を意識して稽古をして来たのだが、他の先生との稽古だと真っすぐに打つことに意識が行き、左腰の意識を忘れてしまうのだが、館長との稽古では、考えなくても勝手に意識が左腰に行くことに気づいたのだった。


根本的には、どの先生も同じことを教えてくれているのだが、その教え方、気づかせ方により、受け止める側の意識は全く違ったものになることを知ったのだった。


その日帰宅してから俺は風呂に入り、研修でも悪い所を指摘するだけではなく、その間違いに気づかせ、その修正方法を教え気づかせることの大切さを考えたのだった。

そして、その『教え気づかせること』こそが、『諭すこと』だと気づいたのだ。


するとそこで、俺は前項に記載した彼を心の中で責めていた理由にやっと気づいたのだった。


それまでの俺は、心の中で彼の悪い所を指摘し、指摘するだけだった為に自分で、『責めてしまっている』と思っていたのだが、俺がしたかったのは、『叱咤激励』だったことに気づいたのだった。

彼を諭したいと思いながら、その言葉が見つからず、指摘するだけだった為に、『責めてしまっている』と勘違いしていたのだ。

だから、その裏にある自分の気持ちにも気づけなかったのだと思ったのだった。


俺の気持ちは、彼を心配する気持ちだったのだ。

そして、更に気づいたのだった。

俺は、相手を想い心配する気持ちを他者に見破られるのが、恥ずかしかったり照れくさかったりして、それを誤魔化す為に強い言葉になってしまい、それが相手を責めているように受け止められてしまうのかも知れないと思ったのだ。


振り返ると、研修の時に俺が厳しくした外車のセールスマンの人も、二度目の研修と聞き、『厳しくしなければ』と思ったのと同じように、『心の弱い人なんだな』とも思っていたのだ。

その心配する気持ちが、過剰に反応して相手を責めてしまう形になってしまったんだと気づいたのだった。


それは、離婚前に息子にしていたスパルタと同じだったのだと気づいたのだった。

そしてそれは、グレートマザー元型の負の側面に憑依されたのと同じだったことに気づいたのだ。


その原因は、『過剰に心配する気持ち』であり、その裏には、『大丈夫なのか?』と、相手を疑う気持ちがあり、それは相手を信じる気持ちが薄れていることであり、そこには自分の傲慢さが見て取れるのだった。


俺は、それに気づけて本当に良かったと思った。

もし、それに気づけないまま年を越していたら、俺は悪い状態のまま年を越してしまうところだったのだ。


きっと俺の中の何かが、俺に気づかせるために、研修後もずっと拘り続けさせてくれたのかも知れないと思ったのだった。

そして、こうして書いてみると、改めて、人は成功体験より失敗体験から学ぶことの方が大きいと感じたのであった。


(つづく)

2019年12月29日 (日)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (8)

(8)課題

俺は今回の研修の後、ずっとある光景が脳裡に焼き付き、その主人公であるインストラクターを一週間以上、心の中で責め続けていた。


直接言葉に出した訳ではない。

彼が憎い訳でもない。

最近は良く頑張っていると思っていたのだ。


しかし、何故か心の中で彼を責めてしまう俺がいるのだ。


その出来事は二日目昼食前のトレーナー研修の中でのことだった。

あまりにも女々しく、情けなかったのだ。


俺は、その状況を静観した。

以前の俺だったら怒鳴っていたかも知れない。

しかし、今回は言葉にはしなかったのだ。

彼らの成長の為には何も言わずに見守ることだと思い、言いたいのを我慢して静観したのだった。


その後俺がトイレに行くと、後からその彼もトイレに来たのだった。

俺は、彼とのすれ違いざま、「『明日死ぬと思って生きなさい』という言葉を忘れたのか?」と彼に投げかけてトイレを後にし、昼食会場へ向ったのだった。


確か6月か7月の研修で、俺は彼がトレーナー研修の中で、トレーナーに対して話している内容を聴き、俺と似ていると思い、彼に俺の座右の銘の言葉を贈っていたのだ。

だから、その言葉で通じるだろうと思ったのだ。


昼食後、俺がメイン室で研修生全員の状況を観察していると、彼は俺の隣に来たのだった。

彼は笑顔になっていた。

そして、彼が担当の研修生の状況を聞いて来たのだった。


俺は、午前中の試験受けで、彼が担当の研修生の試験を受けていたのだ。

俺は彼に、俺が試験で感じた状況を教えたのだった。

それ以降、俺は自分の試験受けに集中し、彼の事は忘れていたのだ。


しかし、研修を終えてから彼のことを思い出し、心の中でそれを責めてしまっている俺がいるのだ。

自分でもそれが何故なのかがわからないのだ。

何故過ぎ去った、自分には関係の無いそんなことに拘っているのかが分からないのだ。


更には、拘っている原因と思われる自分の感情が何であるのかを観察するのだが、それが分からないのだ。

悲しみなのか、残念なのか、ガッカリなのか、期待を裏切られた様な気持ちなのか・・・。

その他で考えられるのは、嫉妬なのだが、仮に嫉妬だとしたら何に嫉妬しているのかが分からないのだった。


俺は彼の何に拘っているのか・・・。

その拘りには、俺のどういう感情が隠れているのかが分からないのだった。


『怒り』は第二感情であることを知り、その第一感情が何であるのかを探るのだが、今の俺には分からないのだった。


実際、頭の中で彼を責めてはいるのだが、彼を責めている気持ちが、『怒り』によるものなのかも実際の所は分からないのだ。

それとも、どうすべきかに気づいていながら、何も言わずに静観した自分を責める気持ちなのだろうかとも考えたのだ。


あるいは、トレーナー研修に参加している彼らの成長を考えて静観したのだが、それが間違っていたのかとも考えた。


分からないことは考えてもしょうがないと思い、考えることを止めるのだが、しばらくするとまた湧き上がってきてしまうのだった。


もしかしたら、彼に自分の何かを重ね合わせているのかも知れないとも考えたのだが、全く持って分からないのだった。


まぁ、忘れた頃に気づくのかも知れないと思い、一応アウトプットの為に書いてみたのだった・・・。


ただ、彼を見ていて思ったのは、『怒り』の感情以外にも、『悲しみ』や『憐れさ』という感情は、出し始めると増幅していく感情なのかも知れないと思ったのであった。

なぜなら、彼が見せた姿は、『自己憐憫』の姿そのものだったからなのであった。


もしかしたら、『自己憐憫』に関わる何かが、今後の俺の課題なのかも知れないと思わせられたのだった。


(つづく)

2019年12月28日 (土)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (7)

(7)未熟さ

俺は今回の研修で、多くの気づきを得られた。

特に『心構え+モティベーション』試験で、先に書いた二人の他にも何人かの合格を出せたことで、穏かに話しながらも気づきを与えられる感覚が少し掴めた感じだったのだ。

しかし、その反面、全力で向って来ない一人の研修生に対し、強烈な俺を出してしまったのだった。


その研修生は、40代後半の外車のセールスマンだった。

俺はそれまで、まだ彼の試験受けを一度もしていなかったのだ。

彼は、『心構え+モティベーション』の試験で、最後まで残った人だった。


試験前に俺は、彼はあと一歩の所まで来ているから、出来たら合格まで引き上げて欲しいと頼まれたのだった。

そして、試験受けの直前にその研修生は、今回が2回目の研修参加であることを知らされたのだ。


その瞬間、俺に変なスイッチが入ってしまったのだった。

2回目と聞き、内心厳しくしないといけないと思ったのだ。


そして、いざ試験を受けてみると、まだ『心構え』さえも出来ていない状況だと思ったのだ。

俺は、その瞬間、「この人はこの二日間、一体何をやっていたんだ?!」という思いが込み上げて来たのだった。


そして、引き上げるどころか、もう一度突き落とさないといけないと思ってしまったのだ。

それからの俺は、以前の厳しさだけの俺に戻ってしまったのだった。


俺は途中でその過ちに気づいた。

しかし、『時、既に遅し』だった。


俺は、別の誰かがきっと彼を引き上げると、インストラクター仲間を信じて、逆にこの場は彼の壁に成り切ろうと決めた。

そして、心構えの合格点に満たない、厳しい点数を付けて、彼にもう一度研修生仲間のみんなにパワーを貰って、再度チャレンジするようにさせたのだった。


試験の後俺は、俺に引き上げ要請をして来たインストラクターに詫びた。

俺はこの3~4ヶ月、厳しさからはかなり遠ざかって来たつもりだったのだが、まだまだだったことに気づかされたのだった。

己の未熟さを感じたのだった。


その後彼は、研修生の仲間たちに励まされ、俺の後2回目の試験で無事合格となったのであった。

合格した彼を、俺が笑顔で向えると、彼は思いっきり抱きついて来たのだった。


そして、次の『感謝』の試験で、俺はその彼の試験を担当することになったのだった。

俺は内心、俺に引き上げ要請をしたインストラクターたちの思い遣りの采配だろうと感じたのだった。


『感謝』の試験受けでは、俺は彼の全てを認めて受け入れたのだった。

そして、合格と共に、彼に一つの言葉を贈った。


『我以外皆師』


これは、俺の来年の指針にすると決めていた言葉だった。

彼は、『我』という文字が自分の名前の一部に入っているから、絶対に忘れませんと喜んで受け取ってくれたのだった。


俺はそんな彼に対し、内心、『出来が悪い子ほど可愛い』という言葉を思い出したのだ。

そして俺も、彼と一緒だと思ったのだった。


(つづく)

2019年12月27日 (金)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (6)

(6)無敵の世界とは

俺が、『無敵』の意味を知ったのは、3年半ほど前だった。

そこには、無敵とは、『自分の周りに敵がいない状況』と書かれていたのだ。


それを知った時の俺は、『自分の周りに敵がいない状況』だけでは、敵でも無ければ味方でも無いのもありで、それだと何だか『孤独』のようなものを感じ、あまり良いイメージを持たなかったのだ。


しかし、それをじっくり考えた時、単に『敵がいない』ということではなく、『自分の周りが全て仲間』という状況こそが、本当の『無敵の世界』だと思ったのだ。


単に敵がいない状況だったら、敵を作らなければ良いだけで、それは、味方でも無いという意味にもなると思ったのだ。

でもそれを、より積極的に考え、全てが仲間、『自分の周りの人たち全てが仲間の状況』と考えた時、俺の腑に落ちたのだった。


そしてそれは、研修三日目の最終日、たった二日前に出会ったばかりの見ず知らずの人が、これまでに出会ったことが無い様な『仲間』になるのだ。


それは、研修項目の試験に挑む中で、共に苦しみ、悩み考え、共に励まし合いながら、喜怒哀楽を共有することで生まれて来る信頼感と絆を感じることで得ていくのだ。


そして、それは、研修生同士だけではなく、それまで何度も厳しいことを言われ続けた、試験官であるインストラクターやトレーナーたちのみんなが、研修生の為に壁になっていたことに気づき、自分の周りにいる人たちの全てが仲間であったことに気づくのだった。


それは正に、俺が言う、『無敵の世界』なのであった。


だが、以前の俺はその表現をあまり多用はして来なかったのだ。

しかし、1年位前からその表現を少しずつ使うようになって来て、9月頃からその頻度は急激に増えて来ていたのであった。


そして、俺は今回の研修中にあることを思い出したのだった。

それは、約30年程前に、T学校の研修で、座禅を組みながら聞かされた説法だった。

それは、『天国と地獄』という話だ。


ある時、修行中の僧侶の前に突然神様が現れ、『おまえは天国と地獄のどちらに行きたいか』と問われたのだ。

修業僧は当然天国へ行きたいと思ったのだが、実際に天国というところはどういうところなのか、地獄というところはどういうところなのかというのがわからなかったのだ。


聞いてきている相手は神様なので、間違ったことは言えない。

そこで、修業僧は答える前に神様に聞いたのだ。

『天国とは何ですか?地獄とは何ですか?』と。


それに対し、神様は修業僧の後ろを指さしたのだ。

すると、そこには『天国』、『地獄』と書かれた二つの扉があったのだ。

その扉は外から見た限りは全く同じで、その扉にはそれぞれ小さなのぞき窓が付いていたのだった。


修行僧はその覗き窓から中を見てみるよう、神様に言われたのだ。

修業僧が中を覗いてみると、『天国』の部屋も、『地獄』の部屋も、中は丸っきり同じ状態だった。


扉の中には、直径5m以上もあるような大きな円卓がいくつもあり、その円卓の真ん中にはご馳走が山ほど置かれていたのだ。

そして、その周りには多くの人が円になるように座らされ、全ての人が両手を隣の人と鎖で繋がれていたのだ。

更には、皆、手には自分の背丈ほどもあろうかという長い箸を持たされていたのだった。


中の状態は、『天国』も『地獄』も、丸っきり同じだったのだ。


修業僧は最初、違いがわからず、何が違うのかを神様に聞いたのだった。

神様はまた、扉を指さしたのだ。


修業僧はもう一度、今度はじっくりと中を覗き見たのだ。

すると今度は、大きな違いに気づいたのだった。

それは、中にいる人の状態と状況が違っていたのだ。


『天国』の部屋にいる人たちは、みんな笑顔で福よかだった。

しかし、『地獄』の部屋にいる人たちは、みんないがみ合いやせ細っていたのだ。


修業僧は同じ状態の部屋にいながら、なぜ『天国』と『地獄』で、中の人の状態や状況が違うのか不思議に思い、しばらく部屋の中を覗き続けて両方を比較したのだった。


そして、修行僧は大きな発見をしたのだ。


天国の部屋の人たちは、みんな長い箸を上手に使って、自分の数人先の隣の人に何が食べたいかを聞き、相手が希望するものを取って食べさせてあげていたのだ。


それに対し地獄の部屋の人たちは、みんな長い箸でなんとか自分で食べようとしていたのだ。


しかし、長い箸で食べ物を取っても、それを自分の口に入れることは出来ずに、皆が皆、食べ物を食べられないのは鎖で手を繋がれている隣の人が邪魔をするからだと文句を言い合い、いがみ合っていたのだ。


それを見た修業僧は、『天国』と『地獄』の違いがはっきりとわかったのだ。


周りの状態が同じであるのに、天国の人たちはみんな仲良く福よかなのに対し、地獄の人たちはいがみ合いやせ細っている違いは、天国の人たちは、相手のことを思いやり、相手の望むものを望む時に与えていることに対し、地獄の人たちは、自分のことばかりを考え、悪いことを全て他人のせいにしていることだったのだ。


そして、修業僧は思ったのだ。


「天国と地獄と言っても、自分の周りの状態は何も変わらない。違いは、相手のことを真に思いやり、それを行動に出せるのか、それとも自分のことばかり考え、悪いことを全て他人のせいにしてしまうのかの『心』の違いなんだ」と。


そして、修業僧は神様に答えたのだった。

「私は天国へ行きたいです」と。


その答えに対し神様は、「おまえは天国へ行ける心を持っているのか?」と聞いたのだ。


その問いに対し修業僧は、「今はまだまだ未熟ですが、今からその心を養い、天国に行ける人になれるよう、日々精進します」と答えたのだった。


俺はこの話しを、15年ほど前までの会社をやっていた頃は、社員に対して良く使っていたのだった。

しかし、社員を持たなくなってからは、すっかり忘れていたのだ。


俺は、今回の研修の最中に、この『天国と地獄』の話しを思い出したのだ。

そして、俺が言い続けている、『無敵の世界』とは、生きている内に自らで創ることが出来る、『天国』なのかも知れないと思ったのだった。


そして、俺が常に自分の中で唱えている、『私は無敵の世界の住人です』という言葉は、『私は天国の住人です』と言っているのと同じだと思い、不思議な感覚を覚えたのであった。


(つづく)

2019年12月26日 (木)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (5)

(5)信頼の証とは

今回の研修二日目は、前日の『心構え+モティベーション』の継続状態からの開始となった。

本来であれば、初日の終了時点で全員が『心構え』を終えて、次の項目である『モティベーション』に新たに挑む形になるのだが、この日は『心構え』の合格レベルに到達している人が、まだ半数にも達していなかったのであった。


そのような状況の中、本来は二日目の夕食前に『モティベーション』の試験を全員が合格し、夕食後の夜の部で次の項目へ行くのが理想なのだが、夕食前に『心構え+モティベーション』を合格していた人は、まだ半数にも達していなかったのであった。


夕食後は、インストラクターが中心になっての試験受けとなった。

その中で、最初の段階で、俺に義母の介護のトラウマを吐露した男性が、あれ以来2度目の俺との試験となったのであった。


彼は挨拶をし、俺の前の席に着席した後、試験内容を話す前に、俺に礼を言いたかったと言い、初日の俺との試験の後、他のインストラクターやトレーナーたちから色々なことを言われていく中で、俺に言われたことがやっと理解出来たと話したのであった。

そして、やっと自分を許す事が出来た、諭して頂いてありがとうございますと丁寧に礼を述べたのであった。


その顔は、笑顔だった。

この時俺は思ったのだった。


俺が今回の研修で自分自身のテーマとしていた、『静かに、穏かに、それでも心に響く話し方』とは、『諭すこと』だったのだと、この時彼に気づかせて貰ったのであった。

静かに、穏かに、それでも相手の心に響かせ、そして気づいて貰うこと。


今回は、俺との対話の中で、直接の気づきまでには至らなかったが、彼の心に俺の言葉が響いていたことが、彼の言葉から実感することが出来たのだった。

そして、他のインストラクターやトレーナーたちのお陰で、彼は気づくことが出来たのだ。


俺は彼に、俺もそう言って貰えると嬉しいと言って礼を言った。

彼の話からは、『心構え』は合格レベルにあることは、十分に伝わって来たのだった。

しかし、それだけではダメなのだ。


俺は彼に、『変わりたい!変わるんだ!』という、想いは伝わって来るが、これまでの考え方ややり方である、『心のクセ』を直す覚悟を聞いた。


彼は、『あります!』と答えた。

その意気込みは十分伝わって来たのだった。

俺は、『心構え』に対する合格を与えた。


そして、続けて聞いたのだった。


「では、その心構えを基に『ありたい自分』になる為に、今後具体的にどうしていくんですか?」


彼は、必死になって俺に話しをしたのだった。

奥さんと娘を幸せにするために頑張ると。


彼の想いは痛いほど伝わってきたが、俺はそれではダメだと言った。

それだけではダメなんだと。


「今までだって、そうやって頑張って来てたんでしょ?」

「その結果、自分を責めることになり、病気になっちゃったんじゃないの?」

「また、同じことを繰り返すつもりなの?」


それでも彼は、諦めずに必死に俺に向って来たのだった。

彼は、自分が頑張って奥さんと娘を絶対に幸せにすると、何度も俺に訴えて来たのだ。

俺はそんな彼に言った。


「何かを買って貰ったり、して貰ったりした事は本当の幸せなのかなぁ?」

「そう言うのは、一時的な喜びではあるけど、本当の幸せっていえるのかなぁ?」

「俺は、少し違うと思うんだけどなぁ・・・」


「貴方が奥さんとお嬢さんのことを大切に想う気持ちはわかる」

「それは、貴方だけじゃなくて、奥さんやお嬢さんも同じなんじゃないかなぁ・・・」

「そう考えた時、貴方一人が頑張って、貴方から一方的に与えられた幸せで、奥さんとお嬢さんは、本当に幸せなのかなぁ・・・」


彼は言葉に詰まったのだった。


俺は彼の中での葛藤を感じたのだった。

そして、続けて話したのだ。


「幸せって、誰かにして貰うものなのかなぁ?」

「幸せは、人それぞれが自分で感じるものなんじゃないのかなぁ?」


「どう思います?」


「はい・・・」

「私が幸せにしたいんです・・・」


「そうだよねぇ・・・」

「奥さんやお嬢さんが幸せになってくれると、貴方は嬉しいもんねぇ・・・」


「でもさ、貴方が一人必死になって、犠牲になってさ・・・」

「その犠牲の上で、貴方から一方的に与えられた幸せで、奥さんやお嬢さんが本当に幸せを感じられると思う?」


「!」


彼は、何かを感じたようだった。

俺は続けて話した。


「誰かの犠牲の上に幸せは成り立たないんじゃないかなぁ・・・?」

「俺も若い頃は、自己犠牲の精神で、一人で悪戦苦闘していた時もあったんだよね」

「でも、それだと、どんなにお金があっても幸せにはなれないんだよね」


「俺たちの世代はさぁ、とかく精神論で何とかしようとするけど、それだけじゃダメなんだよ」

「具体的な方法論を持っていないとダメなんだよ」

「精神論も時には大切なんだけどね、それだけではダメなんだよ」


「それは、貴方自身、既に気づいているんじゃないかなぁ?」

「でも、どうして良いか分からない・・・」

「だから、最後は精神論に逃げるんだよ」


「だから、心構えが出来ているのに合格出来ないんだよ」

「これまで、良い所まで行きながら合格出来ないのには訳があるんだよ」


彼は、これまでの試験で何度か仮合格のラインには達していたのだが、最後の合格には一歩及んでいなかったのだった。


彼は言ったのだった。


「教えて下さい!」


俺は言った。


「いいよ・・・」

「でも、聞く以上は、俺を信じて最後までやり抜いて貰わないとダメだよ」


「はい!」


「今の貴方は、自分一人の力で何とかしようとしているんだよ」

「貴方は、自分を犠牲にして、奥さんやお嬢さんを幸せにしようとしているんだよ」


「貴方は、奥さんやお嬢さんが幸せになってくれれば、自分が幸せになれると思っている」

「だから、必死になって奥さんとお嬢さんを幸せにしようと思っているんだ」

「違いますか?」


「違いません、そうです」


「では、聞くけど、貴方が奥さんやお嬢さんの立場になったとして、お父さん一人が自己犠牲の精神で、苦労して何かを買ってくれたり、何かをしてくれたりして、貴方は本当に幸せだと思えますか・・・?」


「・・・」


「人は何かをして貰えれば、それは嬉しくて喜ぶかも知れない」

「でも、それは一時的な喜びではあっても、本当の幸せではないんだよ」


「これは、さっきも話したよね」

「でも、敢えて繰り返して言うよ」


「なぜなら、今までの貴方はそれが正しいことだと思っていたんだよ」

「でも、これまでの貴方が生きて来た結果として、それは間違っていたこと、正しくなかったことを、貴方が心底受け入れて、自覚しないといけないんだよ」


「だから、また、同じ過ちを犯そうとしているんだよ」

「わかるよね?」


「はい・・・」


「だから、『変わる』という決心をし、変わる為にはどんなに不慣れなことにでもチャレンジして・・・」

「はじめは違和感を抱えながらも、それが違和感を感じずに、意識しなくても無意識で出来るようになるまで、諦めずにやり続ける覚悟を持ったんだよね?」


「はい!」


「でも、貴方は懲りずにまた同じような考え方をしていたんだよ」


「はい・・・」


「それは、貴方が50年以上生きて来た中で身に付いてしまった、『心のクセ』なんだよ」

「クセってさ、直すのって凄く大変だと思わない?」


「思います・・・」


「そうだよねぇ」

「だから、『心構え』が大切なんだよ」


「はい」


「話しを基に戻すけど、まず家族を幸せにしたいと思うなら、まずは、貴方自身が幸せにならないといけないんだよ」


「貴方自身が幸せになることによって、家族も幸せになれるんだよ」

「誰か一人が苦しんでいたりしていては、みんなはなれないんだよ」

「一人一人が自ら幸せになることで、みんなが幸せになれるものなんだよ」


「わかるよね?」


「はい」


「そう考えたら、仕事で働いている時に、全く幸せを感じられない、あるいは頑張るだけで、ストレスばかりを抱え込むような働き方をしていては、幸せにはなれないんだよ」


「なぜなら人は、一日24時間の内、起きている時間の大半を『仕事』という時間に費やしているからなんだよ」

「だから、人生の大半は、働いている時間になるんだ」

「その働いている時間そのものが、自分の生きがいや遣り甲斐になる働き方をしないと、人は幸せには遠く離れてしまうことになるんだよ」


「わかるよね?」


「はい・・・」


「じゃあ、聞くけど、どうしたら働くこと自体が生きがいや遣り甲斐になるのかな?」

「人は、やりたくない仕事も一杯やらなきゃいけないよねぇ」

「そういう状況の中で、どうしたらいいと思う?」


彼は、またしても精神論を述べたのであった。

そして、俺は言ったのだった。


「ほら、また精神論だ」

「それが、貴方の心のクセなんだよ」


「・・・」


「ここからが、最も重要なことだから、良く聴いてよ」


「はい・・・」


「まず最初に、一緒に働く人たちを家族の様な大切な仲間だと信じるんだよ」

「そして、俺の場合だけどね、次にやったのは・・・」


「まず、みんなに俺の悪い所や直したい所を話して、そういう悪い俺が出て来ちゃった時は、注意してくれるようにお願いしたんだよ」

「俺よりも遥に若い子たちに」


「!!!」


彼は、衝撃を受けた様子で涙を流し始めたのだった。

俺は続けて話した。


「もう気づいたよね・・・」

「人は、自分の弱さを隠そうとするんだよ」

「そして、強がるんだよ」


「その結果、無理をすることになるんだ」

「そして、自分の悪い所を指摘されると、責められているように感じるんだよ」

「そして、周りの人を敵だと勘違いしてしまうんだよ」


「その結果、周りを頼らずに一人で何とかしようとするんだよ」

「お母さんの介護の時もそうだったんじゃないの?」


「本当はみんな、貴方の為を思って、心配して言ってくれているのに」

「みんなは貴方を助けたくて手を差し伸べてくれていたのに、貴方はそれを拒絶して来たんじゃないの?」


彼は、号泣しながら、無言で何度も頷いたのだった。


俺は、彼が落ち着いて顔を上げるのを待った。

彼が顔を上げると、彼の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

俺も同じだった。

俺は、続けて話した。


「人は、自分の弱さを隠して強がろうとする」

「でもそれは、周りから見たら、自分の弱さを晒していることなのに、本人はそれに気づかないんだよ」


「逆に、自分の弱さを認めて、受け入れて、その弱い部分を仲間にカバーして貰おうとするのが、本当に心が強い人のすることなんじゃないのかなぁ?」


「自分の弱さを必死に隠して強がっている人と、自分の弱さを認めて協力を求める人のどちらがカッコイイと思う?」

「どちらが、心が強い人間だと思う?」

「どちらが魅力的な人間だと思う?」


「後者ですね・・・」


「そうだよね・・・」


「更に言えば、自分から、そういう悪い自分が出て来てしまった時に注意してくれるように頼んでおけば、注意して貰ったら、それは感謝の気持ちになるんだよ」

「あっ、またやっちゃった、ごめんなさいって・・・」

「でも、注意してくれて、ありがとうってね・・・」


「俺なんか、何度も注意されたよ」

「でも、それが続くと、その内注意される時の流れとか雰囲気が分かって来て、注意される前に自分で気づけるようになるんだよ」


「同じことを繰り返しそうになった時に、自分の中で、あっ、やばいってブレーキが掛かるようになるんだよ」

「そうなってくると、知らない内に意識しなくても注意されなくなってくるんだよ」


「でも、頭の中だけで、自分の精神力だけで何とかしようとしているとさ・・・」

「頭では最初の内は注意してくれていると思っていても、それが続くと、次第に心の中では自分が責められているように感じて、相手を責めたくなったり、自己嫌悪や自己否定の方へ気持ちが行ってしまうんだよ」


「特に、貴方のように責任感の強い人はそうなりがちなんだよ」

「俺もそうだったんだよ・・・」

「そうすると、また元に戻ってしまうのと同じなんだよ」


「わかるかな?」


「はい、確かにそうですね・・・」


「人間は、何度も同じミスを繰り返す生き物なんだよ」

「でもそれを変えて行く為には、自分一人の力ではダメなんだよ」

「そこで、諦めずに何度でも注意してくれる、頼れる仲間の存在が必要なんだよ」


「そして、その注意を、謙虚に感謝の気持ちを持って受け止められる心が必要なんだよ」

「その心を創る為には、自分で自分の弱さを認める勇気が必要なんだよ」

「そして、それを注意してくれる様にお願いする勇気」


「それは、相手を信じて頼るということなんだよ」

「それこそが、相手を信頼するということなんだよ」


「貴方は、逆の立場になって、もし、自分のダメなところや弱い所を打ち明けられて、それを直す為に力を貸して欲しいと頼まれたらどう思う?」


「嬉しくないか?」

「自分は信頼されていると思わないか?」

「この人の力になりたいと思わないか?」


「思います・・・」


「そうだよねぇ・・・」

「人は信頼には、信頼で応えようとするんだよ」


「じゃあ、そういうお互いの信頼関係を築くにはどうしたら良いと思う?」


「自分から信頼する・・・?」


「そうなんだよ」

「その信頼の証が、自分から弱さを打ち明けて、それを直すために頼ることなんだよ」

「逆に、弱さを隠すと言うことは、相手を信じていない証しになってしまうんだよ」


「わかるよね?」


「はい」


「あなたは、これまで自分の弱さを必死に隠して、それを一人で何とかしようとして来ていたんだよ」

「それは、相手を信頼していない証拠になってしまっていたんだよ」


「貴方は、周りに迷惑を掛けたくないと思って来たのかも知れないけど、その思いが逆に、みんなを信じずに迷惑を掛けて来ていたんだよ」


「もう、わかるよね?」


「はい」


「貴方は、もう自分の弱さに気づいたはずだ」

「自分自身がそれを認めて、受け入れて、自分の口からみんなに話し、みんなに力になってくれるように頼むんだよ」


「自分の周りにいる人たちは、みんな仲間なんだと信じて頼るんだよ」

「そうすれば、周りのみんなも貴方を信頼してくれるんだよ」

「そういう、互いに信頼関係で結ばれた仲間と、毎日生き生きと働けたら幸せだと思わないか?」


「思います!」


「毎日働くこと自体に幸せを感じられるようになったら、自然と家族みんなも幸せになれると思わないか?」


「思います!」


この時の彼は、既に泣き顔ではなく、笑顔になっていたのだ。

俺は、彼に問い掛けたのだった。


「それが貴方に出来るかな?」


彼は答えた。


「できます!」

「絶対にやります!!」


俺は言った。


「貴方の目を見ていればわかる・・・」


俺が次の言葉を言おうとした、その瞬間だった。

彼はおもむろに俺に握手を求めて来たのだった。

俺は笑いながら言ったのだった。


「まだだよ・・・」

「では聞く・・・」

「この研修を終えて会社に戻って、一番最初にやるべきことは何だと思う?」


「みんなにこの研修で気づかせて貰ったことを話して、協力して貰えるようにお願いします」


「そうだよな、でもそれは、さっき俺が話したことだよな・・・」

「それは間違いではない」

「でも、その前にやるべきことがあるんじゃないのか?」


「・・・」


「みんなこれまでずっと、貴方の事を心配してくれていたんじゃないのか?」


彼は、ハッとして、涙を流して話し始めたのだった。


「そうですね・・・」

「まずは、みんなに謝らないと・・・」


「そうだよなぁ・・・」

「なんて謝るんだ?」


「今まで心配かけて申し訳無かったと・・・」


「そうだよな」

「じゃあ今、俺をその仲間だと思って謝ってみたらどうだ?」


彼は、俺を会社の仲間に見立て、これまでの自分の非を涙ながら詫びたのだった。

俺は、彼の心からの懺悔を感じ、涙しながらその想いを受け止めたのだ。

そして、俺は言ったのだった。


「そうだよな・・・」

「それでいい・・・」

「心から謝った時、今度はありがとうという気持ちも生まれて来るだろ?」


「はい」


「そういう気持ちになった時、本当に心の底からみんなを仲間だと思えるだろ?」


「はい!」


「これで貴方は、本当のスタートラインに立ったんだ」

「今、俺と話したことを会社に帰ったら、必ず実践するんだ」


「出来るよね?」


「はい!」

「必ずやります!」


「約束だぞ」


「はい!」


「信じるぞ」


「はい!」

「信じて下さい!!」


「よし!」

「俺は貴方が絶対に変われると信じる!」


「合格!!」

「バン!!」


「おめでとう!!」


俺は立ち上がり、彼と握手をし、そしてハグをした。

そして、彼の耳元で囁いた。


「自分の周りには敵は一人もいない、自分の周りはみんな仲間なんだ」

「そういう世界を『無敵』と言うんだ」

「無敵の世界を、貴方が創るんだよ」


「はい!!」


「貴方なら出来る」

「俺は、そう信じているからな!」

「負けるなよ!」


「はい!!」


こうして、彼の長かった『心構え+モティベーション』の試験は終わりを告げたのであった。


今回の研修では、俺は彼を多少なりとも諭せたのかも知れず、俺が目指すべき方向をハッキリと感じることが出来たのだった。


更には、彼の介護による心の傷は、これからの高齢化社会では、既に当たり前に近い世界になっているのかも知れないとも感じたのだった。

そして、『老い』という問題に対し、俺自身が改めて考えなければならない問題なのかも知れないと痛感させられたのであった。


彼との対話は、初日と二日目それぞれ一回ずつで、時間にしたら合計で90分前後だったのではないかと思う。

これまでの『心構え』と『モティベーション』の項目が別の時は、1回当たりの時間を短くして回数を多くしていたのだが、今回の合体パターンでは、試験受けの回数は減り、その分一回の時間が長くなっていたのだ。


その分、彼の様なケースで深く話しを聴くことが出来たことは、俺にとっても大きな学びとして深く心に刻む事が出来たのだった。

もしかしたら、合体パターンの方が俺には向いているのかも知れないと思ったのであった。


(つづく)

2019年12月25日 (水)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (4)

(4)不慣れなことに取り組み続ける覚悟

この日の夜の部は、19:15から始まり、メイントレーナーの話しの後、19:45頃から試験が再開されたのだった。

俺は何人かの試験を受けた後、再度30歳の青年が俺の所に回って来たのだった。


俺は、この青年に対しては、『まだ誰にも話したことが無いこと』を話してくれたことで、彼に対する理解は深まっていた。

そこで俺は、彼に対し、ある試みに挑むことにしたのだった。


彼は、俺の前に座ると、俺の目を見て目を潤ませていた。

そして、前回の話しに続き、奥さんと息子、そしてもう直ぐ生まれて来る娘の為にも、自分が変わらないといけないと話した。


彼の「変わりたい」という想いは、十分に俺の心に伝わって来た。

しかし、「変わりたい」という想いだけではダメなのだ。


人は誰もが変わりたいと願っている。

しかし、その殆どが変われないのが現実だとも俺は思っている。

本当に変われるのは一握りの人間だけだと思う。


そして、このAF研修に参加して来た人には、その一握りの人間に入って欲しいと俺は想い、一人一人に相対しているのだ。

特に俺と縁あって、試験という形での出会いではあっても、共に真剣に向き合った人には、その想い入れは強くなってしまうのが現実だった。


だから、中途半端な対応は出来ないのだ。

限られた時間の中で、全力でぶつかり、そして受け止めるのが、俺の出来る唯一の方法だった。


ただ、これまでの俺は、その全力が『熱さ』であり、『強さ』となって表れていたのだが、それを『優しさ』に変えたいと思っていたのだ。

それが、今回の研修での俺自身の最大のテーマだったのだ。


俺は、彼に聞いた。


「日本には四季がある」

「なぜだか知っているかい?」


彼は答えに詰まった。

俺は続けて聞いた。


「春は何のためにあると思う?」


「・・・・・・?」


「夏は何のためにある?」


「・・・・・・?」


「秋は何のためにある?」


「冬のため・・・?」


「冬は何のためにある?」


「春のため・・・?」


「そう、春の準備のためだ」

「春は何のためにある?」


「夏の準備のため・・・?」


「そうだ」


「夏は何のためにある?」


「秋の準備のため」


「そうだ」

「日本の四季と言うのは、全て次の季節の準備の為にあるんだよ」


「では、昨日は何のためにある?」


「今日のため・・・?」


「今日の準備のためだ」

「では、今日は何のためにある?」


「明日の準備のため」


「そうだ」

「明日はなんのためにある?」


「明後日の準備のため」


「そうだ」

「では、今は何のためにある?」


「・・・」


「未来の準備のためだ」


「良いか、これから俺が話す事をシッカリと胸に刻んで欲しい」

「心構えとは、心の準備のことなんだ」


「人間は、『今』という時間を積み重ねて『未来』に向って生きて行く生き物なんだよ」

「『今』は、通り過ぎてしまったら、既に『過去』になるんだ」

「だから、『今』を全力で生きられない人に、明るい未来は来ないんだよ」


「わかるか?」


「はい」


「1年後、君は二人の子どもたちにとってどんなお父さんになっている?」

「同時に、奥さんにとって、どんな夫になっているんだ?」

「3年後、どんなお父さんになっている?」

「あるいはどんな夫になっているんだ?」


「・・・」

「考えていませんでした・・・」


「そうだよなぁ、ほとんどの人が、ああなりたい、こうなりたい、変わりたい、みんな漠然とは考えているんだよ」

「昇給したい、昇格したい、もっと良い家に住みたい、もっと良い車が欲しい、欲望ばかりなんだ」

「そして、昇給し、昇格していけば、幸せになれる、理想の自分に近づけると思っているんだよ」


「若い頃の俺もそうだった」

「常に一番を目指していた」

「常に誰かと競っていた、闘っていたんだよ」


「だから、誰よりも勉強し、誰よりも仕事をした」

「その結果、一番にもなったし、独立もし、一時的には人より多い金も手にしたこともあった」

「それで、楽しくもあったし、喜びもした」


「でも、それは一時的なもので、幸せではなかったんだよ」


「人は、昇給昇格を目指して知識や技術を身に付けていけば、それなりに仕事が出来る様にはなって行く」

「そして、そうなって行けば、当然幸せになれると思っているんだ」


「でも、ありたい自分ではなくなって行くんだよ」

「みんな成功することが、幸せになることだと錯覚しているんだよ」


「わかるか?」


「はい」


「でも、違うんだよ」

「どういう人間でありたいのか、どういう夫でありたいのか、どういう親でありたいのか」

「人間として幸せになるためには、そっちの方が遥に大切なことなんだよ」


「でも、そのための準備は何もしていないのが現実なんだよ」

「ただ日常の中で、仕事や家事、育児とかに追われ、何の準備もないまま、忙しさの中で時に流されていくんだ」


「君だってそうじゃないのか?」


「そうですね・・・」


「みんな、今の自分になりたいと思ってなっている訳ではないんだよ」

「みんな、それなりに一生懸命生きて来た結果が、今なんだよ」

「そして、みんな、そんな自分を変えたいと思っているんだよ」


「それは、ほとんどの人が、今の自分が、心底自分が望んだものではないという証拠なんだよ」

「今の自分が、心底自分が望んだ自分であるなら、変わる必要なんてないだろ?」


「そうですね」


「一生懸命生きて来て、気が付いたら今の自分になってしまっていたんだよ」

「だから、変わりたいと思うんだよ」


「君だってそうだろ?」


「そうですね・・・」


「でも、ほとんどの人間が変われないんだ」

「なぜだと思う?」


「・・・」


「未来に対する準備が出来ていないからなんだよ」

「今よりも、もっと幸せになりたいとみんな思っているんだ」

「それなのに、幸せになるための準備はしていないんだよ」


「幸せになるための心の準備が出来ていないんだ」

「それは、心構えが出来ていないということなんだよ」


「それでも人は、変わりたいという」

「今の自分を作って来たのは、これまでの考え方ややり方なんだよ」


「今の自分を変えたいと思うのなら、まずは、全てでは無くても、これまでの考え方ややり方が間違っていたこと、あるいは正しくなかったことに気づかないといけないんだ」

「これまでの考え方ややり方だけでは、自分が望む自分にはなれないことに気がつかないといけないんだよ」


「それは、『自覚』するということなんだ」

「人は、自分の間違いを自覚して、初めてこれまでの慣れた考え方ややり方を変えなければいけないと心底思えるんだよ」


「わかるか?」


「はい」


「これまでの慣れた考え方ややり方は、習慣になり、その人の心のクセになってしまっているんだよ」

「変わりたいのであれば、今までの慣れた考え方ややり方を変えないといけないんだ」

「慣れた考え方ややり方というのは、自分にとって楽な考え方ややり方ということなんだよ」


「でも、慣れた考え方ややり方は、既に無意識でそうなってしまっているんだよ」

「それを変えて行く為には、意識的に今までとは違う、慣れていない考え方ややり方をして、今までの慣れた考え方ややり方を変えていかないといけないんだ」


「わかるか?」


「はい」


「新しい考え方ややり方は、今までとは違った、慣れていないものだから、最初の内は、かなり違和感が出るんだよ」


「その違和感は、これで良いのか?という不安や疑念も生む」

「そして、それは周りから見ても、これまでとの違いを感じて違和感に映るんだよ」


「あいつ、何か変だぞ・・・みたいな感じでな」

「それは、恥ずかしさや照れくささを生んだりもするんだ」


「変われない人はみんな、変わろうとはしても、そういう違和感や不安感に負けて、元に戻ってしまうんだよ」

「元々慣れていた前の考え方ややり方に戻っていくんだ」


「この元々の考え方ややり方を変えて行かないことには、人は自分が望むような未来には変えていけないんだよ」


「さっき話しただろ?」

「今は、未来の準備のためにあるって」

「自分の未来を変えたいと思うなら、『今の自分』を変えないと、何も変わらないんだ」

「状況や環境と言った、自分の周りや世の中は変わって行っても、自分自身は変わらないんだよ」


「わかるか?」

「はい・・・」


「でも、たった一つだけそれを変えて行くことが出来る方法があるんだよ」

「知りたいか?」


「知りたいです!」


「でも、知っただけでは変われないんだよ」

「変わる為には、知ったことを実践しないといけないんだよ」

「君は知った後、その方法を実践していく勇気はあるのか?」


「あります!」


「そうか、じゃあ、教えよう」

「まず、最初に『絶対に変わりたい!』、『変わるんだ!』と決心することだ」


「はい!そう思っています!」


「そうだよな、それは最初の君の話しで、俺はその想いは感じた」

「でも、それだけではダメなんだよ」


「本当に大切なのは、『覚悟』なんだ」


「今までにやったことの無い、慣れていない、新しい考え方とやり方を身に付けなければいけないんだ」

「人は、慣れていないことには、最初、違和感や不快感を感じるんだよ」

「でも、その違和感や不快感を感じながらも、どんなに周りから変な目で見られても、違和感や不快感を感じなくなるまで、『意識しなくても無意識でそう出来るようになるまでやり続ける』という、『覚悟』が必要なんだよ」


「人間は慣れの動物なんだよ」

「今まで慣れ親しんだ、楽な判断や決断、それに伴った楽な行動」


「そういった自分にとって楽な方を選択する生き方から、自分にとって、最初は慣れずに大変な判断や決断、そして行動を、奥さんや子どもたちとの幸せの為に選択して、それに慣れるまでやり続けていくという『覚悟』が必要なんだ」


「この違和感や不快感は、1週間や2週間で無くなるものではないんだ」

「1ヶ月、3ヶ月、半年、あるいは1年、長いものでは3年とか5年とか掛かるものもある」


「でも、人間は慣れの動物だから、やり続ければ、必ずいつかは意識せずとも無意識で出来るようになっていくんだ」


「自転車に乗ったり、車の運転と同じなんだよ」

「その時、その人は本当に変わったと言えるんだ」

「そうなるまで頑張り続ける『覚悟』は、君にあるのか?」


「あります!」


「そうだよなぁ」

「今、1歳の長男、そしてもう直ぐ生まれて来る長女のことを考えたら、こんな所で諦めている訳にはいかないもんなぁ」


「じゃあ聞くけど、直ぐに怒ったり、イライラしてしまう自分をどうやって変える?」


「・・・」


「君は今、俺に教えて貰いたいと思っているよなぁ・・・」


「はい・・・」


「今の君は、素直で謙虚になっている」

「目を見ていればわかる」


「謙虚というのは、『教えて下さい』という気持ちだ」

「そして、その教えて貰ったことを、良いも悪いも無く、全て『はい』と言って、受け入れて、まずはやってみることが『素直な気持ち』なんだ」


「人はとかく、人に注意されても分かった振りをしたり、分かっているつもりになったりする」

「更には、やったらどうなるのかと、やってもいない内から結果ばかり気にして何もやらない人もいる」

「そして、少しやって直ぐに良い結果が出ないと、諦めて人のせいにしたりする人もいるんだ」

「そういう人は、何をやってもダメなんだよ」


「どんなに謙虚になって教えて貰っても、それを良いも悪いも無く、素直に受け入れて、何かの気づきを得るまでとことんやってみる『素直な気持ち』が合わさってないとダメなんだよ」

「謙虚と素直は、セットになって初めてその力を発揮するんだよ」


「わかるか?」


「はい!」


「まずは、その、『謙虚な気持ち』と『素直な気持ち』を持ち続けること」

「いいかい?」


「はい!!」


「では、聞こう」

「君は、何度か教えたことを覚えてくれない後輩や部下に対して、直ぐにイライラしてきつく当たってしまうといっていたよなぁ」


「はい」


「もし、その後輩や部下が、自分の子どもたちだったとしたら、同じようにきつく当たることは出来るのかなぁ?」


「!!!」

「出来ません・・・」


「何度でも、出来るようになるまで優しく教えてあげるんじゃないのか?」


「そうですね・・・」

「出来るようになるまで教えますね」


「人間なんだから、怒る気持ちやイライラしてしまう気持ちが出て来てしまうのはしょうがないことだ」

「でも、それをただ我慢するだけでは、結局どこかでそのストレスを発散しなければならなくなるんだよ」

「それでは、元の木阿弥だろ?」


「そうですね」


「だったら、それをどうやってコントロールするかだと思わないか?」


「はい、そう思います」


「君の所の長男は、もう歩く様になったか?」


「はい、少し歩き始めたところです」

「しょっちゅう転んでますけど」


「子どもは何度も転んで、何度もテーブルに頭をぶつけて泣いたりするよなぁ」


「はい、うちの子もしょっちゅう泣いています」


「でも、親たちはそれをなだめたり、励ましたりするよなぁ」

「そして子どもは、諦めずにまたチャレンジして、次第に歩けるようになっていくんだ」


「一度や二度転んだから、失敗したからと言って、怒るか?」


「怒りませんね」


「そうだよなぁ、歩けるようになるまで励ますよなぁ・・・」

「そして、歩いてくれたら一番喜ぶのは、励まして来た自分たちなんじゃないのか?」


「そうですね」


「俺の言いたいことがわかるか?」


「はい」


「最初は難しいかも知れない、違和感があるかも知れない」

「でも、会社で働く仲間を自分の家族と同じように、大きな家族だと思うんだよ」

「年下なら弟や妹、年上なら兄や姉、俺みたいに歳が離れていたら、親父や叔父、そんな風に考えて、自分の周りにいる人たちはみんな、家族の様な仲間なんだと思うんだ」


「なかなか覚えてくれない後輩や部下は、君に教え方を上達させるチャンスを与えてくれている、仲間なんだと考えるんだ」


「そうすれば、今までより怒ったり、イライラしたりする気持ちは減っていくはずだ」

「最初は大変でも、毎日毎日そう思い続けていれば、次第にイライラではなく、感謝する気持ちが生まれて来るはずなんだよ」


「わかるか?」


「はい」


「今までみたいに、直ぐに怒ったり、イライラたりして、その気持ちを家に持ち帰って行ったら、子どもたちは言葉は分からなくても、雰囲気で察知するんだよ」

「そして、そういう目に見えない小さなものが積り積って行くと、将来の子どもたちのいじめとかに繋がって行ったりするんだよ」


「それで幸せになれると思うか?」

「ハッピーになれると思うか?」


「なれませんね・・・」


「そうだよなぁ」

「それよりも、職場で共に働くみんなが家族の様な仲間で、少しでも良い会社にして行く為に、みんなで役割を分担して力を合わせていけたら、その仲間たちと共に働くこと自体に生きがいや遣りがいを感じられるんじゃないのかなぁ?」

「そうなったら、働くこと自体がハッピーになるんじゃないのか?」


「毎日ハッピーな気持ちで働けたら、家に帰ったらもっとハッピーになれるんじゃないのか?」

「そういう働き方が出来たら良いと思わないか?」


「良いですね!良いと思います!!」


「なかなか仕事を覚えてくれない、後輩や部下も敵ではないんだ」

「仲間なんだ」


「少し不器用なだけなんだよ」

「そういう、少し出来が悪い弟たちを上手く指導出来るようになった時、君は教え上手になっているんだよ」


「はい!」


「では、もう一度聞く」

「今までの慣れた考え方ややり方を変えて行くために、最初は不慣れで、違和感や不快感を持ちながらも、新たな考え方ややり方を、無意識で出来るようになるまで、自分の習慣になるまでやり続けて行く覚悟はあるか?」


「はい!あります!」


「壁にぶち当たって悩む時もあるかも知れない・・・」

「苦しくてどうしようも無くなる時もあるかも知れない・・・」

「三歩進んで二歩下がる時もあるかも知れない・・・」


「それでも大切な奥さんや子どもたちとの幸せのために、変わることを諦めないで頑張り続けていく覚悟」

「その覚悟が、君にあるのか?」


「はい!あります!!」


「よし!君の覚悟は、目を見れば分かる!」

「今の君は、絶対に変われると、俺は信じる!」


「君の『心構え』は、合格だ!」

「そうしたら、次はモティベーションだ」


「君は今、『心構え』で絶対に変わるという決意と、そのために、どんなに不慣れなことでも、慣れるまでやり続けて行くという覚悟を持った」


「それは、会社でも家庭でも、君の人生において、『絶対に幸せになる!』という、未来に対する君の心の準備が出来たと言うことだ」


「では、その心構えに基づいて、今後具体的にどうして行くのかを考えるのがモティベーションだ」

「さっき話した、自分の周りに敵が一人も居ない、全ての人が仲間の世界のことを何と言うか知っているか?」


「・・・」

「わかりません・・・」


「敵が一人もいない、周りの人全てが仲間」

「それを、『無敵』と言うんだ」


「!!!」


「この研修が終わる三日目に、君はその無敵の世界がどんなものであるのかを現実のものとして体現することが出来る」


「モティベーションは、そういう世界を創る為に、君自身が何をどうして行くのかを考えて実践し、身に付けて行くことなんだよ」


「次の試験からは、今俺が話して聞かせた事で、君が感じた想いを、君自身の言葉で話すんだ」

「それが出来た時、君の『心構え』は、より強固なものになる」

「そして、自分自身のものになる」


「その上で、何をどうしていくのかを相手に伝えるんだ」

「わかったか?」


「はい!」


こうして、彼の『心構え+モティベーション』試験の内、『心構え』部分についてのみの合格を俺は与え、次に向わせたのであった。

俺はこの後、もう一人にも同様に『心構え』のみの合格を与えた。


『心構え+モティベーション』の合体試験が始めての試みであったことから、最初は多少の戸惑いもあったが、この時点での俺は、合体方式に何となくの手ごたえを感じ初めていたのだった。


そして、俺自身に掲げていたテーマである、『熱さと強さ』を『優しさ』に変える話し方。

いつもの熱い語り口ではなく、静かに、穏かに、それでも相手の心に響く話し方にも多少の手ごたえを感じ始めた俺なのであった・・・。


(つづく)

2019年12月24日 (火)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (3)

(3)介護の傷

30歳の青年の次に来たのは、52歳で管理職の男性だった。


その男性の企業側からの要望書には、以前はやる気溢れる営業部長だったが、ここ数年うつ病になり、配置転換したが効果が薄く、現在も不安定な状況が続き、以前のように戻って欲しいというものだった。


彼は、俺の前に座り、自分の長所と短所を簡単に話したかと思うと、俯き黙り込んで考え出したのだった。

俺は、まだ何も話していなかった。

俺は、彼から出て来る言葉を待った。


彼が顔を上げて俺の目を見つめると、いきなり、「まだ、誰にも話したことが無いことなんですが、話しても良いですか?」と聞いて来たのだ。


俺は内心、さっきの彼といい、「誰にも話したことが無い話しが続くなぁ・・・」と不思議に感じながらも、「良いですよ」と答えたのだった。


彼は岩手の出身で、彼の奥さんは奥さんのお母さんが40歳の時の子どもの一人っ子で、奥さんのお父さんは奥さんが若い頃に既に亡くなっていて、母子二人暮らしであり、彼が次男であったことから婿養子に入って結婚したのだと話したのだった。


そして、義母が80歳になる頃からボケ始め、奥さんと二人共働きでありながらも、協力して介護をしてきたが、7~8年前から急激に悪化し、その壮絶なる介護の状況や東日本大震災では義母を抱えて逃げたことなどが語られたのだった。


そして、義母が90歳になる頃には老化で皮膚が弱まり、抱えあげただけで皮膚が剥がれたりしたことで、病院に連れて行くと虐待を疑われたりで、彼は精神的に追い詰められ、その限界を超えた時、彼は義母に対し殺意を持ってしまったことを涙ながらに語ったのだった。


そして、今年の5月に義母は亡くなったのだが、毎日仏壇に手を合わせて謝っていると話したのだった。


彼は、義母が若い頃は、孫の面倒も良く見てくれ、優しかった義母に対し、一時的ではあるにせよ、殺意を持ってしまった自分自身を許せずに責め続けていたのだ。


それは、彼の奥さんや娘にも、誰にも言えなかったと、彼は涙ながらに話したのだ。


俺は、彼の痛みや苦しみ、自己嫌悪や自己否定、責任感から生じる無力感など、感じられるもの全てに共感し涙した。


更には、義母の自分で自分が誰かも分からず、家族のことも家族と思えず、それでも生き続けている気持ち、『死にたくても死ねない辛さ』、『無意識とは言え、子どもたちに苦痛を与え続けてしまっている親の辛さ』など、彼の義母の想いも共感したのだった。


俺は4年前、親父の死で絶縁状況になっていた祖母が亡くなったことを知った。

その祖母の死は、俺に『人間としての生きる意味』と、『人間としての死ぬ権利』を問いかけられたようなものだったのだ。


祖母は、俺が16で家を出た数年後から、親父と同居していた。

そして、親父の死後は、弟の叔父が面倒を見ていたのだが、叔父も癌で亡くなり、叔父が亡くなった後は叔父の嫁が面倒を見ていたのだが、その嫁も認知症になり、誰も面倒を見る者が無く、行政の管理下に置かれていたのだ。


亡くなる前の数年間は、意識の無いまま、鼻からチューブで繋がれ、栄養だけを送りこまれ、丸々と太った呼吸だけをしている肉の塊のようになっていたのだ。

俺が知っている祖母の面影は一切無かった。

変わり果てた姿だったのだ。


二人の息子は先に亡くなっているというのに、意識の無いまま呼吸だけしているだけだったのだ。

その姿は丸で、病院の入院費を払う為だけに、無理矢理生かされているようだった。


俺は、離婚直後にその事実を知り、病院を訪れ、チューブを抜いて死なせてあげることが出来ないのかと聞いたのだが、病院側としては、それは殺人になることから、出来ないことだったのだ。

その姿は、人間としては、あまりにも憐れで、無情さを痛感したのだ。


医療の発達により、簡単には死ねない、死にたくても死なせてくれない、苦しさや辛さをその時の俺は痛感したのだった。


その病院は、普通の病院とは全く違っていた。

昼間だというのに、受付は病院の人ではなく、警備員だった。

ナースステーションさえ無かった。


意識の無い、ただ呼吸だけをしているような人たちや、意識はあっても既に自分が誰かも分からなくなっている人のためだけの病院だった。

医師も看護師も見当たらず、見舞客は一人もいなかった。

誰も居ない静まり返った廊下に時々響いて来る音は、呻き声だけだった。


探し回ってやっとの思いで見つけた看護師の顔つきは、常人とは思えないものだった。

もはやそれは、人間の病院と言える様なものではなかったのだ。

病院とは名ばかりの『生き地獄』のようだったのだ。


俺の脳裏にその時の光景が蘇って来たのだった。

俺は彼に言った。


「貴方は悪くない」

「貴方が出来ることは精一杯やったんだ」

「しょうがなかったんだ」


「もう自分を責めなくて良い」

「もう自分を許していい」

「許してあげな・・・」


彼は、頭では理解出来ても、気持ちとしては納得出来ない様子だった。


そんな彼に対し、俺は自分の過去を話した。

そして、俺自身が昨年やっと自分を許すことが出来、同時に27年前に自殺した親父を許せたことを話した。


その時だった、彼の目の中で何かが動いたのを俺は見たのだった。

彼の心の中の変化の兆しが見て取れたのだった。

俺は、思った。


「大丈夫だ、彼は絶対に立ち直れる」


俺は、続けて話して聞かせた。


「俺が、義理のお母さんだったとしたら、酷いことをしたのは私の方だと言う」

「貴方達を長く苦しめてしまって、ごめんねってと言う」


「なかなか死ねなかった苦しみから、私はやっと解放されて楽になれたのだから、これ以上貴方は苦しまなくて良い」

「貴方は、出来るだけのことを私にしてくれた」

「だから、もう自分を責めなくていい」


「いつまでも貴方が自分を責め続けていては、私は安心して成仏できない」

「娘と孫の為にも、早く貴方は自分を許してあげなさい」


「お母さんは、きっとそう言うと思う」

「だから、仏前で毎日謝っている貴方を見たら、きっと悲しむと思う」

「お母さんは、決して貴方を恨んでなんかいない」


「今のままの自分で良いの?」


「亡くなってしまったお母さんより、今生きている奥さんやお嬢さんの方が大切なんじゃないの?」

「もっと顔を上げて、今生きている周りの人たちの気持ちを考えてみて」


「今生きている奥さんとお嬢さん、そしてお嬢さんから生れて来るであろう未来の孫、更には共に働く仲間たち」

「そういう人たちの気持ちを考えてみて」


俺は彼にそう言って、彼の試験を終了させたのだった。


そして、この後夕食となったのだが、俺は不思議に思っていた。

この日の俺は、試験開始前から注意していたことがあったのだ。

それは、無理に相手の心に入って行かないことだった。


『マインドレイプ』にならないように心掛けていた。

相手が自ら心を開くまでは、絶対にこちらから無理には相手の心に入らないと決めていたのだ。


それなのに、そう決めて試験受けに臨んだ俺に対して、いきなり、『誰にも話したことが無い話しを聞いて貰えますか?』と、二人が続けて言って来たのだ。


それも二人の話しは、内容は違えど、これまでの5年間で一度も聞いたことが無い、想像を絶するものだったのだ。

特に30歳の青年の話しは、19歳の少年時の話としては辛過ぎると感じたのだ。


聞いていた俺も、一瞬ヤバイと思ったほどだった。

自分の気持ちが持って行かれそうになるのを感じたのだ。


その時の俺は、『鏡の法則のミュージカル』で観た、主演の『樋口麻美』さんのことを思い出したのだった。

彼女の涙を流し、鼻水も垂れ流し、それでも堂々と歌う彼女の姿を。

俺は彼女に『プロ根性』を見せて貰ったのだ。


あの時俺は、俺たちの試験受けも、樋口麻美さんのように出来るようにならないといけないと思っていたのだ。

相手の気持ちに共感し、涙を流し、鼻水を垂れ流しても、心には一本、凛としたものを持ち、相手に何かを気づかせること。


俺は二人の話しに共感し、涙を流し、鼻水も垂れ流したが、冷静に、落着いて、静かに話しが出来たのだ。

それは、俺にとっては一つの成長だと感じられたのだった。


しかし、なぜ彼らは開始早々、俺に話す気になったのだろうか?

メイントレーナーがそういう話をしたのか?

しかし、まだ始まったばかりのこの時間帯で、そんなに深い話しをするとは思えなかったのだ。

それとも、何かそういう、話したくなるような雰囲気みたいなものが、俺に生まれて来ているのか?


そんなことを考えながら、俺は夕食の会場へと向ったのだった。


(つづく)

2019年12月23日 (月)

俺の道 ~アラカン編~ 第60回AF研修の巻 (2)

(2)怒りとは

この日の『心構え』で、俺が二人目に相対した研修生は、ある企業から参加してきた30歳の青年だった。

企業からの要望書には、パフォーマンスも高く、現場での対応力も良好で、更なる飛躍を望んで営業職に抜擢したが、壁に当たり元の位置に戻したことが記載されていた。


その彼は、直ぐに怒ってしまったり、イライラしてしまう自分が嫌だと言った。

俺は、どういう時に怒ったり、イライラしてしまうのかを聞いた。

彼は、運転をしている時や、部下が何度か教えたことが出来ないと直ぐにイライラして怒ってしまうと言った。


いつもの俺だったら、それが何故なのかを聞く所だったのだが、この日の俺は変えたのだった。

怒りの感情については、ちょうど11月に自己実現塾で学んだことだったからだ。

いつもより少し時間はかかるかも知れないと思ったが、俺は試してみるには良い機会だと思ったのだ。


俺は、『怒り』や『イライラ』という感情が、心理学的には『第二感情』であることを説明した。

そして、その根底には、『第一感情』があることを教えたのだ。


更に、例えば、教えた事がなかなか出来ない部下にイライラするのは、教えたことがなかなか分かって貰えない辛さや悲しみ、自分がなかなか上手く伝えられていないと思う無力感などが第一感情にあること。

そして、その感情を自分の中で上手く消化出来ず、その気持ちを怒りやイライラで誤魔化していることを教えたのだ。


そして、最近多い、『あおり運転』や、SNS上の誹謗中傷などは、その典型的な例で、やっている人たちはみんな、自分の寂しさや辛さを自分で抱えることが出来ずに、怒りやイライラという形で外にぶつけているんだよと話したのだった。


すると彼は、「すぐ怒る人は、本当は寂し人なんですか?」と聞いて来たのだった。

俺は、「そうだよ」と答えた。

そして、「俺の若い頃は酷かったんだよ」と、話して聞かせたのだった。


そして、その寂しさや辛さが自分一人で抱えきれないのは、その人だけの責任ではなく、子どもの頃からの親子の関係とかにも原因があることを教えたのだった。


すると彼は、「寂しい人・・・」とつぶやき、しばらく考え込んだのだった。

俺は、黙って彼から出て来る次の言葉を待った。


彼は突然、「まだ誰にも話したことがないことなんですけど、話しても良いですか?」と聞いて来た。

俺は、「いいよ」と答えた。


彼は4人兄弟の長男だと言った。

そして、彼が19歳の専門学校に通っていた時のことを話し始めたのだった。


彼の口から出て来た話しは、想像を絶するものだった。

その出来事があってからの彼は、長男としての責任感から、まだ中学生や小学生の弟や妹を守る為に専門学校を辞めて働き出したと語った。


俺は彼の辛さや寂しさや無力感に共感し涙を流した。

そんな俺を見て、彼は言った。


「あの事件以来、俺、泣けなくなっちゃったんですよ・・・」


「そうかぁ・・・」

「それは辛かったなぁ・・・」

「頑張って来たんだなぁ・・・」

「よく耐えて来たなぁ・・・」


「もう、自分を責めなくて良いんだよ・・・」

「泣いても良いんだよ・・・」

「泣くことは、恥ずかしいことなんかじゃない・・・」


俺は、そう言った。


彼は目を真っ赤にして涙を流したのだった。


そして彼は、「来て良かった・・・」と、つぶやいたのだ。


彼は1歳の長男がいて、今奥さんが二人目の臨月で、この研修中にも産まれそうで、研修に来るかどうか悩んだと話したのだった。


俺は、二人目の子が、男の子なのか女の子なのかを聞いた。

彼は女の子だと答えた。


俺は、それは良かったなぁと、それなら、お父さんが頑張っているんだから、きっとこの研修が終わるまで、出て来るのを待っていてくれるはずだと言った。


彼は、「そうですよね」と笑顔で答えた。


俺は彼に言った。


「奥さんを愛しているんだろ?」

「子どもたちを愛しているんだろ?」


「はい」


「ならば、仕事での怒りやイライラなんかのストレスを家に持ち帰っちゃいけないんじゃないのか?」


「そうですね・・・」


俺は彼に問いかけた。


「奥さんや子どもたちの幸せを考えたら、今までの直ぐに怒ったりイライラしたりする自分のことをどう思う?」


「小さいですね」


彼は答えたのだった。


「そうか、小さいか・・・」

「良かったなぁ・・・」


「君は今、俺に過去の誰にも話せなかったトラウマの話しを話す事が出来たんだ」

「それは、過去に囚われて執着していた出来事を、君自身が手放したことなんだよ」

「一度手放した以上、もう囚われたり、執着する必要は無いんだよ」


「君にとって一番大切なものは家族なんだろ?」

「ならば次は、これからの自分はどうありたいのか、その為に自分はどうしたいのか、どうすべきなのかを考えるんだ」


こうして、この彼の試験は次のステップへと進んだのだった。

しかし、俺の中では驚きだったのだ。


通常なら、過去のトラウマと向き合う為には、何人ものインストラクターやトレーナーとの試験を経て、何度も「なぜ?」を自問自答した結果、生まれて来るものだからだ。

そこまで行くのに、通常なら少なくても2~3時間は掛かるのだ。


それが、まだ始まったばかりの初っ端で、いきなりトラウマの話しが出て来たのには驚きだったのだ。

何か不思議な感じがしたのだった。


(つづく)